『東の森の民』と『ドラゴンスレイヤー』
おかしいなあ?
「ねえ、これ、いつものお酒?」
飲むと惚れっぽくなるお酒もあるので、まずニッキに確認した。
「お前の好きな奴だよ。酒がどうかしたのか?」
どうも腑に落ちないな。店の中をぐるりと見回して、違和感の原因に気が付いた。今夜は魅力的な人がやけに目に付くのだ。元々エレスメイアには格好いい人が多いんだけど、イケメン濃度が異様に高いような……。どうなってるんだろう?
友達と飲みに来ているオルレイロが私に気付いて手を振った。彼のいかつい顔も漢って感じでなかなかいいな。
そこでやっと理由に思い至った。これは全部、失恋の薬のせいだ。
レイデンに心が囚われている間は、誰にも興味を持てなかったのに、薬で解放された今、異性が魅力的に感じられるようになったのだ。矢島さんがいつもと違って見えたのもそういうことか。
「なるほどね」
「何がなるほどだ?」
「一瞬、ニッキに惚れたのかと思っちゃったよ」
「ああ?」
「だめだめ、ニッキには好きな人がいるから付き合えないよ」
「そんな奴はいねえって言ってるだろ?」
ニッキは赤い顔をさらに赤くして首を振った。まだバレてないつもりなのかな?
「なんで私と付き合いたいの? 私のこと好きでもないのに」
「好きだぜ?」
「でも、そういうんじゃないでしょ?」
「別にいいだろ? お前といると楽しいし気楽だからな」
だからって急に付き合おうなんて言い出すかなあ? それも明日デートに行くって知ったとたんに……。
「ああ、そうか。私を守ろうとしてるんでしょ?」
「そりゃ、どういう意味だ?」
「どこの馬の骨かもわからない貴族の男に捨てられて、また落ちこんだら面倒だ。それなら俺が付き合ってやったほうが無難だな、って思ったんじゃないの?」
「ええと、まあ、そう考えなかったわけでもないけどな」
彼は照れをごまかすように、溢れんばかりにグラスにお酒を注いだ。
「ありがとう」
「礼なんていらねえよ。ババアにお前を守れって言われてるんだ。お前と付き合っちまった方が手っ取り早いだろ?」
「今度は大丈夫だよ。好きになる前にちゃんとした人かどうか見極める。でも、サリウスさん、凄く私のタイプだからうまく行ってほしいなあ」
「そんなので本当に見極められるのか? 心配だなあ」
「レイデンがいい人だって言ってたから間違いないって」
「あいつの『目玉』で見たのか? それなら確かだな」
「うん。ニッキは私たちをくっつける方向で応援してくれればいいから」
「よし、それじゃ明日はついってってお前を売り込んでやる」
「それはやめてね。命令だからね」
「ええ、そういう時にだけ主人面するのはやめてくれよ」
彼はぷっとふくれたが、初デートに従者なんて連れてくわけにはいかない。
「ねえ、どうしておばあちゃんはあなたに私を守らせるの? 」
「昔からの慣習だからじゃねえかなあ」
「慣習って?」
「昔は『東の森の民』が『ドラゴンスレイヤー』の身辺警護につく事が多かったんだとさ」
「でも『スレイヤー』の方が『東の森』の人よりも強いでしょ?」
「俺たちの方がずっと勘がいいからな。事前に危険を察知できたんだよ」
「何から守ってたの?」
「他国の奴らさ。当時は国同士の小競り合いが多くてな、最強の攻撃魔法を使う『スレイヤー』が狙われたんだ」
「殺されたの?」
「いや、捕まえて自国に連れて帰ったんだ」
「連れていかれたからって、敵に寝返ったりしないでしょ?」
「報酬次第って奴もいるからな。だから裏切りを防ぐために『スレイヤー』の手当は桁違いだったんだぞ。もっとも味方に付かなければ、洗脳したり、魔法で服従させたりしたらしいがな」
「へえ、ニッキが私にしたみたいに?」
「もうそれは忘れてくれよな」
彼は恨めしそうに私を睨んだ。
「今は『壁』があるから、よその国の心配なんてしなくていいんでしょ?」
「けど、クーデターを企てた奴らが『スレイヤー』を拉致した事件もあったんだぜ。返り討ちにあってクーデター自体が未遂に終わったんだけどな」
「エレスメイアで?」
「ああ。『門』が閉じるちょっと前の話だ」
ってことは百年以上も昔の出来事だな。
「その頃の話はまだ習ってないや。そんな物騒なことがあったんだね。誰がクーデターを起こそうとしたの?」
「貴族だよ」
「え? 貴族が?」
「加担したのはほんの一部の奴らだけどな。未遂で済んだとはいえ、結構な騒ぎになったらしいぜ。その時に貴族家が三つも取りつぶされたんだ」
「へえ、私も反政府の人に狙われちゃうのかなあ」
「それはないだろうな。今の国王は人望もあるしな」
「それならニッキに警護してもらう必要なんてないね」
「そう言ってくれるなよ。『森』からはもう何十年もボディガードなんて出してねえのに、今になってババアが俺に命じたってことは、何か意味があるんだ」
「おばあちゃんの事は信じてるんだね」
「口うるせえババアだが、先読みの力はすげえからな。命令されりゃ従うしかねえよ」
「ごめんね」
「なんで謝るんだ?」
「私のせいでフラフラ遊んでられなくなったちゃったね」
「人をキュウタみたいに言うなよ。俺が納得してやってる事なんだからお前は気にすんな」
彼は手を伸ばして、私の額を指でぴんと弾いた。
「いてて、痛いなあ」
「急にしおらしい事言うからだ」
ニッキは笑いながらまたグラスを空にした。いつもよりペースが速いようだ。
「なあ、お前が貰った薬、効き目は確かなんだな?」
「うん。もうレイデンを見ても全然平気だよ」
「そりゃあ、たいしたもんだ」
彼はそういうと、考えを巡らせるように視線を落として黙り込んだ。
「……ねえ、薬に興味があるの?」
「ああ? どうして俺がそんなもんに興味を持たなきゃなんねえんだ?」
「別に。なんとなく聞いただけ」
もしかしたらジョナサンのこと、忘れたいと思ってるのかもしれない。彼がこっちに来ることはできないんだし、会える機会なんてほとんどないよね。
会えない人の事を想い続けるのは辛いだろう。なんとかしてあげたいとは思うけど、彼が認めない限り、私にできることはなさそうだ。
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目を覚ますと目の前にニッキの顔があった。あれ、私、ジャニスの家に泊りに来てたっけ? 違う。ここ、自分の部屋だ。
「うわ!」
「な、なんだ!? 何があった?」
私の声に彼が飛び起きた。
「どうしてあなたがいるの?」
「うるさいなあ。ハルカが泊めてあげたんだろ?」
足元で寝ていたケロが眠そうに答えた。
そ、そうだ。昨夜は結局帰りが遅くなって、酔っ払ったニッキを泊まっていかせたんだった。
「なんか、勘違いしてやがんの」
にやにやとニッキが笑う。
「だって、あなたは下のソファで寝てたでしょ?」
「お前んとこのソファ、寝心地悪いからさ。こっちに入れてもらったんだ。何にもしてねえんだから構わねえだろ?」
「ほら、さっさと起きてデートの準備をしたら? 僕はもうちょっと寝るからハルカは頑張ってきてね」
ケロはおざなりに励ましの言葉を述べると、また丸くなって目をつぶった。
「やっぱり俺がついてった方がいいんじゃねえのかなあ?」
ニッキが期待に満ちた目を私に向ける。一晩寝たら考えを変えるとでも思ったんだろうか?
「ダメに決まってるでしょ?」
「隠れて見てるだけでもか?」
「絶対にダメ。命令だからね」
「仕方ねえなあ。ずいぶんと気に入ってるみたいだし、しっかり捕まえて来いよ」
「そんなこと言われると緊張するな」
サリウスさんの姿が脳裏に浮かぶ。レイデンやニッキにも勝るとも劣らぬ格好よさだ。毎週、歴史を語ってくれた低音の効いた穏やかな声も、頭の中で再生すると首筋がぞくぞくしてくる。
今までは意識してなかったから気楽に顔を合わせられたけど、レイデンの呪縛が解けた今、あんなに素敵な人とデートだなんて、無謀過ぎるんじゃないかって気分になってきた。
「なんだ、ほんとに緊張してやがる」
私の顔を見てニッキがニヤニヤする。
「まあ、ダメ元で楽しんで来いよ。俺はここで待ってるからな」
「ええ? もう村に帰ったら?」
「主人に新しい男ができるかもしれないってのに、しっかり把握してねえとババアに叱られるだろ? フラれたら慰めてやんなきゃならねえしな」
「うん……お願いすることになっちゃうかも」
「なんだ、マジで自信なくしちまったのか?」
ニッキは腰に付けた小さな袋から、ごそごそと青い色の飴玉のような物を取り出した。
「これやるよ。口臭消しだ。話題に困ったらキスして迫れ。男はそういうのに弱い」
「うん。ありがとうね」
初日からキスなんてしないと思うし、それで落ちる男も嫌だけど、心遣いは受け取っておこう。
彼は常に色々な薬を携帯している。『東の森』で薬草や木の皮を使って作られたものだそうだけど、そのあたりもエルフっぽいな。
さわやかな香りのする青い飴玉を口に放り込んで、私は事務所を後にした。




