とても不思議な、特別な繋がり
*
ミカンは人混みの中を歩いていた。
日が沈み、ネオンや照明の光が街を夜の顔に変える。
昼間よりも増した人の数。
そのすべての人々が一日の疲れを癒すために帰るべき場所へそれぞれ散っていく。
「ぁっ」
道行く人と肩がぶつかり、「あ、すいません」と気のないテンプレートが、尻餅をついた彼女を残して雑踏の中に消えていった。
ミカンは心ここに在らず。
お尻をジンジンさせる痛みにも全く意に介さない。
まるで川を転がる石ころのようで、そんな彼女を気に掛ける者はなく、座ったまま動かない彼女に迷惑そうな視線を向けるばかり。
ミカンは一人だった。
こんなにたくさん人がいるのに。
なにか見えない壁があるように互いの距離がとても遠く感じた。
怖い。
生まれたばかりの彼女は感情の種類が乏しい。
だからこの、人と人との間に普遍的にある距離や壁が理解不能で、怖かった。
今までずっとそばにあった父という存在。
どれだけぶっきらぼうな態度を取られても、父と自分の間には〝繋がっている〟という感覚があった。
―――もううんざりだっ!
「――――――っ」
あの時の父の顔が脳裏に蘇った。
怒鳴り声が耳の奥で反響し、何も考えることができない。
―――お前なんて、俺の………っ!
寒い。
体の奥底からくる震えに身が縮む。
もう、一歩も動けなかった。
「………………………ぅう」
ミカンは、一人だった。
このチキュー星で。
この、宇宙で。
その時、―――
塞ぎ込むように顔を伏せたミカンの前に、そっと手が差し出された。
周りの人たちとは違う。
なにか淡い光に包まれたような〝不思議な特別〟を感じさせる手だった。
それはどことなく父と似ていて。
なぜだかわからないが〝繋がっている〟ように思えた。
ミカンは不思議な引力に導かれるように、その白く細い手の持ち主を見上げ、透き通る海のような碧い瞳と目が合った。
その女性は座り込んだままのミカンに融和な微笑みを浮かべる。
もしこの時。
周囲の人がこの女性を見ていたなら、その出で立ちに思わず目を奪われていただろう。
およそ日本の文化圏から離れた、遠い国の貴族かお姫様のような時代錯誤な服装。
そこから溢れる気品と振舞いに伴う、儚くも可憐な美しさに。
しかしそんな女性に目をくれる人は、なぜか誰一人としていなかった。
ミカンはごく自然にその女性の手を取っていた。
まるで重力から解放されたかのように体が軽くなった気がした。
「あ、えと……ありがと、ざいます」
くすぐったそうにもじもじして、お礼を言った。
女性はふんわりと融和に微笑む。
すると今度はミカンのスカートの汚れを払い、よれてしまった上着と赤いリボンを献身的に整え始めた。
綺麗になったことに満足そうに頷く。
そして、一歩近づき、
―――大丈夫。
そっと耳元で囁いた。
実際には声に出ていない。
しかし、心に繋がった細い糸から響き、伝わってくるようだった。
―――あなたのお父さんは、あなたのことが大好きよ。
慈しみの籠った音色がミカンの心を優しく包み、そっと撫でた。
なんでそんなことを知っているのかだとか。そもそも何者なのかだとか、ミカンにはそんな疑問は思い浮かばない。
ただただこの女性のすべてが優しくて、ほっとして、ぽかぽかして、心地よかった。
女性の肩まである美しい金色の髪が揺れる。
碧い瞳が細められ、まっすぐにミカンを見つめた。
潤み、そして愛おしそうに。
「この近くなノーネ」
人混みの向こうからしゃがれた声がした。
周囲に混沌の空気が流れ始める。
―――いきなさい。
スっと離れ、庇うように背を向けた女性が、そう言っているような気がした。
途端に不安そうになるミカンを横目で見て、
―――大丈夫。
そう安心させるように微笑んだ。
女性の表情は、ここにはいない誰かへの揺るがぬ信頼で満ちていた。
ミカンはその笑みに後押しされるように、最後にペコリと頭を下げると踵を返した。
途中一度だけ振り返り、女性の姿をその翠玉色の瞳に焼き付けた。
ミカンの後ろ姿を名残惜しそうに見送った女性は、まるで最初からそこにはいなかったかのように雑踏の中に姿を消した。
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