41 魔方陣の収得
「ガドリー室長。私のためにお時間を割いてくださってありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「たまたま暇が出来ただけだから気にしないで。早速だけど、君が嫌でなければ、この紙に君が使っている魔法陣を描いてもらえないかな」
「わかりました」
私は用意されていたペンを手に取り、防御壁の魔法陣を紙の上に描き始めました。
サメア様に相談を受けていたガドリー室長。今日、仕事が終了したあとなら、私の魔法陣の改造についても、相談にのってくれると連絡がきたんです。
だから、ムームとフランさんを連れて魔獣研究室を訪れました。もちろん側にはサメア様もいます。
魔法陣については、既存形で誰でも知っているものと、作成者のオリジナルがあります。
誰かが編み出したものの場合、ほとんどの方が他人には教えません。それでも、人のためになるからとか、後世に残したいってことで、弟子とか後輩に引き継ぐことがあるので、魔法師団で働いていれば、高度な魔法陣を教わる機会に恵まれることがあるんです。
それが身に着くかどうかは、その人次第ですが。
「サメア君に聞いてるけど、君は一度に二、三枚の防御壁を出したいんでしょ?」
描き終わって顔を上げると、ガドリー室長が質問してきました。
「そうなんですけど、足場として使いたいので、何枚か一度に出せたとしても、消去した時に一緒に消えてしまうのは困るんです。一枚は常に残しておいて、順繰りに新しい板を出すことは可能でしょうか」
「ああ、そういうことか。防御魔法って、ものすごく魔力を食うから、細かい作業を重ねるのは難しいんだよな」
「それは知ってます。魔力を密集させた壁で魔法攻撃や物理的な攻撃を防ぐために、常に魔力を注ぎ込んでいるからなんですよね」
それは見えない魔力の集合体。
「そうだよ。魔法の種類によっては常に魔力が必要なものと、そうじゃないものがあるけど、魔力を燃料として継続させる魔法は、使える人が限られている。魔力量が多い人じゃないと無理だからね」
「そうそう、実は攻撃魔法の方が、初心者でも扱いやすいんだよね」
「放ってしまえばおしまいって魔法の方が簡単ですよね。たいしたことはできませんけど、魔力量が少ない私でも使えますから」
ガドリー室長、ムームやフランさんが言うように、生み出すだけの魔法と、操る魔法は根本的に違いがあるんです。
例えば火魔法。
セクハラ男がやった、火の玉を出して飛ばすだけって魔法と、ジルさんが新人演習会でやっていた、鳥に見立てた炎を飛ばし続けるのは、当たり前だけど後者の方が断然難しい。
それは魔力を送り続けながら、魔法使いが意図的に操作しているからです。
あんな高度な魔法が使える人は、そうはいないんじゃないでしょうか。
「基本的に、持続型の魔法はひとつしか使えない。とは言っても魔法陣次第ではそれにいくつかの魔法を重ね掛けはできるけどね」
キラキラ魔法の同時発動がそれに当たります。
「イメージとしては魔力の糸が君から一本出ていると思ってくれたらいいかな。その魔力の糸を切ればすべて消去されてしまうんだ。イリー君のやりたいって言う方法は魔力の糸を二本、三本出さないといけないと思うんだよ。魔法陣でどうこうなる話じゃない」
「そうなんですか……」
「でも、方法がないわけじゃない」
「あるんですか?」
「防御壁を消すんじゃなくて、形を変えて行けばいいんじゃないかな。上にいくなら階段型とか、それが難しいならスロープ型かな」
ガドリー室長が言うそれは、進みたい方向へ防御壁を伸ばしていく、ということらしいです。そして必要ない部分は削っていく。
「でもそれは、ずっと魔法陣を描き続ける必要があるから簡単なことではないと思うよ。そしてその魔法陣をこれから開発しなきゃいけないしね」
「とにかく、どんな方法をとってたとしても、すごく難しいことだけはわかりました」
「念のため応用できる魔法陣がないか、探してはおくよ。この紙は貰っておいていい?」
「構いません。ありがとうございます」
特別な魔方陣ではありませんから、問題ありません。それがもし、お祖父様のオリジナルとかであれば、流石に渡すことはできませんが。
ガドリー室長は胸のポケットにその紙をしまいました。
「わたくしも少しづつ魔法陣の改良を重ねているのだけれど、なかなか上手にいかないわ。ひとりでは難しいけれど、誰かと一緒なら頑張れると思うの。ね、イリー」
「はい。私も頑張ってみます」
サメア様の努力はご自身の見た目にも表れています。年をとるという、あまり良くない方向にですけど……。
メルンローゼ様のお兄様のために、時間魔法の逆戻しを身につけようとしているからですが、その努力は本当にすごいと思います。
ガドリー室長に協力してもらおうと思っていましたけど、私なんかよりも、やはりサメア様を優先してもらうべきでした。
その後、とりあえず、皆さんがいろいろ知恵を出してくれて、魔法陣に一筆つけ足してみたり、描き方を変えてみたりしましたが、そんな簡単にはいきません。
私の方はタイムリミットもないので、気長に進めるつもりです。
「ガドリー室長、マグニーズさんがいらっしゃいました」
「通して」
カレンさんが案内してきたマグニーズ副部長が部屋の中にさっと目を通した後、私を見て視線が止まりました。
「イリー君がここにいるって聞いたんだよ」
「私に何か御用ですか?」
「いい知らせを持ってきた」
わざわざ、マグニーズ副部長が私を探してまで?
「なんでしょう?」
「騎士団で育てている幼獣の名前だけど、イリーの提出したものに決まったって、さっき連絡が来たんだよ」
「幼獣って、黒紋虎ですか!?」
「雌の方がその名前に反応したそうだ」
「本当に!?」
「本当だよ」
「イリー、よかったね」
「どんな名前がいいか、すごく悩んでいたものね」
あの双子は雄と雌だったそうです。どちらでも通用しそうな名前にしたんですが、雌ならちょうどよかったかもしれません。
「すごく嬉しいです。できれば会いに行きたいんですけど、難しいんですよね」
「ああ、それはなぁ。名付け親だからって理由だけでは獣舎に入れてもらえないと思う」
「残念です。けど、それでも私がつけた名前を気に入ってくれたなら、それだけでいいです。我慢できます」
無理だって話はダニエルさんから聞いてますから。
「とは言っても、方法がないわけではない。なあ、ガドリー」
マグニーズ副部長がガドリー室長へ意味ありげな視線を向けます。その方法とはなんですか?
「イリー君は騎士団の獣舎に行きたいの? 僕だったら入れてもらえるけど?」
「ええ!?」
魔獣研究をしているガドリー室長は、従魔の体調管理も請け負っているんだとか。こんなに近くに、そんな人がいたなんて驚きました。
コネ……。
頭をよぎるその言葉。
いやいや、そこまで親しくありません。
「次に行く時に、護衛として魔防部に依頼を出してもいいけど?」
「え!? 本当ですか? それが可能なら是非お願いしたいです」
ごり押しじゃなくて、仕事として望みが叶う?
「あ、私が受けてもいいんですよね。マグニーズ副部長?」
「まあ、イリー君が適任だろうな。それにそのつもりで話を出したわけだし」
こんなに早くに防御魔法が役立つなんて。私を防御の特化型に仕込んでくれてありがとう、お祖父様。
「でも、たぶんさわることはできないよ」
「それでも構いません。よろしくお願いします」
獣舎で黒紋虎にはさわれないし、自分で飼うことができないことも重々承知しています。
でも何故かあの子たちには情がわいちゃってるんですよね。あの魔獣だらけの中で、沈んだ心を癒してくれたからでしょうか。
「よかったな。ここまで伝えに来た甲斐があったよ」
「マグニーズ副部長も本当にありがとうございます」
「ねえ、それで、結局イリーはなんて名前にしたの? 恥ずかしいからってあたしたちには教えてくれなかったけど、決まったんならいいよね」
事前に話したら呆れてしまうかもしれなかったので……。
「私がつけた名前、それは『エル』です」
「「「エル?」」」
驚いているのは女性ばかり。
まだ部屋にいたカレンさんもです。彼女もその名前に心当たりがあるんですね。
「はい。私が尊敬している人の名前を借りました」
「それって、やっぱり」
「皆さんお察しの通り、魔法少女の名前です」
自分のコードネームには恥ずかしいですけど、黒紋虎の名前だったらいいかなって。
実は、その数年後、なんと私は『エル』と暮らせることになりました。
騎獣の訓練中に、まだ小さかったエルは、他の魔獣から噛みつかれて、命を落としてしまったんです。
エルの骨はガドリー室長のもとに送られてきました。
受肉して進化の過程を調べるために生態観察で使うからなんですが、ガドリー室長から、私がもし、ネクロマンサー魔法を覚えることができたら、エルの骨を譲ってもいいと話を持ち掛けられたんです。
人に使用しないこと、誰にもその魔方陣を教えないことを条件に。
念のため魔法を使った誓約書も交わしています。
私は、死ぬ気で頑張りましたとも。
常にヤモリの骨を練習用に持ち歩き、それが気持ち悪いと言われようが、目の下にくまができようが、気になりませんでした。
習得するまでにはもちろん何年もかかったのですが、自分の力でエルと再び会えた時には、それまでの苦労なんて吹き飛びました。
魔力量の多い私はエルを動かし続けることが可能ですけど、小さいとはいえエルは魔獣なので連れて歩くことはできません。
二人っきりの時にだけ、魔法を使ってもふもふの毛並みを堪能しています。
完結しました。
ありがとうございました。




