【17】御名を唱える
【17】
2018.04.20
僕の体質上仕方のないことなのですが、神様の御名を唱えることがあります。御名を唱え続けることによって、マイナスエネルギーに踊らされたり、影響を受けなくなるからです。僕には、霊体験がありまして、いつでも僕のことを狙ってきたり、憑いてくる存在や霊がいます。時々、会話したり、声も聴こえてくるのですが、時に、魔的な存在と出逢ってしまう時もあります。そういう時は、必ず、神様の御名を唱えるようにしております。すると、神様のエネルギーが自身の霊体に注ぎ込まれたり、助けが来たりしますので、いくら悪魔達からマイナスエネルギーをぶつけられたり、霊体を食べられそうになったりしましても、御名を唱えることによって、窮地から脱出することが出来ます。
僕の場合のご縁のあります神様や聖霊は、ジーザス・クライスト、マザー・メアリー、アークエンジェルなどの熾天使や四天王、サンダルフォン、天使、大日如来、阿弥陀仏、千手観音、アテン神、アマテラス、オオクニヌシ、スサノウノミコト、アメノミナカヌシ、根源神や創造神などなどです。
人々の交流の場合もそうだと思いますが、辛いときや、苦しいときに、名前を呼ぶときって、切なるものが集約されて、呼ぶときが、あると、思います。
「◯◯さん」
「◯◯ちゃん」
「◯◯くん」
「◯◯!」
などなど。「名は体を現す」ですから、名前には、その実体の核となるエネルギーや御力があると、僕は、体験上感じております。名前を呼び合うことで、テレパシーのように、エネルギー交流することが出来るのだと、思います。
真心や親しみを込めまして、名前を呼び合いたいものですよね。
僕の本名には「磨く」という漢字があります。僕の今世の人生での個別的真理には、自分を磨いたり、人様や神様によって、磨かれていくことが、大事なテーマなのでしょう。自身の30年の人生を振り返ってみましても、「磨くこと、磨かれていくこと」が一貫されているように感じます。
もしも、何かに迷ったときには、自分自身の名前から、ヒントや答えを探してみるのも、良いかもしれません。名前には、神様のご意志があり、生命の刻印や封印があると、僕は、思えて仕方がありません。




