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その温度は、腕の中に

(―――いた!)


 一坂は暗闇の先で、地面に座り込むミカンを見つけた。


「ミカン!」


 叫んで、駆け寄って、抱きしめた。


「かやろう………心配かけんじゃ、ねぇよ………」


 喉の奥が、震えた。

 一坂は、怖かった。


 ミカンにあれだけのことをしたのだ。

 拒絶されることも十分に考えられた。

 また恐怖の目を向けられることも覚悟した。


 しかし、そんなもんは彼女を視界に入れた瞬間に吹っ飛んで。

 あとはもう感情のままに彼女を抱きしめていた。


「違う。違うんだよ……。こんなことを言いたいんじゃねぇんだよ。ちくしょったれ……」


 情けない。

 言ってやりたい言葉も。

 言わなくちゃいけない言葉も沢山あるのに。でも……


「無事で、よかった……」


 心の底からの安堵と共に、より一層力強くミカンを抱きしめた。

 体の感触。体温。息遣い。

 ここにある彼女の全てを確かめた。


「パパ……」


 ここまで茫然としていたミカンだったが、


「………パパ…………」


 徐々に自分が抱きしめられていることに気が付いて。

 そこにずっと焦がれていた存在がいることがわかって。

 自分を包む体から、その思いが伝わってきて。


「ぱぁぱあああああああああああぁぁぁ~~~~~~~~~!」


 ミカンは一坂の胸に顔を埋めた。

 幼き感情の勢いは決壊したダムのようで、彼女の綺麗な顔は涙と鼻水でぐじゅぐじゅだった。


「ミカン……」


 一坂はミカンの軽い体重を受け止めながら、震える背中をさすった。

 どれだけ寂しかっただろう。

 どれだけ心細かっただろう。

 そんな状態に晒してしまったことに胸が痛む一坂だったが、今はただ彼女の存在が腕の中にあることに感謝した。


 もう離さない。

 絶対に。


()()()()……)


 そう心の中で呟き、そっと泣きじゃくる彼女の頭を撫で―――


 ジュウ~……。


「熱づづづうづづづうっづうづづづづうづづうづうづづづぅ――――――――ッ!!」


 ミカンの強酸の涙が一坂の胸を焼いた。

 ギャグ抜きの激痛に堪らず目ん玉ポーンして十メートルくらい跳んだ。

 感動もへったくれもなかった。


「うう、やっかいな能力やで……ぐす」

「きゃははははー!」


 こいつ、今のが俺の渾身のギャグだとでも思ってるのか?


 ……しかしまあ、ミカンに笑顔が戻ったのはいいことだ。

 そう思うことにした。うん。


「そろそろよろしいでしょうか」


 空気がコメディになったところで、声を掛けられた。

 一坂は一抹の緊張を過らせ、ミカンを自分の影に隠してその方へ向く。


 この場の暗さは変わらないのに、その姿は一坂の目にやたらとはっきり映った。

 すらりとした高身長に潔癖な程に白い軍服を纏った、その男。

 特徴的なミルクティー色の髪の隙間から覗かせる紫の瞳。落ち着いた雰囲気と凛々しく整った顔立ちはさぞ人目を引くだろう。

 憎らしいほど典型的な美男子だった。


「驚かせてしまって申し訳ありません」


 こちらに詫びを入れる姿も、キザっぽいのに不快感を感じない。

 理不尽なほどの不平等さで周囲に好感とキラキラの粒子を撒き散らす。

 もし誠実さを体現したかのようなこの男を嫌味に思えたなら、きっとその人物は性格的に歪んでいるのだろう。


「無理もありませんが、そう警戒しないでください」


 一坂の妬み九割の視線を真に受ける真摯さと真面目さ。

 たったこれだけで人としての格が歴然だった。


「あなたは彼女のお知り合いのようですね。危ないところでしたが、もう安心です」

「? こいつは……っ!?」


 一坂はその異形の生物に思わず息を呑んだ。


 絶対にこの星の生物ではない醜く奇怪なその物体。

 恐らく気絶しているのだろうが、それでも背筋に冷たいものがこびりつく。

 状況から理解した。


 この怪物を倒したのは、間違いなくこの男。


「あんたは、一体……」


 問われ、男は起立良く足を揃え、背筋を伸ばしその高身長をさらに伸ばした。


「私は宇宙連合スペース警察所属、ロージェスナイト・ナンバー10《テン》。この惑星では名取真守なとり まもると名乗っています」


 綺麗に一礼して、自己紹介した。

 キラキライケメンずきゅーんオーラに、一坂は、ぺっと唾を吐いた。


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