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第十四回


 とおがらしー。とおがらしー。春朗の声が日本橋通り油町に流れる。今日は商売の格好はしているが懐に証拠の宣伝チラシを忍ばせていた。実は一週間前、何処で居所を突き止めたのか突然蔦重の使いの番頭が長屋に現われ版元直々の商談があることを告げにきたのである。都合の好い日を選んで一度お越し願いたいとのことだった。

 まさか蔦重にとって嘗ての勝川春朗が昨年末から八丁堀に住み唐辛子売りをしているとは思いもつかないだろう。小紫から聞いたように例の絵に相当関心を持っているとすれば、ここはひとつしらを切って何かしらの取引が出来るかもしれないと思っていた。

 部屋に通されてから暫く待つとやがて蔦屋重三郎が現われた。やつれた感じには見えたがさすが鋭く先を読む眼力がその言葉尻に滲んでいた。

「錦絵に画風の刷新を図るためその絵師を求めている。この絵を拝見すると過去の型を打ち破る趣きが感じられ役者似顔の類型を変える先駆となるような予兆がある。そこでその才能を他の版元に先駆けて当方で支援したいのだがおぬしの心積もりのほうをお聞かせ願いたい」

 蔦重は静かに語った。彼のその絵に賭けている意欲が真に伝わってきて春朗の心は再起の機会が訪れていることを悟った。小紫の言っていたことは偽りではなかった。忽ち春朗は蔦重の目を見てすかさず答えた。

「我が身は嘗ては浮世絵界に名を連ねた門下の端くれ、訳あって今は除名の身となっています。その経緯だけをご寛容していただければ願ってもないご高配、喜んでお受けします」

 春朗が頭を下げたとき蔦重は黙ってうなずいた。

 その日、秘かに密約がとり交わされたことは耕書堂の人間は誰ひとりとして知らなかった。

 天秤棒を担いで耕書堂をあとにするとき春朗の胸中は躍っていた。長屋に転居してからやがて一年がたち師匠春章の一回忌も近づいている。再び浮世絵界に復帰する機会が目の前に訪れるのだ。

 油屋筋を過ぎ絵草子問屋街を通ったとき今尚消えずに残る屈辱が思い出されいよいよ兄弟子春好への復讐が成就する日が迫ってきたことを意識する。

 と、しばらく行ったとき何処からともなく看板筋の道中に響く足音を聞いたような気がした。その音はトントントンと進み行く忍び足の音のように聞こえた。気のせいかとしばらく耳をそばだてた途端それは宙に舞ったのである。俄かに十郎兵衛の幻視が広がり妄想が師走の夜空に映えた。

 果して幻の興行は行なわれたのだろうか。春朗の弾む心の一方でそれは怪奇に揺れつづけた。


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