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【書籍化】破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった  作者: むらくも航@6シリーズ商業化


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第11話 使者としての選択

「これを植えて、明日から毎日水やりに来る」


 アスラはコノメに花の種を手渡す。


「それだけでも、目的にはなるんじゃない?」


 今のコノメに合った小さな目的だ。

 コノメも受け入れようと種を覗く。

 だが、その目は大きく見開かれた。


(この種って……『魔(ま)岸(がん)花(ばな)』?)


 それは様々な色、様々な形の花を咲かせる、超希少植物だ。

 濃い魔力に満ちた空間でのみ成長し、多種多様な姿へ咲き誇る。

 しかし、この国においてそんな環境は一つだけ。


 魔岸花は──“賢者の間でしか咲かない”。


(どうして、この人が……!)


 種を持つコノメの手が震える。

 アスラが持っている意味も、これを渡す意図も掴めない。


 対して、アスラ本人の心境はというと──。


(この花すげえよなー)


 普通に魔岸花を知らなかった(・・・・・・)。

 原作の性質上、賢者になった後はラスボスへ一直線だ。

 賢者の間を探索することもなく、魔岸花の名前も登場しない。


 つまり、賢者の間を行き来するアスラにとっては、“珍しいけど身近な花”ぐらいの認識でしかなかった。


「どうかな」

「……あ、えと」


 アスラの言葉に、コノメは混乱するばかり。

 いや、本当は心のどこかで分かっていたのかもしれない。

 “賢者の正体はアスラだ”と。


(兆(ちょう)候(こう)は、あった)


 コノメを社畜と言ったこと。

 使者として飛び回るコノメだが、そんな妙な言葉は他に聞いたことがない。


 昨日の魔力制御。

 ジャムを作るために、わざわざ魔法を開発する者など他にいない。


 そして何より、アスラの前でだけ本音が出てしまったこと。

 あの気の抜けた空気に、賢者と似た安心感を覚えたのだ。


 今までの違和感が、綺麗に繋がっていく。

 もう否定は出来なかった。

 コノメが勝手に思い描いた“理想像”と違っていただけで、本物はずっと近くにいたのだ。


(わたくしは……なんて愚かなことを)


 すると、ここ数日の言動が一気に蘇(よみがえ)る。

 賢者に忠誠を誓いながら、その正体へ冷たく当たっていた。

 最も軽蔑(けいべつ)していた怠惰(たいだ)な男として。


 コノメは自分の行いに“絶望”を覚える。

 だが、そんな心境は知る由(よし)もなく、アスラはふっと笑って背を向けた。


「ま、無理にとは言わないからさ」

「!」

「他にやりたいことがあったら、それでいいから」


 アスラは変わらない。

 そして、変わらず“希望”の言葉をくれる。


「また明日、学園でな」

「……っ!」


 それがアスラの──賢者の言葉だった。

 アスラは明日も会えることを望んでいる。

 ならば、使者が勝手に絶望していたってしょうがない。


「……任を頂けるとは、ご光栄です」


 コノメはアスラに届かぬ小さな声でつぶやく。

 使者は賢者の望むことをするのが仕事だ。

 ならば、使者として取るべき行動は──。


「水やり、やってあげなくもないです」

「お」

「……別に一人でするだけですが」

「ああ、それでいいよ!」


 “気づいていないフリをする”。

 言動から、アスラは正体を隠しているのは分かった。

 だったら、その意図を汲(く)むのが使者としての最善だ。


 コノメは緩(ゆる)む顔を隠すように、夕焼けへ振り返る。


(ふふっ。明日から学園へ来るのが楽しみになりました)


 自分がこんなふうに笑えるのだと、久しぶりに思い出した気がした。


 ほんの小さなことでもいい。

 生きる目的は、仕事だけではないのかもしれない。

 寄り道というのも、立派な自分の道だ。

 

 そう思えたのは、最も軽蔑する者と、最も尊敬する者が、同じ一人の人間だったからだ。



◆



 数日後、賢者の間にて。


「大変失礼いたしましたぁ……!!」

「!?」


 扉が開くなり、アスラの足元に銀色の髪が滑り込んできた。

 スライディング土下座をかましたコノメだ。

 あくびの途中だったアスラは、そのまま変な声を出す。


「なにごと!? どうした!?」

「申し訳ございません! わたくしは、なんと愚かなことを……!」

「いやいや、大丈夫だから! とにかく一旦落ち着こう!」


 アスラは椅子から駆け寄ると、コノメを支えて起こす。

 彼女の背中をさすりながら、アスラはゆっくり尋ねた。


「コノメにしては珍しいじゃないか。何かミスでもした?」

「ミスというか、罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)というか……」

「マジで珍しいな!?」


 コノメは賢者の正体について、気づかないフリをすると決めた。

 しかし、謝罪をしないのも違う。

 結果、誤魔化しながら平謝りする事しか出来なかった。


 対して、アスラはというと。


(え、バレてないよね?)


 そんな不安を抱えつつも、いつも通り優しく声をかけた。


「大丈夫、ミスは誰にだってあるから。今までこんなに頑張ってくれたんだし。一つのミスで怒ったりしないよ」

「ありがとう、ございます……」


 何のこっちゃ分からないが、アスラもとりあえず許す。

 コノメがこれまで積み上げた信頼あってのことだ。

 やがて気持ちが落ち着くと、コノメは一つ咳払いをした。


「コホン。では賢者様、一つご報告がありまして」

「お、どうした」

「美味しいポーションと、ジャムなる物の情報を入手しました。発端(ほったん)はアスラ・ヴァルティオです」

「へ、へえ……前の話の彼が!」


 わざとらしい演技だ。

 今思えば猿芝居だが、コノメは付き合うことにした。


「わたくしも試食したところ、大変有益です。これはぜひ国で開発を進め、量産化したいと考えています」

「おお、良いじゃん!」

「つきましては、賢者様のお力も借りたいと考えています」

「もちろん!」


 あれはアスラにしかできない所業だ。

 ならば、あくまで気づかぬフリをしながら、協力体制を取る。

 さすがは“できる”使者だ。


「ありがとうございます」

「……で、ところでなんだけどさ」

 

 すると、今度はアスラから尋ねた。


「アスラ君についてはどう? 印象変わったりした?」

「!」


 この数日、学園で二人は関わることが多かった。

 コノメの感情の変化が気になったのだろう。

 対して、コノメはぐっと堪(こら)えて答える。


「わたくしの評価は変わりません。今でも……その、た、怠惰(たいだ)なお方だと思っています」

「うぐぅ」


 正体を知った今では、“怠惰”と蔑(さげす)むことも心苦しい。

 無意識に“お方”とも言っていたが、アスラは気づいていないようだ。

 コノメはなんとか意思を貫いた。

 

「──しかし」


 それでも、一つだけは言いたいことはあった。

 コノメは顔を上げると、少しだけ柔らかい表情で伝える。


「“良い所もある”。わたくしは、そのように判断を下しました」

「……!」


 関係は壊さず、けれどきっちり伝えるように。

 だが、それだけでは終わらない。

 コノメは自身の願望も込めて、決断する。


「ですので、一つ決めました」

「ん?」

「これからはアスラ・ヴァルティオを、“厳重監視対象”に指定します」

「ふぁ!?」


 それにはアスラがぎょっとした。


(なんじゃそりゃ!? ていうか、コノメに監視なんかされたら……!)


 コノメの有能さは誰より知っている。

 アスラ視点では、かつてない正体バレの危機だ。

 焦ったアスラは、何とか穏便(おんびん)に済ませようとする。


「そ、それはどうかなあ? 彼も嫌がったりしないかなー、なんて」

「いえ、先程の魔法もそうですし、使者として必要だと考えました」


 だが、コノメはスタンスを変えない。


「それとも、彼に何か特別なお気持ちでも?」

「……いーや、別にぃ?」

「でしたら問題ありませんね」

「ぐぬぅ」

「ふふっ」


 コノメは口元を隠すように笑う。

 ここ数日で、ずいぶん表情が柔らかくなった。

 アスラは少し首を傾げる。


(本当にバレてないんだよな?)


 疑問は残るが、今は嬉しさが勝った。

 コノメはこれから、自分の楽しみを少しずつ見つけていけるはずだ。

 そう確信できる笑顔だったから。


 対して、コノメも改めて決意する。


(これからも、ご一緒させていただきます。賢者様──いえ、アスラ様)


 心の中でそう告げると、深くお礼をした。


「では任がありますので、失礼いたします」

「お、おう……」


 去って行く足取りも、不思議といつもより軽い。

 早く楽しい時間を迎えようと、仕事にも気合いが入っているのだ。

 そんなコノメの背中を見送りながら、アスラは目を細めていた。


「今、スキップしてた?」


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