いつも通りといつも通り
「ここにいたか」
NOAHに戻ってきた一坂に詩織が駆け寄ってきた。
「おい、ミカンはどうした?」
すぐに一緒にいるはずの少女の姿がないことに気付く。彼女が両手に持った紙袋には、もうここにはいない少女のために買った衣類がぎっしり詰まっていた。
「……………………」
ミカン。
その名を聞いただけで胸がズキンと、重く痛んだ。
「帰るぞ」
一坂はうさ耳がはみ出した方の紙袋を引っ手繰ると、出口に向かって歩き出した。
「ちょっと待て、ミカンは―――」
「あいつは……もう帰ってこねぇよ」
「帰ってこないって、お前……」
詩織は明らかに困惑しながらも後をついてくる。
NOAHから出ると陽はすでに沈みかけ、空は黄昏時を迎えていた。
昨日、あの崩れた廃工場で見た空もこんな色をしていた気がする。
たった一日しか経っていないのに、その記憶は遠くおぼろげで。
あの時背中に感じた温もりも。
この手に感じていた何もかもが、もうここにはなくて……
「これでよかったんだ」
振り返りもせず。
「もともと追い出すつもりだったんだ」
言った。
「じ、実はさっき宇宙連合の人に会ったんだ! ちょっとマヌケそうだったけど悪い人じゃなさそうだし、じゃあ後は任せちまったほうが良いかなぁ~って」
一坂はなるべくいつも通り、バカっぽく声を張った。
そうしながら、自分の演技の下手さ加減に呆れた。
「それに俺の身の安全も保障してくれるってよ! こいつぁありがてぇ話だぜ! 至れり尽くせり安心パックたあこのことよ! まあ、たとえそうじゃなかったとしても、なんつーか、もう………」
どうでもいい。
「それは、お前の本心か?」
後ろから、詩織の無色透明な声。
一坂は足を止め、しかし振り返ることはなかった。
振り返ったら、さすがにこの下手な演技がばれてしまうから。
「ああ」
一坂は、言った。
「……………そうか」
詩織は歩き出し、一坂の横を通り過ぎた。
通り過ぎざまに見たその顔は、いつも通りの無表情だった。




