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【書籍化】破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった  作者: むらくも航@6シリーズ商業化


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第21話 救いと反動

 「──はっ!」


 ヒマナは飛び起きた。

 その肩からは、掛(か)け布団が落ちる。

 白い天井にベッド、周りを見渡すと場所を把握できた。


「……保健室?」


 ぽつりとつぶやくと、シャッと横のカーテンが開く。


「そう」

「アスラ君!?」


 離れた隣のベッドには、アスラが寝転がっていた。

 あまりに自然にいるため、保健室の住人かと思うほどだ。


 だが、ヒマナはすぐに我に返る。


「──って、お手伝いの時間が!」

「もう昼(・)だよ」

「え?」


 すると、アスラは外を指して伝えた。


「翌日の昼。君は昨日ここに運ばれて、ほぼ一日寝てたらしいよ」

「そんな……」

「ま、俺はサボりに来てるだけなんだけど」


 アスラは相変わらずだが、ヒマナはツッコむ気にもなれない。

 自身の学生服は着替えさせられ、体も清潔に拭(ふ)かれている。

 保健室の先生がやってくれたのだろう。

 

 アスラの言葉が本当だと分かると、ヒマナはがくりと肩を落とした。


「私、最低だ。頼まれごと、たくさんあったのに……」


 ヒマナは布団の上で拳を握る。

 後悔というより、おびえている(・・・・・・)に近い顔だ。

 

 その表情を見て、アスラは静かに口を開く。


「居場所を失うのが怖い、からか?」

「!」


 ヒマナが勢いよく振り返るが、アスラは構わず続けた。


「寝言で言ってたよ。頑張らなきゃ私の居場所はない、って」

「それは、お見苦しいところを……」


 しかし、実はそんな寝言は言っていない。

 アスラは原作知識で、ヒマナの背景を知っているだけ。

 健(けな)気(げ)に頑張る姿勢を放っておけなかったのだ。


(過労(オーバーワーク)になる時期は、本来よりだいぶ早いけどな)


 ヒマナが闘気の実践をした時、アスラは一瞬で分かった。

 彼女の疲労が限界まで溜まっていると。

 選択授業でヒマナから目を離さなかったのは、そのためだ。


(周りの影響もあるのかもしれないな)


 リーゼルをはじめ、セレスやノアルの成長は、原作より圧倒的に早い。

 加えて、本来は学園にいないコノメという存在までいる。

 彼女達の影響でヒマナがより焦っているとしたら、アスラも間接的に責任を感じた。


 すると、弱っているせいか、ヒマナはぽつりと吐露(とろ)する。


「その通りだよ……私は、居場所を失うのが怖い」

「そんなに簡単に失うものなのか?」

「だって……」


 ヒマナにとって居場所とは、簡単に壊れてしまうもの。

 必死に守らなければいけないものだ。

 だからこそ、どれだけ人間関係が増えても、ヒマナは関わり方を変えなかった。


 笑顔を振りまき、進んでお手伝いをする。

 そうすることで、ようやく人間関係を繋(つな)いできた。


 対して、アスラは向こうの机を指す。


「あれを見ても、同じこと言える?」

「え?」


 そこには、色々な物が置かれていた。

 果物や焼き菓子、手紙なんてものまで。


「あれは全部、お見舞いに来た人が置いて行った物だ」

「……!」

「どっか(・・・)で君が倒れたって聞いたんだろ」


 アスラはふっと笑うと、彼らの言葉を代弁した。


「俺がここで寝てる時、お見舞いの声が聞こえてきたよ」

 

『いつもありがとう』

『大変なこと気づかなかった』

『無理させてごめんね』


 アスラはヒマナに目を向けた。


「誰も、君がそこまで追い込んでるって分かってなかった。でも、気づいたら駆けつけたんだ」

「……」

「居場所はもう、とっくに出来てたんじゃないか?」

「……っ!」


 ヒマナの布団を握る指先に力が入る。

 彼女の瞳にも、うっすら涙が浮かんだ。

 しかし、不安はまだ消えない。


「でも、頼まれごとは、誰が……」


 放り出してしまった仕事はなくならない。

 すると、アスラはわずかに視線を逸らす。


「……さ、さあ? 誰かやったんじゃね?」

「!」


 それにはヒマナが目を見開く。

 幼少期から他人の顔をうかがってきた彼女は、嘘には敏感(びんかん)だ。

 その感覚は、アスラの優しい嘘に気づく。


(アスラ君が、やってくれたんだ……)


 だが、アスラは見抜かれてるとは思わず。

 そのまま能天気に思い返していた。


(休む時間が無いのって辛いからなあ……)


 誰よりものんびりしたい男、アスラ。

 彼は、休む時間が無い苦しさを一番知っている。

 昨日も今日も、ヒマナの雑務は肩代わりしてあげたのだ。


 当然この先も、ヒマナに負担がかかりすぎないようにするつもりだ。

 すると、やがてアスラは立ち上がる。


「てなわけで、俺はそろそろ行くよ。次の授業はサボるとやばいし」

「あ、うん。ありがとう」

「保健室の先生も、安静にしてれば問題ないって言ってた。くれぐれも無理すんなよ」

「……!」


 だが、ヒマナはふと自分の内側へ意識を向けた。


(あれ、闘気が補給されてる……?)


 闘気は、体内を巡(めぐ)る生命エネルギーだ。

 枯(こ)渇(かつ)すれば危険であり、身体機能に後(こう)遺(い)症(しょう)を残すことさえある。

 ヒマナはそれすらも覚悟で、無理に修行をしていたのだ。


 しかし、あの時は闘気が枯(か)れたはずなのに、問題ないという。

 ヒマナが疑問を持つ中、アスラは去り際に伝えた。


「また武術訓練場なんか行ったりしないように」

「!」


 その一言に、ヒマナの肩が跳ねる。

 すると、何を思ったのか、最後に一つだけお願いをした。


「ごめん、アスラ君。あの果物だけ取ってくれない?」

「ん? ああ」


 軽く返事したアスラは、果物を手渡そうとする。

 だが、ヒマナはパシっとアスラの手首を掴んだ。


「……!」

「あっ!」


 やばいと思ったのか、アスラもすぐさま手を引っ込めた。

 しかし、もう遅い。

 ヒマナはアスラをじっと見つめた。


「私に闘気を補給したの、アスラ君?」

「……」

「ここまで同じだと、さすがの私でも間違えないよ」


 闘気は、人によって微妙に“感じ”が違う。

 流れ方も、熱量も、運動量も。

 ヒマナが体内に感じた闘気は、アスラのそれと全く同じだったのだ。


 対して、アスラはそろーりと忍び足で後退していく。

 

「いやー、なんのことやら。ははー……」


 誤魔化(ごまか)しながら保健室を出る算段だ。

 だが、ヒマナにはもう一つ確信があった。


「私、武術訓練場にいたなんて一言も言ってない」

「はっ!」


 アスラはもう言い逃れできない。

 ヒマナの嘘を見抜く目と、培(つちか)われた野性の勘。

 それが、助けてくれたのはアスラだと訴えかけていた。


 ヒマナはベッドを下りながら、アスラに近づく。


「【闘(とう)気(き)弾(だん)】って、どうやるの?」

「…………」


 【闘気弾】は、全身の闘気を形にして放つ大技。

 ヒマナに巨大な岩が迫った場面で、アスラがとっさに使った技だ。

 しかしそれは、達人にしか扱えない──“武術の極み”。


 というのも、魔法と武術では、ある程度の住み分けがされている。

 魔法は“広範囲”の威力に優れ、武術は“一点”の威力に優れる。

 どちらも良い所があり、使える場面が違うということだ。


 だが、【闘気弾】だけは違う。

 武術の延長線にあるが、魔法のように広範囲を攻撃できる。

 威力、範囲と、両方の良い所取りをした技なのだ。


 そんな“業(わざ)”は、武術家の中でささやかれている。

 今の時代では、武神ぐらいしか扱えないだろうと。


「もしかして、キミが武神さん?」

「………………」


 アスラは梅でも食べたような渋い顔で、だんまりを決め込む。


 あの時、アスラはヒマナの代わりに他のお手伝いをしていた。

 彼女の様子を見に行くのが少し遅れたのだ。

 そこで追いついた時には、ヒマナに巨大な岩が迫っていた。


『やるしかねえ!』

 

 あの場面では、助ける手段は【闘気弾】しかなかった。

 魔法よりも弾速(だんそく)が速く、貫通力に優れるからだ。

 仕方なかったとはいえ、それが今の事態を招いている。

 

 変顔で乗り切ろうとするアスラに対し、ヒマナは確信を持って問い続ける。


「武神さんが武術の授業(こっち)に来たって事は、指導してくれるんだよね?」

「……」

「そうだよね?」


 尊敬の眼差しだ。

 その武神を崇(あが)める視線からは、アスラはつい目を背(そむ)けたくなる。


(セレスやコノメ(あいつら)から逃げて来たとは言えねえ……!)


 武術の授業に変更したのは、あまりにも情けない理由だったからだ。

 それでも、ヒマナは止まらない。


「さすがは武神さんだよね。キミのおかげで気づくことが出来た。今の居場所は簡単に失わないんだって」


 ヒマナは胸に手を当てる。


「それは安心した。これからも大切にしたい。でも、それだけじゃない」

「ん?」

「初めてなんだ。私自身が、|誰かの居場所になりたい《・・・・・・・・・・・》って思ったのは」

「……!?」


 ヒマナがずいずいっと迫ってくる。

 その姿勢に、アスラは目を見開く。


(ヒマナって、こんな子だったか!?)


 アスラが行(おこな)った“闘気の譲(じょう)渡(と)”には、実は禁術を使っている。

 原作には登場しない、魔法を極めたからこそ可能な業(わざ)だ。

 

 そのため、アスラは知らなかった。

 闘気を受け取った者が何を感じるかを。


 ヒマナは高鳴る胸をぎゅっと抑える。


(温かい……)


 アスラの闘気は究極まで磨かれている。

 それに体内を満たされ、ヒマナは高揚(こうよう)していた。

 すると、今までは良い子ちゃんだった反動が──裏返る(・・・)。


「キミの居場所に、私がいたい」

「……っ!」


 今までの想いと、その反動が噛(か)み合っていた。

 その勢いは止まらず、アスラに壁ドン気味に迫っている。


「武術の授業から、逃げないでね」

「うぐっ」

「他の誰にも言わないから」

「!」


 ヒマナの独占欲が働いたのだろう。

 それが約束されるなら、都合は悪くない。


 剣の授業には、リーゼル・ノアル。

 魔法の授業には、セレス・コノメ。

 単純な算数の問題なら、武術を選ぶのが賢明だ。


 アスラは色々と考えた結果──。 


「……わ、わかった」

「ふふっ」


 アスラの返事に、ヒマナはうっとりとした目で笑う。

 明るい表情ではあるものの、どこかアスラだけを見つめるように。


「やったね」


 アスラの周りに、またも執着してきそうな者が増えた。

 アスラはふぅと天井を見上げる。


(また、やっちまった……)


 アスラの平穏は、脅(おびや)かされるばかりのようだ。

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