15話② 真実
「そうだ時間……あと4時間しか……」
短針が8を指す時計を見ると、胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚になった。もう少しで……クロが消えてしまう。
「さてと……そろそろ本題に入るとするかの」
柄にもなく真剣な顔と、落ち着いた口調のクロに、場の雰囲気がガラッと変わる。
「幸人、遥、彩、瑠璃……と言っても、遥には我の声は聞こえていないが、今から1度目のタイムリープの時に何が起きたかを伝えるのじゃ」
クロは事情を知らない俺たちの名前を一人一人丁寧に呼んだ。クロもこの最後の時間を噛み締めているんだろう。……そんなクロの姿に、俺は唇を噛んだ。
「1度目のタイムリープ……? 何の話?」
「あー、その……このあとちゃんと話すよ」
状況が飲み込めず、少し戸惑っている瑠璃を俺はなだめる。
「では、何が起きたかというと……」
「いや、俺から説明します」
「翔さん……?」
「そうか? では、任せたのじゃ」
クロが1度目のタイムリープの説明をしようとすると、翔さんがそれを遮った。……もう力がないクロの負担を少しでも減らそうという翔さんなりの気遣いだと思う。
「はい。……結論から言えば、桜さんと美奈ちゃんを殺したのは……同じ犯人なんだ」
「なっ!」
「はあ!?」
「……っ!」
翔さんの説明に、俺と彩さんと遥は三者三様の反応を見せた。
「待ってください! あの日竜胆くんは確かに俺が…………っ、それなのに美奈さんを殺すことなんて」
あの日竜胆くんは確かに俺が殺した。……未だに右手には竜胆くんの肉を抉った感覚がたまに蘇ってくる。でも……母さんだけじゃなくて、美奈さんまで……?
学校に行った後、俺たちの家に来た時間でそんなことができるとは思えない。……それこそ、神の力でもない限り。
「確かに竜胆は、お前の家で死んだ。でも……敵はあいつだけじゃなかったんだよ」
「……どういう意味ですか?」
「あいつもお前と同じなんだよ。……竜胆は神様に仕えてる人間だった」
「なっ……ぇ?」
声にならない言葉が喉奥に詰まる。
(竜胆くんが神に仕えていた……?)
「そもそも、竜胆が桜さんと美奈ちゃんを殺したのも、その神様のためだ」
「なんでそんなこと!!」
思いがけない翔さんの説明に怒りが込み上げ、俺を声を荒げた。胸の奥が締め付けられ、バクバクと動悸が止まらない。
「生贄という悪しき文化が古来よりあるのじゃ。あれは、神が生きている人間の精気を吸い尽くすことに他ならん。何か特別な力、それこそ神としての力を使い、竜胆が人を殺せばその人間の精気が、竜胆の仕える神の力になる。つまり、その神は望んでもいない人間を生贄にした……まあ、そんなところなのじゃ」
クロの言葉を頭が何度整理しようとしても整理しきれない。神という存在の冷徹さを、俺の頭と心が拒絶している。
「そんなの……」
神っていう尊大な生き物からすれば、人間の命なんてちっぽけなものなのか……だからと言って、そんなのが母さんと美奈さんが死んでいい理由がこんな理不尽なことだったなんて……そんな理屈が通っていいわけがない。
「そんなこと、もちろん許されることじゃない」
「元来、神というものは人間に干渉することは許されておらぬ。人間が救いを望み、願いを唱え、初めて神は人間に干渉するのじゃ。それを我が身かわいさに破るなど……あってはならぬのじゃ」
翔さんとクロの言葉には、言い表せない怒りがこもっていた。人間である翔さん、神であるクロ、それぞれの正義がこんな蛮行を許さないんだろう。
「じゃあ……お姉ちゃんはそんな勝手な理由のために殺されたんですか……?」
彩さんの声は震えていた。怒りを露わにしているのは彩さんも同じだった。さっき俺に見せた優しい笑顔は消えて、代わりに目を大きく見開いて、唇を震わせている。
「……うん、そうなるね」
「っ!! 許せない……! そんなの許せない!!」
「彩さん……」
「そんな勝手な理由で、私もお姉ちゃんも……それこそ、幸人くんたちも苦しんだなんて……!」
彩さんの怒りに、胸が締め付けられる。日常を奪われた悔しさが、涙となって目元に浮かんでいる。それは俺の中でも同じ感情だった。悔しさで噛み締めた唇から、わずかに血が滲む。
「……だから、俺たちの敵は竜胆だけじゃない。俺たちの真の敵は……その神様だ」
地獄を味わったあの日から6年……ようやく真実を知った今、湧き上がる怒りと悔しさは今までの人生で味わったことがないものだった。