第63話:不純物の来訪と、盾の再起
酔いを醒まそうと夜風に当たっていたアレインたちの前に、空間を歪めて「それ」は現れた。
『――フフフ。ようやく、役者はそろったね』
軽薄で、鼓膜を逆撫でするような声。
フワリと降り立ったのは、不定形の影だった。
ある時は優男、ある時は老婆、ある時は無邪気な子供――声も姿も一秒ごとに変異し続けるその存在は、この世の物理法則を無視した「不快感」そのものだった。
「なんだよ……めでたい席に汚ねぇ顔出すんじゃねえよ」
アレインが心底嫌そうに唾を吐く。
カイトも顔を顰めて後退りした。
「うわぁ……。アレインにはいつもこんな風に見えてたんだ。正直、キモいね」
『そうね。存在そのものがこの世の不純物……。視界に入るだけで寿命が削られる感覚。反吐が出るわね』
ヴェルナが低い唸り声を上げ、ブルーナは鼻を摘んで露骨に顔を歪めた。
「相も変わらず、腐ったヘドロを煮詰め直したような醜悪な臭いじゃ。鼻が曲がるどころか、魂まで汚れちまいそうじゃわい。おえぇ……」
「ハハハ! 言うねぇ、君たち。これでも一応、繊細なガラスのハートの持ち主なんだよ? あんまり酷いと、こっちだって傷ついちゃうんだけどなぁ」
管理者は道化のように肩をすくめる。
「……どの口が抜かしてやがる。そのガラスのハートってやつは、人の生き血でコーティングでもしてんのかよ」
「ハハハ、ご名答」
そのやり取りを、バッシュはただ呆然と見つめていた。
「……セ、セレスティア様……!? なぜ、貴方がここに……っ!」
「ああ、懐かしい反応。僕も最初はこんなんだったよね」
カイトが感慨深げに言うのを、アレインは溜息で受け流した。
「アレイン、どういうことなんだ、これは……」
「ハハハ!」
バッシュの問いを遮るように、管理者が指をパチンと鳴らす。
「――っ!?」
刹那、バッシュが鼻血を垂らしてその場に膝を突いた。
「バッシュ! おい、どうした!」
「バッシュさん!」
アレインとカイトが慌てて支える。
バッシュは頭を抱え、苦悶の表情を浮かべた。
「あ……ああ……大丈夫だ……。ただ、頭の中に、覚えのない『濁流』が流れ込んできて……」
「てめぇ……今、何しやがった……!」
アレインの怒気に、管理者は悪びれもせず笑った。
「何って、サービスだよ。一から十まで説明してやるなんて、テンポが悪いだろう? だから、脳に直接今までの経緯をブチ込んでやったのさ。時短だよ、時短。ハハハ!」
「時短だぁ……? 舐め腐ったこと言ってんじゃねえぞ。容量オーバーでバグったらどう落とし前つける気だ!」
バッシュは荒い息を吐きながら、ようやく立ち上がった。
管理者の記憶流し込みにより、彼はすべてを理解した。
自分に甘言を弄した「神」の正体を、そしてアレインが戦っている理不尽なゲームの内容を。
「アレインがあんたと勝負をしてることはわかった。……だが、なぜ俺を主人公に選んだんだ」
「だって君が望んだんじゃないか。力が欲しい、特別になりたいって。だからお望み通りの力を与えた。僕って優しい神様だろう?」
「なっ……」
図星を突かれ、バッシュが絶句する。
「優しいだぁ? 人様の人生好き勝手弄びやがって、神様気取りかよ、ああん?」
「ハハハ、神様のような存在だからね。気取ってはいないさ」
「揚げ足取ってんじゃねえよクソが!」
吠えるアレインを、バッシュが手で制した。
「アレイン……。確かに俺が望んだことだ。その力の使い方を誤ったのも、俺だ」
「ハハハ、バッシュ君は潔いねぇ。なら、ペナルティは優しくしてあげよう」
再び管理者が指を鳴らす。
バッシュの身体に激しい衝撃が走り、鎧の隙間から魔力が霧散していく。
「な……何をした……」
「ハハハ、アレインの鑑定スキルでも使ってもらえばいいんじゃないかい?」
「アレイン……」
「いいのか? ショックがでかいかもしんねーぞ?」
「頼む……」
アレインは頭を掻き、渋々スキルを起動した。
「……はぁ、しゃーねーな。鑑定」
【鑑定結果:バッシュ】
職業:タンク(盾役)
システムメッセージ: 主人公補正の消失に伴い、スキル構成が再定義されました。
削除済みスキル:
Full Counter: あらゆる物理・魔法・スキルを10倍の威力で反射する。(※削除)
保有スキル:
Magic Shield: 魔法攻撃を完全防御。
Attack Shield: 通常攻撃を完全防御。
Skill Shield: スキル攻撃を完全防御。
Cover Shield: 仲間の前に魔力の盾を展開し、守護・反射する。
※守護・反射効果は厳密に「他者」のみに使用可能。他者を利用して自分への展開を行うことは不可。
ステータス変換:
Full Counterの削除に伴い、余剰エネルギーを攻撃力へ変換。
攻撃力:10(固定)
※以後、どのようなバフや成長を経ても攻撃力は「10」から変動しない。
鑑定結果を告げられたバッシュは、静かに俯いた。
「ハハハ! バッシュ君が望む通り、大事なお友達を守れるように守備能力に全振りしてあげたよ。嬉しいかい?」
管理者はバッシュの絶望を期待して、嘲笑を浮かべる。
だが。
「……ああ、嬉しいね。最高だ」
バッシュの口元に、迷いのない笑みが浮かんだ。
「……何?」
「俺にはまだ、守る力がある。……自分を投げ打ってでも、仲間を、友を、最後に守る術が残されたんだからな」
その答えを聞き、アレインはニヤリと笑った。
「カイト、見ておけ。一皮剥けた男ってのは、こういうのを言うんだ。よく目に焼き付けとけ」
「……うん。バッシュさん、最高にかっこいいよ!」
「ハハハ……打ち切り寸前の主人公とは思えない、いい顔をするじゃないか。バッシュ君、主人公もう一度やらないかい?」
「断る。俺を真っ直ぐ立たせてくれた、友人の勝利を邪魔したくないんでな」
「そうかい? それは残念だ」
管理者はつまらなそうに首を振ると、アレインに向き直った。
「ハハハ、というわけで今回も君の勝ちだ。良かったね、アレイン」
「……なんでお前は負けてるのに嬉しそうなんだよ」
「だって僕の有利には変わらないからね。一敗すれば終わりの君とは、持ちチップの数が違うのさ」
「余裕ぶっこきやがって。ぜってー破産させてやんよ」
「ハハハ、ぜひ実現するように頑張ってくれたまえ……と言いたいところだけど。一旦、勝負はお預けだよ」
「はぁ!? なんでだよ」
アレインの追求に、管理者は肩をすくめる。
「いやぁ、君と遊びすぎて、他の銀河の管理者連中に『仕事しろ』って煩く言われてね。ハハハ!」
「へっ。出来損ないのお前と違って、向こうの連中は仕事熱心なことだな。……なぁ、下衆ガミさんよぉ」
「そうだねぇ。遊び心満載の僕と違って、効率重視の真面目君ばかりで困っちゃうよ。ハハハ!」
「はっ。仕事干されて、不戦勝で俺の勝ちってなってもいいんだぜ? どっかでデカいヘマでもかましやがれ」
「こんな楽しい『遊び』を、そんなつまらない幕切れで終わらせるわけないじゃないか。ハハハ!」
管理者の姿が、薄い光の中に溶け始める。
「僕はそろそろお暇させてもらおうかな。ではまた会おう……アディオス!」
不快な残響を残し、不純物はこの場から消え去った。




