第66話:新緑の狂騒曲と、空飛ぶ災難
グランド・レックスがもたらした未曾有の災害から数日。ガザの街は、恐怖のどん底から一転して、熱に浮かされたような「復興特需」の渦中にあった。
街が壊滅を免れた安堵感に加え、あの巨体から得られた希少素材の売却益が、莫大な報奨金となって冒険者たちの懐を潤した。
金があれば人は使い、使えば経済が回る。
復興作業に携わる労働者や、一攫千金を狙う商人も大陸中から集まり、街はかつてない活気に包まれていた。
さらに、職人たちの間ではある「伝説」が現実味を帯びて語られていた。
希少鉱物を用いた『鉄の絆』と『銀の翼』への特注装備の製作。
そして何より、街を救った英雄『竜騎士ヴェルナス』のオリハルコン像の建立計画だ。
「あの伝説のオリハルコンを叩けるだと!?」
「竜騎士の姿をこの手で刻めるなら、金はいらねえ!」
腕に覚えのある職人たちは、種族の垣根を越えてガザへ集結した。
特に、金属加工に並々ならぬ執着を持つドワーフ族が、鼻息を荒くして工房の火を焚きつけている。
今のガザは、復興というよりは、新しい「工芸と祝祭の都」へと進化しようとしているかのようだった。
街の喧騒から少し離れた街道。
そこでは、新緑に変わりつつある平原を切り開き、農地へと転用するための整備作業が進んでいた。
「ふう……。自業自得とはいえ、この泥臭い肉体労働は身にこたえるな……」
大剣を振るうのとは勝手が違うツルハシを置き、カトリーヌが額の汗を拭った。
彼女たち『銀の翼』と『鉄の絆』の面々は、騒動への反省も込めて、ボランティアとして作業に参加していた。
「見てよカトリーヌ、手がこんなに荒れちゃった。これじゃ女の子の肌じゃないよぉ、もう最悪……」
シェリーが泥だらけの手をかざして、情けない声を上げる。
そんな中、大岩の運搬を終えたバッシュが、ふと辺りを見回して首を傾げた。
「……そういえば、フェリスの姿が見えないが。あいつは何をしているんだ?」
「んっ、そういえばいない。どこでサボってるんだ?」
カトリーヌが腰に手を当てて探そうとすると、少し離れた休憩所で、ひときわ大きな男たちの歓声が上がっているのが見えた。
「あそこにいるよ」
シェリーが呆れたように指さした先には――泥一つついていない、完璧な装いのフェリスがいた。
「労働者の皆様ぁ~! いつもご苦労様ですぅ。冷たいお飲み物とお菓子、お持ちしましたわ♡」
満面の笑みを振りまき、男たちに果実水を配り歩くフェリス。
「フェ、フェリスちゃん……! なんて優しいんだ!」
「女神だ、女神がここにいるぞぉぉ!」
労働者たちは鼻の下を伸ばし、彼女が差し出すコップを聖遺物でも扱うかのように受け取る。
「皆様が休憩している間、今度は私がツルハシを握って頑張りますわ!」
フェリスがこれ見よがしに道具を手に取ろうとすると、屈強な男たちが血相を変えて彼女を止めた。
「フェリスちゃんにそんな泥臭い真似させられるかよ! 後のことは俺たちに任せろ!」
「そうだ! フェリスちゃんはそこでニコニコ笑ってるだけでいいんだ! それだけで俺たちのやる気が、限界を超えて上がるんだぜぇぇ!!」
「力仕事は俺たちの名誉だ、フェリスちゃん!」
「あら、いいんですのぉ? では皆様、また休憩時間に美味しいお菓子を用意いたしますわね♡」
「うおおおおお! やるぞ野郎ども! 昼までにこの区画を終わらせるんだぁぁ!」
野獣のような咆哮を上げ、狂ったような速度で作業に戻っていく男たち。
その様子を、バッシュたちは完全に「零度」の目で見守っていた。
視線に気づいたフェリスが、ツカツカと歩み寄ってくる。
「何よその目……。なんか文句あんの?」
「……いや、別に何にも」
バッシュが視線を逸らし、カトリーヌが深いため息をついた。
「はあ……。フェリス、お前は本当に変わらんな。ある意味、尊敬するぞ」
「これがフェリスのいいところ、なのかなぁ?」
シェリーが困ったように笑う中、ガザルが不満げに鼻を鳴らした。
「なあ、あれいいのかよ。全然反省の色が見えねーぞ、あのアマ。調子に乗りすぎじゃねえか?」
隣のロルフに小声で毒づくが、ロルフは苦笑いを返すしかない。
「ハハハ……。まあ、現場の士気は異常に上がってるし、適材適所……ってことでいいんじゃないかな?」
「そうね。フェリスさんのおかげで男たちの能率が200%増しだし。結果オーライってことで!」
エルザが無理やりポジティブに解釈しようと努めると、フェリスは我が意を得たりとばかりに胸を張った。
「そうよ! 私は汗を流さなくても、男たちをやる気にさせて復興を促す、いわば『歩くブースト魔法』なのよ! 感謝しなさいよね!」
一同が呆れ返っていると、街道の先から荷台を引いた一頭の馬と一人の少年がやってきた。
「みんなお疲れ様! 水分補給に果実水、たくさん買ってきたよ!」
カイトが明るい声を上げ、その隣でヴェルナが涼しげな顔で荷台を引いている。
「おお、ありがてえ! ちょうど喉がカラカラだったんだ!」
ガザルが一番に果実水の樽へ飛びつく。
「もうガザル! カイト君にお礼を言ってからでしょ!」
エルザがそれを窘め、ロルフが「カイト君、ありがとう。助かるよ」と礼を述べた。
果実水で喉を潤しながら、フェリスがふと辺りを見回し、不機嫌そうに口を尖らせた。
「……ちょっと。アレインの姿がないじゃない。あいつ、どこでサボってるの?」
「サボるも何も、これは強制じゃないボランティアだ。自由だろう?」
バッシュの淡々とした返答に、フェリスはさらにヒートアップする。
「私だけこうして現場(の男たち)の相手をして苦労してるのに、あいつだけ楽してるなんて許せないじゃない! せっかく私が……その、やる気を出させてあげようと思ってたのに!」
「……フェリス。お前、ただアレインと一緒にいたいだけなんじゃないのか?」
バッシュの不用意な一言に、フェリスの顔が瞬時に沸騰した。
「な……な、ななな何を寝言言ってんのよ、この朴念仁!! ただあいつがサボってるのが腹立たしいだけで、一緒にいたいとか、そんな恋愛感情なんて一ミリも出てないから! すぐそういう安易な関係に繋げるの、やめてくれる!?」
顔を真っ赤にして、マシンガンのように早口でまくし立てるフェリス。
「お、おう……悪かった」
あまりの剣幕に、バッシュはたじろいで引き下がる。
その後ろで、カトリーヌとシェリーがニヤニヤと視線を交わしていた。
「ふむ。フェリスもあいつと出会って随分と『乙女』になったな。前の毒気が抜けて、今のほうが私は好きだぞ」
「わかる~! 恋する乙女って感じで、見てるこっちが照れちゃうよね」
「そうね、前は少し怖い人だと思ってたけど、今の彼女なら本当にお友達になれそうだわ」
エルザまでがニコニコと笑い、フェリスは「あんたたち何言ってんのよぉぉ!」と否定して回るが、その声に力はなかった。
バッシュはそっとヴェルナに近づき、耳元で尋ねた。
「アレインは何をしているんだ?」
『アレインなら律儀に「約束」を果たしに行ってるわよ』
ヴェルナがそっけなく、しかしどこか不満げな鼻鳴らしを添えて答えた。
「約束?」
『あの茹でタコ女がしでかした不祥事の尻拭いよ。ポルンと今ごろあのトカゲと一緒に、空の上でピクニックでもしてるんじゃないかしら』
バッシュは、ドラン親子の誘拐の件を思い出した。
アレインがフェリスたちの罪を許す代わりに、子供の願いを聞いてやる約束をしていたはずだ。
「……ああ、そうか。ドラン親子の件か。だからブルーナもいないのか」
『ええ。……あのトカゲと空を飛ぶより、私と風のように走ったほうが、絶対楽しいと思うのだけれど?』
ヴェルナの言葉に、バッシュは微かな嫉妬の色を感じ取り、苦笑した。
「……もしかしてヴェルナ。ブルーナのほうが子供に人気があることに嫉妬しているのか?」
『……野暮な男は、嫌われると思うのだけれど?』
鋭い一瞥と共に冷たくあしらわれ、バッシュは「女心は……やはり難解だな」と、深い溜息を漏らすのであった。
一方、ガザの街から遥か離れた、深い森の上空。
「わあぁぁぁーっ! すごーい! お家があんなにちっちゃい! 街が模型みたいだよ! ブルーナ、かっこいいーっ!」
碧い竜、ブルーナの背中で、ポルンが歓喜の声を上げていた。
「どうだポルン、罪滅ぼしの空の旅はよぉ?」
背中でポルンの体をしっかりと支えながら、アレインが尋ねる。
「最高だよ、お兄ちゃん! ブルーナも、乗せてくれてありがとう!」
「うむ、苦しゅうない! 妾も久しぶりに羽を伸ばせて、気分は最高なのじゃ! サービスでもっと回転してやろうか?」
上機嫌のブルーナが、調子に乗って翼を大きく羽ばたかせる。
「おいブルーナよぉ子供が乗ってんだぞ?安全運転……」
「いいよ! もっと速くして! いけえええええ!!」
子供の無邪気なリクエスト。
それがブルーナのサービス精神に火をつけた。
「お安い御用なのじゃ! 振り落とされるでないぞ、アレイン!」
「え、ちょ……ブルーナ? おま、おい、上昇角度がおかし――」
刹那、ブルーナが急加速し、一気に雲を突き抜けた。
「はーっはっは! 風が心地よいわ!」
「わーい! もっともっとーっ!」
「ちょっ……待て! 俺の手が滑……! ちょっ、ブルーナ!! おま、これ、逆さ……逆さになってるぅぅぅぅ!! ポルンを離すなよ!? 俺はいい、俺はいいからポルンを――いや俺も嫌だぁぁぁ!! ストォォォップ!! ストォォォップ!!」
新緑の平原へと変わりゆくガザの広大な空に、アレインの情けない悲鳴だけが虚しく響き渡る。
空飛ぶ災難と、地上での恋の騒動。
戦後のガザを包む賑やかな空気は、新たなる嵐の予感を孕みつつも、この日を平和に締めくくるのであった。




