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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第三章 ―夢電車―
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20.思い出を捨てられるの?



 ……タンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、―――――――――-



「ッ――――――!?」

 うるさい音と揺れで、目が覚めた。

 今度はさっきとは違い、冷たい汗をぐっしょりと掻いている。

 周りを見てみるが、場所はさっきと同じ電車の中。車窓は真っ黒だ。


 ……夢、か。


 僕はため息にも似た息を深く吐く。

 そうか。この電車は僕の記憶を……

「この怪異の名前なんだけど、『夢電車』なんていうのはどうかな? 基にしたのは『猿夢』なんだけど、それより分かりやすくて綺麗な名前でしょ?」

 彼女は自慢げに語る。

「夢を回る環状線。走馬燈の逆で自分が回るんだよ。ハハッ、中々面白いと思わない?」

 対面して座っている神代は訊いてくるが、僕は無視して視線を逸らす。

「冷たいなぁ」

 なんて彼女は寂しそうな顔をするが、それも作っている風が漂っている。ブリッ娘というのだろうか。あんなワザとらしい顔は見たことが無い。

「……いい歳して、気持ちが悪い」

「う……ずいぶん棘があるね」

 彼女の顔が引きつった笑みに変わる。掴みどころが無い人だ。陀宮さんは終始不敵に笑っていて読めない人だったが、この人は表情がコロコロ変わって読めない。

 ……しかし、夢電車、か。

「……僕は今、眠っているのか?」

「そう。覚えてない? 君は(さら)われたんだ」

 彼女は言う。それに僕はさほど驚きはしない。意識がぼんやりとしているから、というものあるだろうが、僕自身ある程度覚えているからだ。

 あのとき、二田さんのことが終わって、銃で撃たれた後に僕は見た。着弾した箇所にあったのはダーツの矢と注射器を合わせたような弾だった。おそらく麻酔弾だろう。一体どこからあんなものを仕入れてきたのか。

「その麻酔弾の中に、麻酔と一緒に私の血が入ってたわけ・・・・・・・・・・。異能者の血だよ。だから君はこうして夢の中で夢電車に乗っている」

「……どれだけ用意周到なんだ」

「それだけ君に興味があったんだよ。森近優真君」

 呟いた僕に、彼女はまるで見惚れるようにうっとりとした視線を向けてくる。しかしそれは人間に対して、というよりは芸術作品に見惚れているような感じで、不快感を抱かせる。

 しかし、

「……僕に、興味?」

 陀宮さんを誘き寄せるためではないのか。




『次は、――――――、――――――、』




 そうだよ、と彼女は頷く。

「まあ、それは次で話そうか……」

「まっ、」

 その瞬間、トンネルを抜けたように車窓から強い光が差し、僕は思わず目を閉じた。



       ・・・



 ……雨が、降っている。

 天気が悪いときの世界は、どうにも無機的に感じてしまう。

 灰色の空。

 灰色のビル。

 灰色の地面。

 人通りの少ないこの路地にあるのは、地面を叩くノイズ音だけ。

 そんな中を歩いても、歩いても、足音は聞こえない。全部雨音に掻き消されてしまう。

 そう。微かな足音すら認められない。この身はその程度の価値しかないのだ。その程度の存在なのだ。

 途端に自身への憐れみが胸に浮かび、思わず笑みを零してしまう。

「本当に……くっだらない……」

 私は、何をしたかったのだろう……



       ・・・



「……」

「優真君?」

 目の前からの声で、僕は我に返る。

 見ると始音が不思議そうに僕の顔を覗き込んできていた。

「……なんでもない」

 僕は笑って誤魔化す。

 ここはキャンパス内の学食だ。あれから学内で度々一緒になることがあり、最近はこうして一緒に食事をすることが多くなった。

 今日は二限目が無く、少し早めの時間から席をとることができた。

 ホントに大丈夫? とそれでも心配してくれる始音。が、

「うどんをすすりながらしゃべらない」

「う……」

 そう指摘され、口から滝のようにうどんをはみ出させ、恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女。が、飲み込むとプイッとそっぽを向いて、

「あ、そんなこと言うんだったらもう教科書見せてあげない!」

「いいよ。もう忘れないし」

 そう返して僕も自分の分のそばを食べようとして、チラリと彼女の方を見てみる。

「うぅ……」

「いや泣かなくてもいいだろ!?」

「違うもん……泣いてないもん。うどんの汁が目に入っただけだもん!」

 そう言って赤くした鼻をすする彼女を見て、僕は小さくため息を吐き、

「ごめんごめん。ちょっと意地悪だったな」

 ポケットティッシュを渡す。それを始音は一枚とって鼻をかむ。

「……いい。許してあげる」

 まだ瞳が潤んでいるが、どうやら許してくれたようだ。

「ありがとうございます」

 まったく、と内心彼女の機嫌が直ったことに安堵し、そばを食べる。

 が、思い出す。

 その手を止めて、僕は歯を食いしばる。

 何をやっているんだ。

 これは全て夢だ。

 ここから抜け出す方法を探さなければいけないのに、馴染んでしまってどうする。

 唐突に僕は席を立った。その勢いが強かったのか、彼女はビックリした様子で僕を見て、

「ど、どうしたの?」

「あ……」

 その顔を見た瞬間、微かに決心が揺らぐ。しかしこれは夢。全て夢なのだ。

 夢だ。

 僕はブンブンと頭を振って雑念を払うと、その場から走り去る。その後ろから「優真君!」と叫ぶ声が聞こえ、ズキンと胸が痛んだ。

 ごめん、ごめんな。

 夢だと分かっている。でも、そう心の中で何度も謝りながら僕は出口を求めて走った。



       ・・・






 ……ゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、――――――――――




「――――――っは!」

 目が覚めると同時に、僕はずっと無呼吸だったかのように酸素を求めて激しく呼吸する。また全身に汗を掻いている。

「お・か・え・り」

 神代は僕の前に座り、嘲笑する。

「走ったって無駄なのに。夢は楽しむのが一番!」

「……」

 そう子供に教えるように得意げに話す彼女を睨み付ける。

「……楽しい訳ないだろ」

 僕は座席に座り直し、頭を抱え、唸るように零す。僕にとって、いや、今の僕にとってこの記憶は華やかなものにはなりえない。見せられる度に心臓をナイフで抉られているような気分になる。

 もう、見たくないのに……

「本当に?」

 そんな僕に彼女は問う。その言葉が空気を揺らした一瞬、僕の思考は真っ白になる。

 本当に?

 僕は顔を上げる。目の前のその顔は、全てを見透かしているような嘲笑を浮かべていた。

「どうなの? 君は本当にこの思い出を捨てられるの?」




『次は、――――――、――――――、』




「うるさい!」

 頭の中がぐちゃぐちゃになり、僕は叫んだ。それは追い払うというよりも、何かに助けを請うているようだった。



 僕は立ち上がるとその場から逃げ出すように駆けて、隣の車両への扉を開けた。




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