20.思い出を捨てられるの?
……タンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、―――――――――-
「ッ――――――!?」
うるさい音と揺れで、目が覚めた。
今度はさっきとは違い、冷たい汗をぐっしょりと掻いている。
周りを見てみるが、場所はさっきと同じ電車の中。車窓は真っ黒だ。
……夢、か。
僕はため息にも似た息を深く吐く。
そうか。この電車は僕の記憶を……
「この怪異の名前なんだけど、『夢電車』なんていうのはどうかな? 基にしたのは『猿夢』なんだけど、それより分かりやすくて綺麗な名前でしょ?」
彼女は自慢げに語る。
「夢を回る環状線。走馬燈の逆で自分が回るんだよ。ハハッ、中々面白いと思わない?」
対面して座っている神代は訊いてくるが、僕は無視して視線を逸らす。
「冷たいなぁ」
なんて彼女は寂しそうな顔をするが、それも作っている風が漂っている。ブリッ娘というのだろうか。あんなワザとらしい顔は見たことが無い。
「……いい歳して、気持ちが悪い」
「う……ずいぶん棘があるね」
彼女の顔が引きつった笑みに変わる。掴みどころが無い人だ。陀宮さんは終始不敵に笑っていて読めない人だったが、この人は表情がコロコロ変わって読めない。
……しかし、夢電車、か。
「……僕は今、眠っているのか?」
「そう。覚えてない? 君は攫われたんだ」
彼女は言う。それに僕はさほど驚きはしない。意識がぼんやりとしているから、というものあるだろうが、僕自身ある程度覚えているからだ。
あのとき、二田さんのことが終わって、銃で撃たれた後に僕は見た。着弾した箇所にあったのはダーツの矢と注射器を合わせたような弾だった。おそらく麻酔弾だろう。一体どこからあんなものを仕入れてきたのか。
「その麻酔弾の中に、麻酔と一緒に私の血が入ってたわけ。異能者の血だよ。だから君はこうして夢の中で夢電車に乗っている」
「……どれだけ用意周到なんだ」
「それだけ君に興味があったんだよ。森近優真君」
呟いた僕に、彼女はまるで見惚れるようにうっとりとした視線を向けてくる。しかしそれは人間に対して、というよりは芸術作品に見惚れているような感じで、不快感を抱かせる。
しかし、
「……僕に、興味?」
陀宮さんを誘き寄せるためではないのか。
『次は、――――――、――――――、』
そうだよ、と彼女は頷く。
「まあ、それは次で話そうか……」
「まっ、」
その瞬間、トンネルを抜けたように車窓から強い光が差し、僕は思わず目を閉じた。
・・・
……雨が、降っている。
天気が悪いときの世界は、どうにも無機的に感じてしまう。
灰色の空。
灰色のビル。
灰色の地面。
人通りの少ないこの路地にあるのは、地面を叩くノイズ音だけ。
そんな中を歩いても、歩いても、足音は聞こえない。全部雨音に掻き消されてしまう。
そう。微かな足音すら認められない。この身はその程度の価値しかないのだ。その程度の存在なのだ。
途端に自身への憐れみが胸に浮かび、思わず笑みを零してしまう。
「本当に……くっだらない……」
私は、何をしたかったのだろう……
・・・
「……」
「優真君?」
目の前からの声で、僕は我に返る。
見ると始音が不思議そうに僕の顔を覗き込んできていた。
「……なんでもない」
僕は笑って誤魔化す。
ここはキャンパス内の学食だ。あれから学内で度々一緒になることがあり、最近はこうして一緒に食事をすることが多くなった。
今日は二限目が無く、少し早めの時間から席をとることができた。
ホントに大丈夫? とそれでも心配してくれる始音。が、
「うどんをすすりながらしゃべらない」
「う……」
そう指摘され、口から滝のようにうどんをはみ出させ、恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女。が、飲み込むとプイッとそっぽを向いて、
「あ、そんなこと言うんだったらもう教科書見せてあげない!」
「いいよ。もう忘れないし」
そう返して僕も自分の分のそばを食べようとして、チラリと彼女の方を見てみる。
「うぅ……」
「いや泣かなくてもいいだろ!?」
「違うもん……泣いてないもん。うどんの汁が目に入っただけだもん!」
そう言って赤くした鼻をすする彼女を見て、僕は小さくため息を吐き、
「ごめんごめん。ちょっと意地悪だったな」
ポケットティッシュを渡す。それを始音は一枚とって鼻をかむ。
「……いい。許してあげる」
まだ瞳が潤んでいるが、どうやら許してくれたようだ。
「ありがとうございます」
まったく、と内心彼女の機嫌が直ったことに安堵し、そばを食べる。
が、思い出す。
その手を止めて、僕は歯を食いしばる。
何をやっているんだ。
これは全て夢だ。
ここから抜け出す方法を探さなければいけないのに、馴染んでしまってどうする。
唐突に僕は席を立った。その勢いが強かったのか、彼女はビックリした様子で僕を見て、
「ど、どうしたの?」
「あ……」
その顔を見た瞬間、微かに決心が揺らぐ。しかしこれは夢。全て夢なのだ。
夢だ。
僕はブンブンと頭を振って雑念を払うと、その場から走り去る。その後ろから「優真君!」と叫ぶ声が聞こえ、ズキンと胸が痛んだ。
ごめん、ごめんな。
夢だと分かっている。でも、そう心の中で何度も謝りながら僕は出口を求めて走った。
・・・
……ゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、――――――――――
「――――――っは!」
目が覚めると同時に、僕はずっと無呼吸だったかのように酸素を求めて激しく呼吸する。また全身に汗を掻いている。
「お・か・え・り」
神代は僕の前に座り、嘲笑する。
「走ったって無駄なのに。夢は楽しむのが一番!」
「……」
そう子供に教えるように得意げに話す彼女を睨み付ける。
「……楽しい訳ないだろ」
僕は座席に座り直し、頭を抱え、唸るように零す。僕にとって、いや、今の僕にとってこの記憶は華やかなものにはなりえない。見せられる度に心臓をナイフで抉られているような気分になる。
もう、見たくないのに……
「本当に?」
そんな僕に彼女は問う。その言葉が空気を揺らした一瞬、僕の思考は真っ白になる。
本当に?
僕は顔を上げる。目の前のその顔は、全てを見透かしているような嘲笑を浮かべていた。
「どうなの? 君は本当にこの思い出を捨てられるの?」
『次は、――――――、――――――、』
「うるさい!」
頭の中がぐちゃぐちゃになり、僕は叫んだ。それは追い払うというよりも、何かに助けを請うているようだった。
僕は立ち上がるとその場から逃げ出すように駆けて、隣の車両への扉を開けた。




