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ハルカの疑惑

 いつもと違う停留所で馬車を降りて公園に向かった。朝からすでに気温は高く、薄手の真っ白いワンピースにかかとが高めのサンダルを履いてきた。背中に背負ったパピャイラの杖にはそぐわない気もするけど気にしない。以前は女性が攻撃用の杖を持っていては可愛く見えないんじゃないかと思ったのだけど、それは外界人の考え方らしい。


 アチェル公園の噴水は公園の繁華街に面した入り口のそばにあるので、よく待ち合せに使われる。他の人達に交じってサリウスさんの背中が噴水の向こう側に見えた。相変わらず地味目の服を着ているが、背筋を伸ばし凛としてたたずむ姿は人目を引く。まだ私には気づいていないみたい。


「こんにちは、サリウスさん。待たせてすみません」


 私の声に彼がこちらを向いた。緑の瞳が私の姿を捉えると同時に笑顔が顔に浮かぶ。それを見たとたんに、何かに心臓を捕まれたような衝撃を感じて、身体が動かなくなった。


 なんなの? 拘束の呪文? まさか魔法をかけられた?


「いや、私が早く来過ぎてしまったのだ」


 笑顔のままサリウスさんが近づいてくる。すぐに身体は動くようになったけれど、手足の関節がガクガクして力が入らない。


「おや、どうかしたのかな?」


「え? いえ……あの……」


 目が合ってまた心臓が締め付けられた。


「ハルカ?」


「ちょ、ちょっと座ります。暑さに当たったのかも……」


 彼が魔法を使ってるの? でもどうして?


「それはいかんな。あそこの木陰に行こう」


 噴水の脇にはトチノキに似た巨木がそびえ、涼しげな影を落としている。彼が私に向かって手を伸ばした。指先が私の腕に触れたとたん、触れられたところがびりりとして、私は慌てて飛びのいた。


「何するんですか?」


「あ、ああ、すまない。君が倒れてはいけないと思ったのだ。許可なく触れるべきではなかったな」


「違うんです。触られたときにびりっと感じたので驚いたんです」


「そうなのか? 真夏に静電気でもあるまいし、何が原因であろうな?」


 怪訝な顔で彼は自分の指に目をやった。


 サリウスさんの仕業じゃないのかな? どこか別のところから……攻撃を……受けてる? 

 私は木陰の草の上に腰をおろし、公園内をくまなく見渡した。休日の公園はやたらに人が多い。でも、誰が私なんかを攻撃する? なんの理由で?


 昨夜のニッキの話を思い出した。もしかして私が『ドラゴンスレイヤー』だから狙われてるの? 今の平和なエレスメイアで、そんなのありえないよね?


「水を貰ってこようか?」


 サリウスさんが私の顔を覗き込んだ。その眼差しに、また胸が苦しくなる。


 やっぱり彼の仕業なの? 心臓だけじゃない。頭もくらくらするし、呼吸が苦しい。じわりじわりと精神攻撃を受けているようだ。


 でも、どうしてサリウスさんが? 誰もに尊敬を受ける貴族がそんな真似をする理由が見つからない。……貴族……そうだ、ニッキは『スレイヤー』を狙ったのは貴族だって言ってた。


 じゃあ、やっぱり彼が私を? ありえない。……でも、そう考えれば色々と辻褄が合ってくる。


 こんなに素敵な人がどうして私に興味を持つのがが疑問だったけど、『ドラゴンスレイヤー』を狙っているのだとすれば説明がつく。親しくなったフリをして外に呼び出して、連れ去るつもりなんだ。


 思い起こせば、彼は決して自分について語ろうとはしなかった。知っているのは彼の名前だけ。素性を隠そうとしていたの?


 考えれば考えるほど、彼が疑わしく思えてくる。浮かれてのこのこやって来た自分が情けなくなってきた。


 私のこと、気に入ったわけじゃなかったんだ。拉致して誘拐して利用したいだけなんだ。


「ハルカ? 泣くほど辛いのか?」


「泣いてなんかいません」


「涙が出ているが……」


 頬に手をやれば確かに濡れている。なんで私、泣いてるの?


 サリウスさんは隣に立ったまま眉を寄せて私を見ていたが、「失礼を許してもらいたい」と言うなり、私を地面から抱え上げた。


「何するんですか?」と叫んだつもりなのに声が出ない。筋肉質の腕に締め付けられて、呼吸が苦しい。彼は公園の門から通りに出て、目の前にあった料理店の中に私を連れ込んだ。


「女将、部屋を借りたい」


「はい、こちらへどうぞ」


 抱きかかえられた私を見て、やる気満々のカップルだと思ったのだろう。女将さんは笑顔で奥の個室へと案内した。


 違うの、私、この人に誘拐されちゃうの。助けて!


 小さな部屋に連れ込まれ、ドアがバタンと閉められる。どうしよう。ここで気を失わせてからどこかに運ぶつもりなんだ。


 彼は私の身体を小さな寝台の上に横たえた。


「サ、サリウスさん……あ、あの……」


 彼の腕から解放されて、ようやく声が出るようになった。なんとかして逃げないと、洗脳されてテロ活動に加担させられてしまう。王宮を破壊しろなんて命令されちゃうかもしれない。


「そうはいきませんから」


「……なんのことだ?」


 杖で身を守ろうと思ったら、すでに取り上げられて部屋の壁に立てかけられている。これでは反撃もできない。身体を起こして寝台から降りようとしたが、腕に力が入らずその場に無様に倒れ込んだ。


 ダメだ、動けない。もうここで終わりなの? このままどこかへ連れて行かれちゃうの? 


「ハルカ、落ち着くのだ」


 彼の手が私の肩を押さつけえた。触られたところが熱い。胸が……息が苦しい。これ以上近くに寄らないで。


「信じてたんです。それなのに、こんなところに連れ込んで、私を思い通りにしたいだけなんでしょ?」


 サリウスさんはビクッとして私から手を離した。


「そ、それは誤解だ。公園では落ち着いて休めぬだろうと思い、部屋を借りただけだ」


「騙されませんよ。何をされたって私はエレスメイアを裏切ったりしませんから」


「エレスメイア? ……君は何を言っておるのだ?」


 彼は訝しげに私の顔を見つめた。しらばっくれても無駄だ。そうやってその綺麗な緑の目で魔法を使ってるのはわかってる。視線を向けられると身体が麻痺してしまうんだから。


「ふむ……ハルカ、動くでないぞ」


 彼は私の顔にぐいと自分の顔を近づけた。言われるまでもなく体は金縛りにあったように動かない。脈拍がぐんぐん上がっていく。殺される!と思った瞬間、彼は、すん、と私の口の匂いを嗅いだ。


「……ふむ、この匂いには覚えがある。おかしいと思ったらこういうことか」


「……何が……ですか?」


  彼がまた離れたので、私は呼吸を取り戻した。拉致するならさっさとすればいいのに、この人、私を生殺しにして楽しんでるの? けれども、彼は困惑したように眉を寄せている。


「ハルカ……、言いにくい事なのだが、今の君は薬物の影響下にあるようだ」


「はい?」


「つまりだな、分かりやすく言えば、君は酔っぱらっているのだ」


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