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第56話:誇りの在り処と、消えたメモ

戦場へと逆行する『鉄の絆』の三人と、死地から逃れてきた『銀の翼』が街道ですれ違う。


足を止めたのは、逃走の先頭を切っていたフェリスだった。


「あんたたち、何やってんの? まさか、今さらバッシュの所に行く気じゃないでしょうね?」


「ああ。そのまさかだぜ」


ガザルが槍を肩に担ぎ、不敵に笑う。その瞳に迷いはない。


「仲間のピンチに、駆けつけないわけにはいかないからね」


ロルフの静かな言葉に、フェリスは心底呆れたように肩をすくめた。


「死にに行くだけじゃない。無駄よ。」


「そうね。……だから、何?」


エルザの冷徹な問い返しに、フェリスがたじろぐ。


「忠告してあげてるだけよ。無様に踏みつぶされるのがオチだって」


「なら、ほっといて。私たちは逃げて後悔するより、死んで後悔しない道を選んでるだけだから」


「……っ」


言葉に詰まるフェリスを余所に、ガザルが明るい声を出す。


「エルザよぉ、生きて帰ってアレインの財布を空っぽにするまで奢らせるって約束、したばっかだろ?」


「そうだよ。A級の財布を空にするなら、バッシュの底なしの胃袋も必要だしね」


「ええ……そうだったわ。私が間違ってた」


エルザはフェリスを真っ向から睨み据え、宣言した。


「フェリスさん。私たちは大事な仲間との『約束』があるの。だから、私たちは死なないし、後悔もしない!」


「それじゃ、バッシュが待ってるので失礼するよ」


「ロルフ、エルザ! 急げ、バッシュの野郎がベソかいてるかもしれねえぞ!」


三人は一度も振り返らず、絶望の渦中へと駆けていった。


「何よ……ばっかじゃないの……」


フェリスは吐き捨てるように呟き、再び避難先へと走り出した。


避難所に逃げ込んできた『銀の翼』を待っていたのは、壁に背を預けて退屈そうに空を眺めるアレインだった。


アレインはゆっくりと彼女たちに歩み寄る。


「よぉ。英雄になり損ねた気分はどうだ?」


「はぁ? 何言ってんのよあんた」


「いや。バッシュ様が倒してくださるわ~、なんて威勢よく啖呵切って出て行った割に、尻尾巻いて逃げ出してきたからよ。気になってな?」


フェリスの顔が屈辱に赤く染まる。


「何よ。逃げたことが卑怯だって言いたいわけ? 」


「いや? 俺も逃げっぱなしの人生だったからな。人のことは言えねえよ」


「じゃあ、何が言いたいのよ!」


アレインは一歩踏み込み、フェリスの瞳を至近距離で覗き込んだ。


「逃げるのは構わねえよ。でもよ、お前……そのちっぽけな『プライド』まで捨てたら、後には何も残らねえんじゃねえのか? 」


「…………っ!」


フェリスが絶句する。横からカトリーヌが「戯言を……」と毒づくが、アレインは冷めた目で肩をすくめた。


「ああ、気にすんな。ただの独り言だ。さっさと逃げろよ。命だけは助かるぜ。」


「出口はあっちだよ」


アレインの横で、カイトが淡々と出口を指差す。

その無機質な誘導が、逆にフェリスの焦燥を煽った。


「フェリス、そんな奴ほっといて行こうよ!」


「そうだ、行くぞ!」


仲間が急かす中、フェリスはその場に立ち止まったまま動かない。

拳を血が滲むほど握りしめ、やがて彼女は――踵を返した。


「……戻るわ」


「「えっ!?」」


「フェリス、正気か!?」


「正気よ! こんな男に煽られて、おめおめ逃げるなんて私のプライドが許さないわ!」


「考え直しなよフェリス!」


「あんたたちは逃げていいわよ! 私は一人で十分!」


制止を振り切り、フェリスは戦場へと駆走する。


すれ違いざま、アレインに嫌らしい笑みを向けた。


「あんた……女を死地に送り出しておいて、自分だけ逃げないわよね?」


「逃げるわけねえだろ。俺には、あのバカでかいバケモノを仕留める『策』があるんだよ。……俺の頭の中に、な」


アレインは自信満々に自分の頭をつついた。

それを見たフェリスは、鼻で笑いながら返す。


「フフフ、その小さなおつむで考えた無様な作戦……地獄で笑ってあげるわ」


「おお、調子が戻ってきたじゃねえか。フェリス、そっちの顔のほうがよっぽどいいぜ」


アレインがニヤリと笑う。


「うるさい!! ばか!!」


真っ赤な顔をして叫ぶと、フェリスは今度こそ迷いなく戦場へと飛び出していった。

アレインはその背中に向かって、楽しげに声を張り上げる。


「まあ期待して待ってろよ! 美味しいところは全部俺が貰ってやんよ!」


戦場へ向かって走りながら、フェリスが振り返らずに怒鳴り返す。


「ふん! 精々出遅れてピエロにならないことね!」


「仕方ないわね」とカトリーヌが後を追い、「はぁ、みんな勝手なんだから……」とシェリーも溜め息をついて続く。


だが、離脱しようとしていた巫女服と踊り子の女だけは動かなかった。


「馬鹿じゃないの……」


吐き捨てるような二人に対し、シェリーが氷のような視線を射抜く。


「あんたたちは逃げなよ。正直、バッシュを籠絡する以外役に立ってなかったしね」


怒り狂う二人が去っていくと、カイトが不安げに尋ねる。


「いいの?」


「なんだかんだ、付き合い長いからね。今さら見捨てるのも気分悪いもん」


シェリーもまた、戦場へと戻っていった。


「よし、次だな」


アレインは去っていく背中を見届け、カイトに向き直った。


「どうするのさ、アレイン」


「俺はちょっと野暮用がある。俺が行ったら、五分後にこのメモに書いてあることをやってくれ」


アレインは走り書きのメモをカイトに押し付けると、ブルーナとヴェルナを連れて、もぬけの殻となったガザの街へと向かった。


「いいか、メモは五分後まで開くなよ。サプライズはタイミングが命だからな」


「ちょっと待ってよ、アレイン!」


追いかけようとしたカイトだったが、運悪くそこへ巨大な人波が押し寄せた。

避難が最終段階に入り、最前列の市民たちがパニック混じりに雪崩れ込んできたのだ。


「はーい! 避難民の皆さん、こちらです! 止まらないでください!」


「ちょ、わわっ! 押さないで!」


兵士たちの誘導と、市民たちの濁流に飲み込まれるカイト。


もみくちゃにされ、ようやく人混みを抜け出した時――。


「……あ」


カイトの手の中にあったはずの、唯一の希望である「メモ」が、消えていた。

地面を見回すが、無数の足跡に踏み荒らされ、白い紙片などどこにも見当たらない。


「ど、どうしよう……。」


遠くで、グランド・レックスの咆哮が大地を揺らす。 作戦開始まで、あと五分。


カイトの顔から、急速に血の気が引いていった。

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