二代目死屍柴ヒルイの戦い10
快楽殺人鬼ジョン・ドゥは茜に出会い、運命が変わった。
生まれて初めて敗れた相手が茜であり、生まれて初めて殺したくないと思った相手も茜だった。なぜそう思ったのか、それは唯一話を聞いた殺人気ジェイコブには理解のできない内容であり、話を聞いたのが他の組織の人間であればすぐに答えに結びつけることが出来るものであった。
快楽殺人鬼ジョン・ドゥは姫宮メアリー茜に、十歳近い年上である茜に恋をしていた……いや、愛していた。
それは恋愛なのか親愛なのかは分からないが、ジョン・ドゥは自分の命よりも大事な存在として茜を見ていたのだ。十年前のあの日、茜が死んで一番泣き叫んだのは、姫宮よりも瑠衣よりもジョン・ドゥだった。
ウサギのマスクの中、とめどなく涙を零し、嗚咽を漏らし続けたけれど、それは機械音に変換され誰の耳にも泣いているようには聞こえる事はなく、誰もその事には気づく事はなかった。
十年前のあの日、ジョン・ドゥは死ぬ筈だった。命よりも大事なものを失い、生きる意味を見失った彼女は、自害しようとした。
様々な人間を殺し続けた彼女の快楽はもう消えていた。彼女の快楽は、茜の為に殺人を犯すことだった。
茜の邪魔になる人間を殺し、この世界に平和をもたらすための殺人を犯す、それが彼女の快楽殺人だった。
全ては茜の笑顔を守るために。茜の微笑みのために。
けれど、その茜は消えた。ジョン・ドゥにはもう快楽殺人を犯すことは出来なくなっていた。
はじめは橘に復讐しようとも考えていたけれど、それは茜の喜ぶことじゃないこともジョンは分かっていた。
だからもう、自分に出来る事は自害して、茜の後を追うしかないとジョンは考えていた。死後数十分たった茜の死体を見下ろし、落ちていたナイフを拾い胸を貫こうとしたその時、茜の傍らに蹲り泣きながら歌を歌っている少女の姿が眼に入った。
それは五歳の瑠衣の姿だった。
涙を零しているのに、茜のような微笑を浮かべる瑠衣を見て、ジョンはナイフを捨てた。
ジョンは見つけたのだ茜を。
茜が命をとして守った一粒種を。
ジョンはその時決めた、自分が生きているうちはこの子を……茜が守ろうとしたこの命を、守りきろうと。ジョンは首を引き裂かれ、死ぬ瞬間まで、自身の快楽殺人を守ったのだ。
「……ヒルイちゃんは……もう……大丈夫だよ……茜ちゃん」
ジョン・ドゥは確信した。今の瑠衣の動きならば……強さがあれば、橘に負ける事はないと。
命をとしてジョンは見定めたのだ。茜の一粒種の成長を。
ヒルイも姫宮も瑠衣に戦う術を授けたが、ジョンだけは違うものを授けた。
茜のような強い心を。
笑顔には人の心が表れる。どれだけ見目良くしても、心がすさんだ人間の笑顔にはどこか不自然さがあり、無意識に敬遠してしまうものだった。けれど、今の瑠衣は心には守りたい強さが宿り、微笑には茜のように思わず息を呑んでしまうほどの心の美しさが現れていた。
閉じた黒いスクリーンには茜によく似た微笑の瑠衣の姿が映し出した。すると、幻聴なのか、耳には優しい歌声が届いた。
『Twinkle, twinkle, little star,How I wonder what you are! (きらきらひかる 小さなお星様。あなたはいったい何者なの)』
歌声に心地よい眠気を呼び起こされると、スクリーンの中の瑠衣が微笑みながら左を向いた。
『Up above the world so high,Like a diamond in the sky! (世界の上でそんなに高く 。まるでお空のダイアモンドみたいに)』
瑠衣の視線の先から、ゆっくりと誰かが歩いてきた。瑠衣によく似た顔をしてはいるが、瑠衣よりももっと大人っぽい顔つきをした女性が、ジョンに向かい微笑を向けた。
『Twinkle, twinkle, little star,How I wonder what you are!(きらきらひかる、小さなお星様。あなたはいったい何者なのかしら)』
How I wonder what you are!
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………アハっ……………………………………………………………………………………茜…………………………………………ちゃ……………………………………………………だ……」
嬉しそうな笑みを浮かべ快楽殺人鬼ジョン・ドゥは息を引き取った。




