19.始発
ガタンゴトン、ガタンゴトン、――――――――――
うるさい音と揺れで、僕『森近優真』は目覚めた。
「……」
意識の覚醒とともに視界が鮮明になっていく。ここはどうやら電車の中のようだ。
地下鉄か、それともトンネルの中なのだろうか。車窓の向こうはアクリル絵の具のような真っ黒が広がっている。
「……」
僕は……どうしてこんなところにいるのだろうか?
立ち上がって車内を見回しても、僕以外の乗客はいないようだ。前後の車内にも誰もいない。そしていったい何両あるのだろうか。合わせ鏡の様にどちらを見ても果てしなく車両が続いている。
ここは…………明らかに現実ではない。
「旅をしているときね。車窓がスクリーンに見えたりしない?」
誰も居ないはずの車内に女性の声が響く。聞き覚えのある声だ。
声の方を見ると、いつの間にか『彼女』は僕の座っていた方とは反対側の席に腰掛けていて、薄らと笑みを浮かべている。
「……四水……沙希さん」
「この前ぶりだね。探偵さん」
猫の様に笑う彼女。今回はなぜか眼鏡を付けて白衣を纏っている。
「ん? こっちの方が教授っぽいだろう?」
心境が顔に出てしまっていたのか、彼女は眼鏡をあげて「キラン☆」と自分の口で言う。こんな状況じゃなかったら苦笑いくらいは浮かべていただろう。
……しかしなぜ彼女がここにいるのだろうか。ここはおそらく怪奇現象……いや確実に怪異の中だ。
そこに平然と、しかも認知しているような……
……まさか、
「……あなたが、神代未零?」
「ご明察。いやぁ気づかれなかったらどうしようかと思ったよ」
そう彼女はワザとらしく、呆れ半分に安堵の息を吐く。と、そこでスピーカーが『ザザッ』とノイズし、男性の声で車内アナウンスが流れる。
『次は、―――――、―――――、』
「……?」
駅の名前が……聞こえない。その部分だけ音が割れてノイズが入り、神経を逆撫でするような不快な音色になっている。
「なんだ、これ……」
「始発駅に到着らしいよ」
笑いをこらえるように彼女は言うが、車窓から外を見ても、駅らしいものはまったく見えない。それにすでに発信しているのに始発とはどういう意味なのだろうか。
「あんた、一体何を……」
そう言って車窓から振り返った先には……
・・・
「……は?」
……見慣れたキャンパスが広がっていた。
晴れ渡った青空に行き交う学生達。僕の服装もスーツから私服に変わっている。
いったいどうなっているのか。そう考えながらも僕は腕時計が気になって左手のそれを見る。入学祝いと親が買ってくれたものだ。とっくに壊れて、|思い出として押し入れに(・・・・・・・・・・)入れてあったはずのそれを、僕は特に何の違和感も無く見る。
時刻は午前七時五十五分。
「やっば!」
思わず目を見開き、僕は駆け出す。午前の講義は八時からだ。
急いで部屋に入ったのは開始一分前。息を切らしながら空いている席を探す。座席は基本的に早い者勝ちなので、ギリギリに来ると大抵埋まってしまっている。が、今回は運よく一つだけ空いているところがあり、呼吸を整えるのと同時に向いながら安堵の息を吐く。
そして栗色の髪の毛の女性の隣に腰を下ろす。
「間に合った……」
そこでチャイムが鳴り、少ししてから担当の教授が入ってくる。
「はい。じゃあ前に配った資料の53ページを開けてー」
「……あれ?」
僕は自分のカバンの中を漁るが、無い。資料を忘れてきてしまったのだ。
そんなはずはない、ともう一度クリアファイルから何から何まで探してみるが、やっぱりどこにも見当たらない。
遅刻ギリギリの上に忘れ物とか、僕はこれで社会人としてやっていけるのだろうか……
「……ふふ」
そう落ち込んでいると、隣から微かな笑いが聞こえた。恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。面識の無い人にまで笑われるなんて……
そうしてまたため息を吐きそうになったところで、
「一緒に見る?」
なんて声をかけてきてくれた。その声は木漏れ日の様に温かく、小さなことだったが僕は神様にでも出会ったかの様に救われた気持ちになり、
「いいの!?」
なんて振り向く。
そこには「うん」と頷く可憐な女性の笑顔があった。見たことのある顔だ。
見たことが……ある?
『違うだろう。君は忘れてしまったのかな?』
そんな冷たい、舐めるような声が響き、
「ッ、!」
次いで脳を直接針で刺されているような痛みが生じる。
そして僕の意識は冷静さを取り戻す。
ああ……ああそうだ。そうだった。
彼女が、このまるで子供の様に無邪気に笑う彼女こそが、僕の愛した女性なのだ。
「……き、みは?」
混濁する意識の中、僕は問う。それに彼女はにこりと笑い返してきて、
「私は『遠野始音』。よろしくね」




