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第十一節 決闘 後編

 

「――」


 ――警戒。


 相対した状態でリゲルと俺は睨み合う。……あのあと互いに似たような突破を繰り返そうとして分かったこと。


 彼我の身体能力はほぼ互角。注意の緩みや相手の失策で抜ける、振り切れることもあるが、始めのように簡単には抜き去れない。一進一退の状況(シチュエーション)


「……」


 今はボールを中心に睨み合いが続いている。迂闊に先に出ればボールを取った直後にカウンターを食らう。そのことが互いに分かってきて、気軽には動けなくなっている。先を読み、プランを立てなければ――。


「――ッ」


 動いた。全速力ではなく、普通に走る程度の速度で前に出る。先に取らせるつもりでこちらも前に進み――。


「――」


 ボールを取ったリゲル。此処からが今回の勝負だと思った瞬間。


「ッ!」


 一挙に駆けてくる。――勢いだけで抜けないことは承知の上。フェイントを交えて抜けてくるはず。右か? 左か?


「――ウラッ!」


 シュートだ。この距離から撃とうとしていると直感する。コースは左。食い止めようと出した左脚に。


「――」


 ボールのぶち当たる感触。瞬間、リゲルの姿が左側に映り込む。


 ――しまった。


「ッ……!」


 追い縋ろうとした走りも虚しく。角度を付けてコースを確保したリゲルが放つのは二度目のシュート。回り込もうとした足先を掠め――。


「――っ」


 僅かに軌道を変えたものの。勢いは殺し切れずに、易々とゴールを超えた。


「――リゲルさん、六点です!」


 フィアのコールも手慣れてきている。……これでまた一点リードされた。


「ふぃー。アブねえアブねえ」

「……ッ」


  聞こえてくる声にギリリと手を握り締める。……次は必ず。



 ──それから更にまた、勝負の様相は一変して──。


「ウラウラウラァッッ‼」

「――ッ‼」


 凄まじいドリブルで爆走するリゲル。揺れ動くボールを止め、蹴り飛ばし、何とか進行を食い止める。


 ――スタミナ勝負に来ている。


 荒い息の中でそのことを思う。三十分と言う時間制限もそれを見越してのことだったのかもしれない。テクニックなどない。我武者羅で形振り構わない、速さと力を生かした全力の奪い合い――‼


「オラァッ‼」


 渾身のシュート。それを爪先で辛うじて弾く。切れる息を無視して後れを取らないよう、直ぐ前へ――!


「うっしゃあ‼ まだまだ行くぜぇッ‼」


 明後日の方向へ進路を変えているボール――猛速のダッシュで振り切ろうとするリゲルの動きに必死で追い縋ろうとする――くそッッ‼ なんて速さだ‼ まるでスピードが落ちていない。俺の足でも、辛うじて引き離されないのが精一杯――。


「貰ったァ‼」


 案の定一瞬早くボールを奪い。たたらを踏んだ俺の隙を逃さず突いてシュートを撃つ体勢に入るリゲル。――マズイ。ここからでは確実に決められる。そうなればまたリゲルの優勢だ。始め以外一度も俺の方がリードを奪ったことがない。この辺りで流れを変えられなければ――。


「ッ――」


 負ける。その言葉が浮かんだ瞬間、炎にも似た感情が燃え上がった。……負けてなるものか。


 絶対に。絶対に――‼


 ――止めるッ‼


「――ッつッッ‼」


 視線の先にある光景へ身を投げ出すような渾身の加速。地面を力の限り蹴り飛ばし、最早スライディングのような動きで足先を繰り出す。急加速した俺の爪先が、掠めるようにしてボールを弾き。


「――ッ――」


 シュートに入ろうとしていたリゲルが勢いのまま足を取られる。不可思議な体勢のまま、奇妙な角度から地面を転がった。


「――」


 息を呑む音。思考が白く塗り潰され、氷を入れられたように熱の冷めた背筋が冷たくなる。


 ――しまった。


「リゲル‼」


 駆け寄る。全速力で走っている最中、接触からの転倒。脚を押さえたまま動かないリゲルの姿に、嫌でも最悪の想像が過る。――思わずむきになってしまった。あの転び方は、どう見ても――。


「おい‼ 大丈夫――‼」

「――フンッ‼」


 ――か。


 そう続けようとした一言が、荒々しい鼻息に掻き消される。


「――は?」

「うおらァッ‼」


 立ち上がり、猛烈な勢いで走り出したリゲル。風を切るような疾走と共に転がっていたボールを奪うと、そのまま俺のゴールへシュート。


「……あ」


 フィアと俺の見送った視線の先。蹴り飛ばされた球が、衰えぬ勢いでゴールのラインを超えた。


「り、リゲルさん、一点です!」

「よおし‼」


 諸手でガッツポーズをするリゲル。その姿に対し、言葉が出ない。


「これでまた俺のリードだな。へっ、どうだ見たか。そう簡単にはリードさせねえぜ」

「……!」


 焚き付けるような台詞。耳にする中途で言葉が戻ってくる。


「お前、今の――!」

「あーあー、うるせえうるせえ!」


 俺の言葉を無視し、リゲルは聞こえないと言うようなポーズをとる。


「人が転んだ程度でウダウダ言ってんじゃねえっての。こいつは勝負だ」

「ッ……!」


 ――転んだ程度?


 その言葉に脳裏に蘇るのは先の光景。……程度などではない。どう考えても、あれは。


「お互い全力でぶつかってんだから、事故の一つや二つくらいあんだろ」


 そう言って、転倒したときに切れたと思しき赤と共に――口元に着いていた砂を拭う。


「続けんぞ。お前が負けたら関わり合いになってもらう約束、忘れんなよ」

「ッ。言われなくても……‼」




 ――それから、どれだけの時間が経っただろうか。


「くっ……!」


 力を振り絞って放つシュート。覇気のない速度で進んだボールは風に吹かれて大きくコースを逸れ、どちらのゴールからも遠い中途半端な位置で止まる。


「はっ……どこ狙ってやがる」


 嘲るリゲル。ボールを取ったが、ドリブルする足元がふらついている。


「お前こそ、動きがガタガタ……だっ」


 始めの頃の精彩など見る影もない。互いにもたもたと、酷くゆっくりとしたボールの奪い合い。……そこに。


「じ、時間です!」


 差し込んだフィアの声。終了の合図に、お互い電池の切れたように動きを止め……。


「――」


 倒れ込む。……先のような転倒とは違う。どちらからともなく、力が抜けて崩れ落ちるようにして、砂だらけの地面へと倒れ込んだ。


「……」


 目を瞑る。聞こえるのは風のざわめき。鳥の声と、自分の心臓が零す荒い息使い。


「……はぁ」


 それらから浮き出るように届いてきた溜め息に、瞼を上げた。


「……久々にんな動いたぜ」

「……こっちもだ。それは」


 お互いに息を吐く。流石に喰ってかかるような元気はもう、残っていない。


「もう、動けねえな」


 果てしなく広がっている。目に映っている空が、青い。……いつもより。どこまでも、突き抜けていくようだ。


「大丈夫ですか? 黄泉示さん、リゲルさん……」

「……ああ」

「……まあな」


 近付いてきたフィアを見上げる。そういえば、訊かなければならないことがあった。


「それで、フィア……」

「どっちの勝ちだよ?」

「……あ」


 互いに全力を尽くしての勝負。全神経を以て目の前に集中しなければ持って行かれる勝負の中で、いつしか点数を数えることなど忘れてしまっていた。言われて気付いたようなフィア。ええと、と数えるような所作を見せて。


「……す、済みません。忘れちゃいました……」


 まさかの内容を、言ってくれた。


「……マジか」

「はあッ⁉」


 思わず零した感想。響き渡るリゲルの絶叫に、驚いた鳥たちが飛び立っていく。


「ご、ごめんなさい! 二十幾つくらいまでは覚えてたんですけど、途中から、その……!」


 フィアは平身低頭、平謝りだ。だがどう頑張ってみても倒れている俺たちの方が頭が低いという、なんだか妙な光景になる。


「いや……まあ、これだけ長くやってれば……な」


 実際にやってみて分かったが、三十分は長い。集中を保つのも大変だっただろう。見て数えているだけのフィアにしてみればこんな勝負は退屈だっただろうし、仕方のない面もある。


「なんじゃそりゃあッ⁉」


 まだ叫び足りないのか、リゲルが今一度声を張り上げて。


「……はあ~……」


 長く息を吐いた。暫く横たわる静寂ののち。


「……仕切り直しだな」


 飛び込んできた声は、落ち着いた平坦に戻っていた。


「改めて再戦といこうぜ。お互い納得のいくように、な」


 よっこらせっとリゲルが立ち上がる。その気配を察して遅れないように身を起こし。立ち上がってズボンについた砂を打ち払う。


「次は違う種目にしようや。これじゃ、決着が付きそうにねえ」


 胸ポケットから出したサングラスを掛け直しつつ、リゲルは屈託なく笑って言う。自身に向けられた、その態度に対し。


「……いや」

「ん?」


 浮かんできた思い。与えられた数瞬で心を決めて、口を開いた。


「――俺の負けだ。リゲル」








「……疲れたな」


 リゲルとの勝負を終えた帰り道。稀に見る疲労で、半分足を引き摺りながら歩いていく。


 少なくともここ何年かは、こんなに全身全霊で何かをすることがなかった。子どもの頃から、久しく忘れていた感覚……。


「そうですよね」

「ああ。……流石に堪えた」

「支えなくて大丈夫ですか?」

「ああ……」


 それは断る。……俺が一方的にヒートアップした面もあってこうなったのだ。自分の行動の結果として受け入れているし、歩けないのならともかく歩ける以上、それをフィアにどうこうしてもらうわけにはいかない。それに……。


「大丈夫だ。ありがとう」

「……そうですか」


 少々心地良い気分もあった。この、なにかを全力でやり切ったような久し振りの感覚が、今は。内心で笑みを浮かべつつ、前へ足を進める俺に――。


「――でも、良かったです」


 珍しく少し前を歩くフィアから、声が届けられる。


「丸く収まって。黄泉示さんもリゲルさんも、凄く真剣だったので……」


〝――良いのかよ?〟


 俺の宣言を聞いた、リゲルの第一声がそれ。


〝勝負で蹴りを付けるって話だったろ。分けで終わらせんのは――〟

〝元はと言えば、俺が原因で始まったからな〟


 更にその前を言えばリゲルが原因なわけだが。……勝負それ自体は、俺がリゲルに内心を突き付けたことで始まったこと。


〝俺は今回の勝負でリゲルに負けたと思った。だから、俺としてはそれでいい〟


 そう告げてなお、視線の先のリゲルはまだ迷っているような素振りを見せて。


〝なんつうか……〟


 頭の裏をワシャワシャと掻く。上を向き。


〝今一スッキリしねえ感じだよな。白黒はっきり付けようって言った割に〟

〝なら、もう一回戦るか?〟

〝――ッ〟


 そう言ってのけた俺に一瞬、意表を突かれたように目を丸くしたリゲル。パチクリさせた表情を、次の瞬間に破顔させ。


〝――止めとくぜ。今回は、有り難く勝ちを貰っとくよ〟


 どこか人付きの良い笑みで、そう言った。その光景を思い出しつつ……。


「……良かったのか?」


 前を向いているフィアの。歩くリズムに合わせて揺れる、髪の房を目に尋ねる。


「はい?」

「フィアは、……あれで」


〝そういや、カタストはどうなんだよ〟


 思い起こすのは、俺の宣言を受け入れたあとでリゲルがフィアに問うたこと。


〝審判役ってのは結局のとこ有耶無耶になっちまったし、不平不満があるなら聞くぜ? 遠慮なくな〟

〝私は――〟


「……」


〝大丈夫です。それで〟


 あのときフィアは、ああ言ったのだ。……フィアのことだ。


 もしかしたら、俺を気遣って自分の意見を押し込めてしまっているのではないかと、そんな不安も沸いてくる。あの一件からぎこちなさが続いていたことを考えると、余計に……。


「――はい」


 疲労の中で欹てた耳に届いたのは、はきはきとしたフィアの言葉。


「元から悪い人じゃないとは思っていましたし、……黄泉示さんとの勝負を見ていて、私の方でも思うところはあったので」

「……そうか」


 間に訪れる沈黙。ぎこちなくはない、足音だけが響いている雰囲気に、


「――フィア」

「なんですか?」

「済まなかった」

「えっ?」


 謝罪に帰ってきたのは戸惑いの声。足を止めたフィアが振り向く。


「あのとき怒鳴ってしまって。……そのあとも」

「そ、そんな」


 少し狼狽えたような面持ち。居住まいを正して。


「……私の方こそ、何も考えずに飛び出してしまって、ごめんなさい」

「……ああ」


 分かっている。……フィアのあの行動は、子どもを一心に助けようとしたからだ。


「……その」


 だとしても無謀な行動であることに変わりはない。たまたま上手くいったことで肯定はできないと、そう胸の内で断じる俺に。


「前から少し、気になっていたんですけれど」


 尋ねてくるフィア。少し躊躇うような素振りを見せながらも、開いた唇で言い切った。


「黄泉示さんは、どうして私を助けてくれたんですか?」

「――」


 ……どうして。


 投げ掛けられた言葉が頭の中で反復する。……それは。


「……誰からも」


 蘇ってくるあの記憶。思い起こされそうになる情景を、疲労に意識を集めることで消そうとした。


「誰からも手を差し伸べられないのは、辛いだろ」


 呟くように出した俺の言葉に。


「……そう、ですね」


 フィアはそう言った。何かを噛み締めているような声調子が、印象的だった。






「――なんだかんだ言って、上手くいったようです」

「……」


 望遠鏡で覗き見る、部下と思しき黒服の報告を聞きながらも、男は折り紙を折る手を止めない。


「以上です。ボス」

「ご苦労」


 話し終わるのとほぼ同時に、男の手元で一つの作品が折り上がる。鶴。五つの首が異様な様相を見せるそれを男は一瞬だけ眺め、テーブルに置く。


「監視は今まで通りに?」

「いや」


 視線を動かさぬままの返答。口元にはどこか柔らかい笑みが浮かんでいるようだった。


「リゲル君にも漸く友達ができたようだからね。彼には彼の人生があるだろうし、過保護な見守りはこの辺りで止めにしよう」

「分かりました」


 部下は軽く頭を下げる。例え心の内でどう思ったのだとしても、答える権限が彼に与えられているはずはない。


「それにしても……」

「……どうしました? ボス」


 細心の注意を払うように尋ねる部下。その行動からしても、男がこのような態度を見せることは極々珍しいことと言えた。


「なに、旧友のことを思い出してね。……奇妙な縁もあるものだ」



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