第74話:帰還の鐘は、胃痛の合図
数ヶ月ぶりにメルキアの土を踏んだアレイン一行を包み込んだのは、平和ボケしたいつもの喧騒だった。
門をくぐった途端、生存確認と言わんばかりに住人たちがワラワラと集まってくる。
「おい見ろよ! 死んだと思って葬式の準備してたアレインとカイトが帰ってきたぞ!」
野次馬の一人が縁起でもない声を張り上げれば、鼻を垂らした子供がそれに続く。
「アレイン! どこ行ってたんだよ、新しいエロ本でも探しに行ってたのか?」
馬車を引きながら、げっそりとした顔を見せるヴェルナが重々しい念話を飛ばした。
『……相変わらず、賑やかな街ね。馬車を引くこっちの身にもなってほしいものだわ』
「うむ。騒がしいが、この空気こそがメルキアじゃと実感するのじゃ」
アレインの頭の上で、ブルーナがエラそうにふんぞり返る。
それを見たカイトが、なだめるように苦笑いを浮かべた。
「二人とも! 街の皆も心配してくれてたんだから、そんな言い方しちゃ駄目だよ。ほら、ちゃんと愛想よくしてよ」
『別に騒がしいと言っただけで、嫌だとは言ってないのだけれど? 勘違いしないでちょうだい』
「そうじゃそうじゃ! この騒がしさこそがメルキアの華じゃと、ワシなりの語彙力で褒めておるのじゃ!」
「おいお前ら、道端で漫才やってる暇はねーんだよ。さっさと馬車返してギルド行くぞ」
アレインが吐き捨てるように言い、一行は騒がしい表通りを抜けて冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けた瞬間、熱気と酒の匂いが一行を迎える。
「おおお!! アレインにカイトじゃねーか! お前ら、どっかの溝にハマって野垂れ死んだかと思ったぞ!」
真っ昼間から出来上がっているベテラン冒険者・ビフが、ジョッキを片手に絡んできた。
そこに、「あのあのあの!!」と激しく足音を立ててミィが駆け寄ってくる。
「アレインさん達がいなくて、私、夜も眠れなくて……あ、昼寝はしましたけど、とにかく寂しかったです!!」
「あらあら、うふふ。年上のお姉さんをこんなに心配させるなんて、アレインちゃんも中々罪作りな男ねぇ、うふふ」
ミィの後ろから、姉のベアトリスが艶然とした笑みを浮かべて現れる。
「……わりぃわりぃ、ちょっとした大人の事情でな。ほら、道空けてくれ、報告が先だ」
アレインは彼女たちをいなし、受付へと進んだ。そこには、エレーナが待機していた。
微笑んではいるが、その目は一切笑っていない。
「……アレインさん。街を出るなら出るで、報告書を提出して、私の承認印をもらってからにするのがギルドのルールだと教えましたよね」
「そ、そんな怒るなよ……ちょっと野暮用でガザの方までな……」
「『ちょっと』で済むわけないですよ! 自由な冒険者にも守るべきルールという名の檻はあるんです! おかげで、アレインさんを指名してくる獣人の皆さんや商人、さらには貴族様から『アレインはどこだ!』『アレインを出せ!』と苦情が殺到して、大変だったんですからね・・・」
その横でビフが「安心しろ! お前の穴埋めは俺たちがガッツリやっといたからよぉー!」と声を張り上げ、ミィも「久しぶりに子供たちの遊び相手ができて、私、楽しかったです!」とはしゃいでいる。
ベアトリスが「あの子たちの年代って、素直で可愛いわよねぇ。……将来が楽しみだわ、うふふ」と微笑む中、カイトが申し訳なさそうに肩を落とした。
「あはは……。皆にかなりの迷惑をかけちゃったみたいだね……」
「……みてーだな。しゃあねえ、今日の酒代は全部俺が持つ! ビフさんも皆も、胃袋が破れるまで好きなだけ飲み食いしてくれ!」
アレインがそう叫んだ瞬間、酒場は今日一番の歓喜に包まれた。
「あら、いいのぉ? うふふ、遠慮なく高いワイン開けちゃうわよ」
「聞いたかお前ら! 今日は太っ腹な後輩・アレイン様の奢りだぁぁ! 樽ごと持ってこい!!」
「よっしゃあ! 肝臓が壊れるまで飲むぞ!」
「おいおい、ガキの金に集るなよ情けねえ……。おい、一番高い肉持ってこい!」
「いいじゃねえか、アレインも今やA級冒険者なんだからよぉ!」
「そうだった、忘れてたぜ! 成功者の金で飲む酒は格別だな!」
ベアトリスが高いワインを注文し、ビフが樽を持ってこいと騒ぎ立てる中、アレインはエレーナに泣きついた。
「……エレーナ、っつーわけで、奢り代でチャラにしてくれ。頼むわ」
「はぁ……。アレインさんも、もう『A級冒険者』なんですから。自分の行動一つが、どれだけの人間に迷惑が及ぶか責任を持ってくださいね? あなたがガザへ移動して、しかもB級パーティーに入ったせいで……ガザのギルド長からは『アレイン君はうちを気に入ったようだねぇ』なんて嫌味を言われて、ガルムギルド長は顔を真っ青にして胃薬を常用する羽目になったんですからね……」
「やっぱりA級冒険者って、ただ強いだけじゃダメなんだね……」
カイトが感心したように呟くが、エレーナは
「当たり前です。実績と信用、そして『ギルドの顔』としての義務……。まぁ、幸いなことに、アレインさんの人柄のおかげか、依頼主の方々も『彼。の友人なら』と我慢してくれたので、査定には響きませんでしたけど・・・」
と即答し、『ギルドの顔』としての義務を説いた。
「チッ、めんどくせえなぁ……。マイナス査定でB級に格下げしてくれて一向に構わねえんだが……」
「無理ですね。アレインさん指定の『この依頼』が来ている限り、ギルド側が勝手にあなたのランクを下げることは、依頼主の格を下げることに直結しますから。……はい、これ」
エレーナから渡された異様に高級感の漂う依頼書を受け取り、内容を確認したアレインの顔から血の気が引いた。
「どうしたの? ……うわ、何これ」
カイトが覗き込んだそこには、公爵家の紋章が刻印されていた。
【依頼書:其の一】
『やあアレイン君。最近、顔を見せてくれないけれど元気かな? 定期的に我が家に遊びに来てくれるという「依頼」、忘れてないよね? 君も忙しいとは思うが、君の元気な顔を見せに来てくれるのを、首を長くして楽しみにしているよ。』
署名:エドワード・フォン・ザイン
「公爵様からの直接指名なんて、すごいね……!」
「……ああ、公爵様はまだいい。話が通じる大人だからな。問題は……こっちの『追伸』だ」
アレインが突き出した付箋状のなぐり書きを見て、カイトも絶句する。
【依頼書:其の二】
『アレイン!! 至急、早く来なさい!! ブルーナとヴェルナと遊びたいの! 今すぐ来ないなら、私がメルキアに乗り込むから。覚悟しなさい。』
署名:リリアン
「……なにこれ、脅迫状?」
「公爵家のワガママお嬢様だよ……。どうやら俺たちが消えてた数ヶ月で、我慢の限界を突破したらしいな……。軍隊が来るよりタチが悪ぃ。さっさとこの依頼を消しに行かねーと、メルキアがお祭りになるぞ……」
げんなりと肩を落とすアレインの背後に、後光が差すような笑顔のエレーナが立った。
「……というわけですので、アレインさん。『受理』でよろしいですね?」
「……ハイ、ヨロコンデ……」
エレーナの美しい微笑みが事実上の「強制受理」を確定させ、メルキアの騒がしい一日は幕を閉じた。
アレインは、内心で毒づく。
「……これ、ガザにいた方がまだ平和だったんじゃねーかな?」
内なるアレインが囁く。
『……まぁ、お前が撒いた種だ。せいぜいお嬢にに振り回されてこいよ、もう一人の俺』
管理者との勝負にかまけて放置したツケは、まだ始まったばかりであることに、アレインはこの時まだ気づいていなかった。




