第11話 冷静な男の、わずかな乱れ
帝都に、王国の使節団が到着した。
名目は「再交渉」。
だが誰もが知っている。
第一王子レオンハルトが、自ら来たという事実を。
大広間。
帝国側の席にカイゼルが座る。
その右隣に、セラフィーナ。
公然の位置。
扉が開く。
王子が入室する。
一瞬。
視線が、ぶつかる。
レオンハルトの目が揺れる。
「……久しいな、セラフィーナ」
その声音に、わずかな後悔が滲む。
セラフィーナは静かに一礼する。
「ご無沙汰しております、殿下」
形式通り。
温度はない。
だが。
王子の視線が、ほんの一瞬、彼女の隣へ向かう。
皇帝と、近い。
その距離に、言葉を失う。
「本日は交易の件で参った」
王子は平静を装う。
「王国と帝国は長き友好関係にある。誤解は解くべきだ」
“誤解”。
その単語に、カイゼルの指先がわずかに止まる。
「誤解か」
低い声。
「貴国が断罪した顧問は、現在、我が帝国の財政を支えている」
静かな事実。
王子の顎がわずかに強張る。
「彼女は……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「優秀な人材だ。王国も必要としている」
空気が変わる。
必要。
その言葉が、会議室に落ちる。
カイゼルの瞳が、氷のように冷える。
「必要?」
短い問い。
「ならば、なぜ捨てた」
沈黙。
王子は唇を結ぶ。
「誤った判断だった」
その告白は、思った以上に率直だった。
ざわめき。
セラフィーナの心が、ほんの僅かに揺れる。
かつての主。
初めての謝罪に近い言葉。
だが。
その瞬間。
カイゼルが立ち上がる。
ゆっくりと、セラフィーナの椅子の背に手を置く。
自然な仕草。
だが、明確な位置取り。
「彼女は帝国の顧問だ」
声は穏やか。
しかし一歩も引かない。
「貴国が必要とするか否かは、もはや無関係」
王子の目に、焦りが滲む。
「私は彼女と直接話がしたい」
空気が張り詰める。
セラフィーナが息を吸う。
そのとき。
カイゼルの手が、わずかに彼女の肩へ触れる。
一瞬。
しかし、はっきりと。
「必要はない」
低い声。
「彼女の時間は、帝国のものだ」
“帝国のもの”。
公然の宣言。
それは所有ではない。
だが。
明確な線引き。
王子の拳が震える。
「……彼女は、私の」
言いかけた言葉は、続かなかった。
婚約は破棄した。
断罪した。
切り捨てた。
その事実が、喉を塞ぐ。
カイゼルは視線を逸らさない。
「取り戻せると思っているのか」
静かな一言。
それは挑発ではない。
確認。
王子の顔色が変わる。
セラフィーナの胸が、わずかに高鳴る。
嫉妬。
それは明確だった。
理で動く皇帝が、
初めて感情を前に出している。
会議は続く。
だが。
空気はもう、外交ではない。
男と男の、静かな火花。
そして。
セラフィーナは気づいてしまう。
自分の心が、
その嫉妬に、ほんの少しだけ
嬉しさを覚えていることに。




