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エピローグ

「つまりじゃな、エクロ=カナンでは昔から魔女は右手で薬草を摘み、左手で毒草を摘むように分けておったらしい。長年そのように生きてきた魔女は、毒草から染み出した成分が手に移り、毒薬の代わりにその左手で毒殺を行うことも可能じゃったと言い伝えられておるんだよ。よく毒薬の材料に魔女の左手と書いてあったりするのも、そのためだ」


 ずずっと美味しそうに、カップに入ったコーヒーを飲みながら、ウォルトじいさんは目を細めた。

 ブリジットが淹れたやったコーヒーはこれが3杯目になる。

 しかも1杯を飲むのに小一時間は掛けて、その間にエクロ=カナンの魔女の風習やら他国との違いやら、この地の郷土話を延々話すのだ。

 3杯目でようやっと話が元に戻り、ブリジットはさして興味もなかった『魔女の左手』について、詳しく知ることになった。


「ふ~ん、じゃあ魔女の左手が首根っこ掴むっていう言い方は間違えなのね」


「そうでもない。これもこの地方の伝承なんじゃが、ある時、一人の高名な司教がこの地を訪れた時のこと……」


「ああ、長くなるならもういいです」


 ウォルトがカップを差し出してお代りを要求しながら話しだしたので、ブリジットは慌てて立ち上がった。

 もうこれ以上話を聞いている時間はない。

 何か言い逃れできないかと考えるが、何も思いつかなかった。

 だが相手は、ご近所で空気の読めないウォルトじいさんとして有名な暇老人である。

 そんな簡単には折れない。


「これこれ、話を途中で折ってはならんよ。まぁあまり歴史好きでないあんたのために、途中は端折るが、その高名な司教はその地の女領主に一晩宿を貸してもらうのだが、その夜、女領主がその司教の部屋を訪れ、その首にそっと自らの左手を添わせて、忠告したらしい」


「……なんて、」


 仕方なしに相槌を打つ自分はなんて人がいいのだろうと思いながら、ブリジットはため息交じりに先を促す。


「今、私は貴方に呪いを掛けました。私の娘に手を出すようなことがあれば、貴方はこの魔女の左手の毒によって苦しみながら亡くなるでしょう……ってな」


「ふ~ん……なるほどね」


 成程と納得しながら、ブリジットはリビングの方に目をやった。

 そこには片づけを終えたハニエルが、一人楽しそうに本を読んでいた。

 いつの間にかどこからか貰ったらしいその古ぼけた本はハニエルのお気に入りだ。

 かなり字も多く、ハニエルよりももっと年上の子ども向けであるように思うが、ああやって読んでいる振りをするのが好きらしい。


「魔女の左手って、子どもを怖がらせるものじゃなくて、子どもを守るためのものなのね。いつの間にか本末転倒ね」


 クスクスと笑いながら、ウォルトじいさんの為に新しいコーヒーを入れて差し出す。

 こうやって甘やかせるから家に入り浸るのだと分かっているが、人のいいブリジットはこの愛嬌があってどこか憎めない狸爺を憎めないでいる。

 それこそこの狸の思うつぼだと知っていても。


「ホッホッ、どちらも同じなのだろう。子どもに恐怖を教えるのも、子どもを恐怖から守るのも。そのためにカナンの女は母親にも魔女にもなるということさ……ああ、そうそう」


 ニマリと意味深な笑みを浮かべると、ウォルトじいさんはブリジットからコーヒーを受け取る。

 そして何かを思い出したように、テーブルに置いていたカバンの中から可愛らしい包みを取り出した。


「大事な用を忘れるところじゃった。お~い、ハニエルちゃ~ん!」


 急に1オクターブ高い、気持ちの悪い声を上げたかと思うと、ウォルトじいさんがハニエルに手招きをした。


「じいちゃ、なに~?」


 本を片手にハニエルがダイニングにやってくる。

 人見知りだが、こうも毎日やって来ると親しみも湧いてくるようで、ハニエルはこの不思議な隣人に心を許しているらしい。


「今日はハニエルちゃんにクッキーとチョコレートの詰め合わせをもってきたぞ」


「やった~っ!!」


「も~ウォルトさん、ハニエルを甘やかさないで」


 いつものことだが、ブリジットは少し困ったように怒った顔をして、2人を見比べた。

 2人も慣れたことのように顔を見合せて、まるで悪戯を見つかった子どものように笑いあっている。

 2人は知っているのだ。

 どれだけ怒った口調で話していても、ブリジットが最終的にこのプレゼントを許すことを。


「ハニエル、おかたづけ、がんばったの」


「それは偉い!ちゃんと褒めてやらんと、子どもは成長せんぞ!」


「せんぞ!」


 素晴らしき連携プレーだ。ちゃっかり自己申告するハニエルにウォルトが追随する。

 若干ウォルトじいさんのしたり顔にイラッとくる気持ちもあったが、ブリジットは盛大なため息とともに、そのお菓子の詰め合わせをハニエルが食べることを許可した。

 嬉しそうに包みの中から大好きなクッキーを取り出すハニエルを見つめ、結局娘に甘い母は、娘のためにココアを作ろうと席を立った。


「じいちゃ、ありがとう」


「どういたしまして。ハニエルちゃんが可愛いからだよ。そういえば、ハニエルちゃんは何の本を読んでたのかな?」


「これ?えっとね、はなゆきひめって書いてある」


 ハニエルは自分の持っていた本をウォルトじいさんに向ける。


「おお、花雪姫!それにしてもえらく古い装丁じゃな~。ああ、そういえば、花雪姫といえば、こんな話があるんじゃが、ブリジットさんや、」


「もういい、もういいから!」


 ギョッと目を向いてブリジットが振り向いた時には全てが遅かった。

 ウォルトじいさんは、クッキーに夢中なハニエルを膝に乗せて、花雪姫という有名な物語を語り始めていた。

 もちろん、その右手にコーヒーカップを持って、ブリジットに差し出すことを忘れずに……。

 そして今日もオルガ家は、この傍迷惑な隣人とのやり取りで過ぎていく。


 最後まで読んでくださりありがとうございました。

 サリエとレモリーの偏った愛情は伝わりましたでしょうか?まだこのシリーズで書きたいな、と思っていますので、またよろしくお願いします!

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