第8話:エスパーンダ真美
状況は今やまさにカオスだ。来栖先輩はデショーン化し、翔星は倒れた。愛彩が落とした生焼けのパンケーキは床に貼り付いたままだ。
「ワーヌ、どうしよう……」
不安を訴える舞に、ワーヌが冷静に答える。
「ともかくデショーンを何とかしなければ。変身だ、舞君」
「そ、そうだね……マジカルバーン・シーケンス・イニシャライズ!」
《変身シーケンスレディ、イニシャライズ……コンプリート。バーニングマイ、スタンディングバイ》
「わあ。舞ちゃん、本当に魔法少女だった!」
愛彩が声を挙げ、他の人も感心する中、舞は身構えた……だが……。
(ここで戦ったら、調理室が壊れちゃう……どうしよう、ワーヌ?)
幸い、デショーンはキョロキョロするばかりで暴れてはいない。翔星が倒れてしまったせいで、偏見を向ける相手が分からないのかもしれない。
《施設の破損か……今攻撃するのは悪手だろう。何とか外に誘導しなければ》
そういうワーヌにも名案がないようだ。
そのとき、調理室の入り口からデショーンへと魔力‒‒舞はそれを「黒い光」と認識した‒‒が放たれ、デショーンはブロックノイズのように分解されてその場から消えてしまった。
「夢珠ちゃん!……一体どこへ……?」
小林先輩が心配そうな様子を見せる。舞が魔力の放たれた方向‒‒部屋の入り口を見ると、パンダの仮面を被った女生徒がLEDライトのようなものをデショーンがいた方向へと向けていた。
そのパンダ仮面は舞の視線に気付くとスマホを取り出し素早く操作する。
『わたしのなまえは、えすぱーんだまみ。ひみつけっしゃばいあーすのかんぶのひとりだ』
音声読み上げアプリでの名乗り。肉声を聞かせないためなのだろう。
「スマホは校則違反なんじゃない?」
舞の反応は斜め上だった。狼狽えたエスパーンダ真美はスマホを取り落とし……慌てて拾い上げると制服のポケットに隠した。
「施恩先輩が追っていたっていうパンダ仮面があなたね!あなたが人のことをデショーンにしているの!?」
舞がさらに続けると、エスパーンダ真美は一度しまったスマホをためらいがちに取り出し、また素早く操作した。凄まじいフリック入力の速度と正確さだ。
「あくのそしきのかんぶが、こうそくをやぶってなにがわるい。そんなことより、でしょーんをおわなくていいのか。さっきのやつは、しょうこうぐちにてんそうしたぞ」
そこに割り込んだのが加納先生だ。さすまたを手にしている。教室1つ1つに備え付けられているものだ。
「校則違反をしていいわけがないだろう。それに、マミという名前の生徒は在籍していないぞ。学年主任のおれが言うのだから間違いない。おまえは本当に生徒か?」
そして大きく息を吸い込むと「不審者だーっ!」と大声で叫びながらさすまたをエスパーンダ真美に向けた。まずはこうして大声で叫ぶことで、周囲の教職員に危険を知らせようとしているのだ。
「大奈さんはデショーンを追うんだ。不審者は先生にまかせろ」
駆け出したエスパーンダを加納先生が追いかけて行く。
「廊下を走るな!校則違反だぞ!」
相手が不審者扱いなのか、生徒扱いなのか、よく分からない行動である。
◆
廊下を早足で昇降口に急ぐ舞に、車椅子を浮遊させた施恩が合流する。
「舞さん」
「あっ!そういえばみんなに連絡してない。でもどうして施恩先輩が来たの?」
《私から連絡したからね。もう紅明君と友梨佳君は昇降口で戦っている。急ぐんだ》
「でも廊下は走っちゃダメって……紅明ちゃんと友梨佳ちゃんはどうやってもう、昇降口に着いたんだろう?」
魔法少女だからと校則違反をして良いというわけではないことは、先ほど加納先生が振り返りながら「君もだぞ、大奈さん!」と言いおいていったので分かっている。
「彼女たちは窓から外に出たのよ。そして、階段の踊り場の窓からなら私も外に出られる……マジックテイム・シーケンス・イニシャライズ!」
《変身シーケンスレディ、イニシャライズ》
宙に浮かぶ青いフラコンの表面に、細かな文字の列が浮かぶ。
with Ada.Magic_IO;
procedure Hello is
begin --Hello
Ada.Magic_IO.Put("Hello, world!");
end Hello;
(Pythonかな?)
中学1年生の舞もなんとなく見覚えあるように思ったそれは、彼女の知る由もないプログラミング言語Adaの入門コードであった。
そして施恩の体に一滴垂らされたパルファムから青色の光とカロンの香りが広がり、フラコンがその額へと移動して姿を変える。
光が収まると、そこにはブルーにコーディネートされた衣装に包まれた施恩がいた。彼女の顔の上半分は青く輝く透明のバイザーに覆われ、両脚はブルーのリボンでまとめたようにぐるぐると巻かれている。ここから、施恩の変身は他の魔法少女とは少し違うのだ。
《シーケンスコンティニュー。ブルーアロー、トランスフォーメーション》
車椅子「ブルーアロー」が変形し、施恩の両脚に覆い被さる。車椅子の四隅にあった浮遊用のノズル状パーツが集合するように移動し、施恩を直立させながら「そうはならんやろ」的な変形を経て全体が金属のスカートのように広がり、まるで青いドレスを着たようになっていく。
「サモンスレイブス【ブーヤン】【エテクーン】」
施恩が告げると、変形合体を完了しようとしている彼女の両脇に魔法陣が出現し、子豚型の【ブーヤン】、子ザル型の【エテクーン】2体のマスコットが鎖に巻かれて暴れながら顕現し、そして鎖が弾け飛ぶように解放された。
《ドッキングコンプリート。スーパーテイミングシオン、スタンディングバイ》
そして、呆気に取られる舞を置いて、直立姿勢のまま浮遊して階段の踊り場に向かって行く。
「どうしたのですか、舞さん。行きますよ」
踊り場の窓は施恩が近付くと自動で開いた。
「え、あ、待って!クイック・リアクション」
慌てた舞は少しだけ体内の生化学反応を加速させると窓枠を飛び越えた。こんな「調整」ができるようになったのは、先日の騒動の後、ワーヌと重ねた特訓の成果である。
(何さっきの?施恩先輩の変身、格好良すぎ……!)
衝動的に、ホラー短編を投稿しています
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