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【36】内在する太陽

【36】


2018.05.19


「もし眼が太陽のようでなかったとしたら

どうして我々は光が見ることができるだろうか。

もし我々の内部に神みずからの力が宿っていなければ、

どうして神的なものが我々を歓喜させることができるだろうか。」


これは、神秘家の祖となるような人物であり、ネオプラトニズムの流れを産み出した人物である、プロティノスが説かれた言葉です。ドイツロマン派の文豪ゲーテも、この言葉を愛好し、よく引用されていました。僕もこの言葉には、深いものを感じざるおえません。


この言葉より、感じることは、様々ありますが、たとえば、自らの内に、全ての資質は隠されていると言いましても、過言ではないかもしれません。たとえば僕達は、すでに自然万物のエッセンスをこの内奥にも、宿しているから、あらゆる自然の表情や性質を感得出来ることが叶うのではないでしょうか。逆に言えば、もしも、まだ自然万物の愛に気付かない者は、自らの内奥に宿っている、そのエッセンスやパワーに気付いていないことを意味しております。自然を見て、感動を覚えるのなら、その自然は、自らのうちに宿っているから、感動を覚える、ということになります。これは、何に対しても、応用できる言葉であると、思います。


もしも、ある人の優しさに感動をしたならば、その優しさは、自身の内奥にも、宿っていますよ、ということになります。ですから、ある人の穢れを感じるならば、その人の穢れが、自身にも、宿っているということになります。


人は、同じ事柄でも、年齢を重ねていくと、違った印象を受ける存在であると、古今東西知られてきていることと、思います。その時は、キツく厳しく感じることが、時が経てば、あれは、優しさや愛情だったんだ!と気付くことがあると、思います。僕は、そういった心の変化こそ「成長」であると、思っております。印象が変わる、捉え方が変化するということは、それだけ、内奥が成長し、器が広がったことを意味しているんだと、思うのです。また、プロティノスは、こんな言葉を残しました。


「汝自らの魂の内を見よ。自らが美しくなければ、自らの行いを清め、自己のうちに美が見えるまで努力せよ。神、すなわち美を見たいと欲するものは自らを神に似た、美しいものにしなければならない」


プロティノスは、神様を、無限の存在である善のイデア「一者」として、捉えておりました。その一者から、流出したヌース(理性)によって、万物は、創造されたと、捉えておられました。どうやら、プラトンの『イデア論』に残っている二元論を克服していきたかったようです。プロティノスは、また、一者への(エロース)によって、神に回帰することが人間も可能であると、説いておられました。たとえば、神を根源的美として捉えたときに、人間もその根源的美を自らのうちに、見出だしていく努力をしていく必要があると、説かれたのです。その努力や愛によって、いつか訪れる一者との合一、忘我状態、エクスタシーに至る人間は、ごく稀であると、説いており、プロティノス自身も4回しか、人生では訪れなかったと、おっしゃられておりました。


僕は、このプロティノスの思想や哲学に、強く影響されている人物の一人であります。僕が強く憧れているノヴァーリスも、プロティノスに強く影響されておりました。僕自身が自らを神秘主義者である「神秘家」としているのは、僕が心惹かれる人物達の多くは「神秘家」であるからです。その先輩達から学び、僕も、その道を少しずつでも、歩んでいくことが、生き甲斐やライフワークでもあります。


自らを「神秘家」であると、公表するまでは、命懸けの葛藤があり、実際に、生死もさまよいました。また、自分自身が日頃抱いている心境と、僕がお世話になっている方々の僕への印象に、違いや差を産み出したくなかったのです。乖離せずに、統合していきたかった。それこそが、誠意であり、告白であるとも、強く感じたからです。陰ながら信仰しているのではなく、信仰を公表することの大切さを、身に沁みて感じる機会があり、僕は、嘘も付けないタイプですから、神様への信仰を公表し、このように様々なことを披瀝(ひれき)し、お伝えしております。


神秘家とは、キリストやブッダの道を歩む者、実践する者を意味しております。今後も、神秘家を志す、一人の青年として、書けることは、書いていこうと、思います。


泥中に咲く蓮の花があります。僕は、いつか、その花のように、人々の苦しみや悲しみ、穢れや憂鬱から、可憐な花を咲かせることを、サポート出来る、人間になりたいです。

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