26.餌をまいてみます(2)
(誘いに乗ってきたら脈あり。オリビアはそう言っていたけれど‥‥‥。これで、いいのかしら?)
カリナは、ルーカスと歩きながら首を傾げた。
今日はルーカスと出かける日。
買いたいものがある。それが重いものなので運んで欲しい。
そう言ったはずなのだが。
(何故か朝から出かけることになって。行く場所も決まっていて。いつになったら目的の店にたどり着くのかしら?)
ルーカスに重い物を買いたい、そう言ったことは実は本当のこと。
出張占いの報酬をもらったら買おう、そう思っていたものだ。
カリナの様子などお構いなしにルーカスは言う。
「疲れたかな? 休憩がてら、アップルパイを食べに行こう」
「は、はい」
カリナは慌てて返事をし、彼の行く方向へと足を向けた。
今日のコースはこんな感じだった。
まず朝。ルーカスが迎えに来た。
で、王都にある美術館で二人で絵を見た。
行ったことはなかったが、カリナの好きな画家の絵が飾られていた。
何故知っているのかと思ったが、リンダに絵の好みを尋ねられた気がする。
その次は、昼食だ。
これまた女性が好むようなレストランで、とても美味しかった。
そして、しばらく街をぶらぶらと歩き、いろいろな店を見た。
(私が餌をまいているはずなのに。最後の餌‥‥‥お願いで出かけることの目的。それは、脈ありの相手を焦らすこと)
そう、恋の駆け引きには手順がある。一気に進めてはいけない。
‥‥‥とオリビアが言っていた。
(確か、今日は用事が済んだら礼を言って別れないといけないとオリビアが。最後に彼をもどかしい気持ちにさせて、彼がある言葉を言ったら今日の駆け引きは成功のはず)
カフェへと向かいながら、カリナはまた首を傾げた。
これでは、自分がルーカスに押されているみたいだと。
さて、カフェについた。
広い店内は二人掛けの小さな半個室のようになっている席が多い。
これまた、女性がデートで好みそうな店である。
「ルーカス様、すみません。私からのお願いなのに何だかいろいろな場所に連れて行っていただいて」
「いや、折角の機会だからね」
やっぱり、ルーカスは女性の扱いに慣れているのでは。
カリナは思う。
(だって、わざわざ私の為に今日行く場所を考えてきたなんてあり得ないわ。女性と出かける時はこれくらいして当たり前と思っているの?)
その時、ルーカスが急に人差し指を口の前に立てた。
「シーッ」
言われるがままにカリナは黙る。
数分経ち、やっとルーカスが口を開いた。
「どうも母らしき人の声が聞こえたような気がして。すまない」
「フフフ、お母様から隠れるなんて、子どもみたいですね」
「確かに。でも、かなり面倒な状況なんだ。あちこちで占い通りの運命の花嫁だって言っていて本当に困っている。それに王妃殿下までもサーラ様に同情していてね」
カリナの気持ちは、たちまち曇った。
そして、胸がズキンと痛んだ。
「確かにサーラ様は、運命の花嫁の占いそのままの方ですから‥‥‥。申し訳ありません。今日は私の為に。彼女と過ごす予定だったのでは?」
ふと、もし、変えられるとして。自分がルーカスの運命を変えてしまっていいのだろうか。
そんな迷いがカリナに芽生える。
ルーカスはじっとカリナを見つめた。
「詫びる必要なんてない。彼女と過ごす予定なんてない。君を助けに今日は来たんだから」
そう言う彼は、やっぱり頼りになる騎士のようで。
カリナの迷いはたちまち消えてしまった。
ルーカスは言葉を続ける。
「それに、サーラ様を隣国の姫だったと証明できるものはあのペンダントしかない。調べたところ、確かに隣国のもの。あの繊細な細工からして、王族のものには間違いがない。でも、どうも私には信じきれなくてね」
「メイソン様も同じようなことをおっしゃっていました」
「まぁ、そのあたりはいずれ、はっきりすると思う。難航はしているが」
カリナは不思議に思う。
(いずれはっきりと? サーラ様について、何か調べているの? サーラ様には私も、何か引っかかることがあったような‥‥‥)
そう思うが、引っかかることが何なのか、カリナには思い出せなかった。
ルーカスはふぅっとため息をつき、言葉を続ける。
「そもそも母は気に入った娘がいると、すぐに私と婚約させようとする。前婚約者だってそうだ」
「パーティで出会われたのではないのですか?」
「出会ったのはパーティだ。でも、母がお膳立てしたこと。私が妖精占いの店に行ったと浮かれてしまってね。こんな結果だったと伝えたら、母が彼女を探して、あるパーティに招待した。そこで会ったんだ」
「お母様が招待を‥‥‥」
「あぁ、いつもそうだ。私が希望していないのに勝手にお膳立てして、相手が舞い上がっている間にお茶会だ、食事だと勝手に約束を。もちろん、私も無理やり参加させられる。前婚約者の場合は、拒否するのも面倒になって、どうせすぐに婚約破棄だと、会ったその日にプロポーズした」
「そうだったのですね」
彼が結婚に焦っているというのはただの噂。
どうやら、彼に早く結婚して欲しいのは母親だったようだ。
「‥‥‥幻滅しただろうか? そもそも婚約破棄を六回もされていれば、ダメな男だな」
「いえ。私には、どうしてルーカス様が婚約破棄されるのかわかりません。それには、女性側にも非はあると思いますから」
カリナはただ、自分が思っていることを答えた。
恋の駆け引きなど、やはり彼女にはできないよう。
(勝手に一目惚れして、無表情が不気味だ。何を考えているか分からないなんて失礼な話だわ。確かに、好きな相手に微笑みかけられたいと思っていれば、悲しくなるかもしれないけど。でも、ルーカス様の声を聞けば、何を考えているかすぐに分かるわよ)
カリナは怒りに近い感情を覚え、甘い物でも食べて気を静めよう。
そんなことを思いながら、アップルパイに意識を集中した。
「ありがとう」
小さな声でルーカスは言う。
その時、カリナがチラリと彼の顔を見れば、あっと声をあげていたのに違いない。
彼の頬は、ほんのりと赤らんでいたのだから。
「どうしてルーカス様が婚約破棄されるかわかりません」。
それは、「自分なら婚約破棄しません」。
そんな意味になるなんて。彼女は、気付かなかった。
「うわぁ。このアップルパイ、美味しいです」
カリナは怒りを忘れ、美味しさのあまり顔に笑みを浮かべた。
「ルーカス様、ここです。欲しいものがまだ、売れてないといいのですが」
夕方。やっとカリナのお目当ての店へとやって来た。
それは、骨董品屋だ。
店の飾り用の小さな燭台を買った店である。
「へぇ。ここはずいぶんと価値があるものが置かれてるね。あの絵、多分本物だよ。有名な画家の。えっ? 値段が1桁間違っている‥‥‥」
カリナは慌てる。
「シーッ。ダメです。それを言ったら。この店の店長、ただ古いものを集めるのが好きなんですよ。価値はあまり知らないという噂で」
「なるほど」
そう、だからあの燭台も意外に価値があるかもしれない。
カリナはそう思っていたのだが。
泥棒に盗られなかったということは、燭台に限っては店主の目利きが正しかったということだろう。
カリナは目当てのものが、まだ売れていないのを確認した。
「この鏡を買いたいと思っていたのです。占い店にこういう鏡があるといいと思いませんか?」
それは古めかしい銀細工の装飾のが施された姿鏡。
カリナの背ほどの大きさで、重い。
「確かに。しかもこの値段か‥‥‥。かなりのお買い得だとみた。隣国の銀細工が施されているな。内戦で失われてしまった高度な技術だ」
「あっ、声を小さめにお願いします‥‥‥。店長さんに聞かれたら大変ですから。この鏡、隣国のものなんですね。見たことが無いようなものだとは思いましたが」
「あぁ。サーラ様のペンダントにも、同じ細工が施されている。もっとも、彼女のものはもっと繊細な細工だが」
そう二人がコソコソと言い合っていた時のこと。
「お嬢さん、お目が高い」
そう言って店の奥から一人の老人が現れた。
彼がこの店の店長だ。
カリナは、ビクッと体を震わせた。
「て、店長さん‥‥‥。こんにちは」
「前に店に飾ると言って、燭台を買ってくれたお嬢さんだね。覚えているよ。その鏡も良いものじゃよ」
「はい。この鏡、いただきます。この値段でいいんですよね?」
「ん? もちろん。しかし、残念じゃ。同じ銀細工のネックレスを1年前に売っていたんじゃが、盗まれてしまって。鷹を形どったもので、お嬢さんに似合いそうじゃったのに」
ルーカスは、店に並べられた置物を手に取ってみようとしていた。
だが、その言葉を聞いて、ピタリと手を止め、焦ったように言う。
「すみません。お教えください。ペンダントはどこで買われたのですか?」
「たまに地方に買い付けにいくんじゃ。その時に、ある村の村人から、昔拾ったもので価値がありそうなものを売りたいと言われて買ったものじゃ」
「では、盗んだ客を覚えていますか?」
「男と女じゃった。女がやたらと品物のことを聞いてきて。その質問に答えている間に、男にペンダントを盗られてしまったんじゃ。同じ時期に角にある別の骨董品店でも同じような盗みがあったそうじゃよ」
「被害届は出されていませんか?」
「いや、あんな安物。出してもしょうがない。被害額を伝えるのも恥ずかしい」
口早に店長に質問をすると、ルーカスは腕組みをして何か考え事をはじめた。
「ルーカス様? どうされましたか?」
「いや、気になることがあって‥‥‥」
その後、鏡を買って馬車に積み込んでも、ルーカスはずっと考えこんでいた。
カリナは、馬車の中で「あっ」と声を出しそうになり、慌てて口を押えた。
サーラについて、心の中に引っかかっていたことを思い出したのだった。
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