第48話:激甘な魔物使いの休日
高級酒場『豊穣の揺り籠』での豪勢な食事を終え、ガザの夜風に吹かれながら歩くアレインたち一行。
その姿を見つけるなり、周囲の冒険者たちが親しげに声をかけてくる。
「よお! 今回はトロルが出たんだって? 災難だったな!」
「まったく、最近のギルドは管理が甘すぎるわよ。事前調査はどうなってんのぼったくりじゃない」
「まあ何にせよ、無事に帰ってこれて良かったじゃないか!」
ガザの冒険者たちは、彼らの帰還を我がことのように喜んでいた。
「いや、新加入のアレイン達のおかげだよ。今回もおかげで生き残ることができた」
ロルフが謙遜して言うと、アレインは照れ隠しに肩をすくめた。
「何言ってんだ。俺たち全員で戦ったからに決まってんだろ」
「そうだぜロルフ! 俺の槍捌きでトロルがビビり散らかしてんの見たろ?」
ガザルが鼻を高くして言うと、横からエルザが鋭いツッコミを入れる。
「ちょっとガザル、盛らないでよ。今日のヒーローは間違いなくカイト君の魔法でしょ」
「僕の魔法が決まったのも、ガザルさんが前で踏ん張ってくれたからですよ」
カイトがニコニコと煽てると、ガザルはさらに上機嫌になった。
「カイトは分かってんな! さすが俺の弟分だ!」
ガザルがカイトの肩をがっしりと抱き寄せると、エルザが呆れたように溜息をつく。
「カイト君、お世辞はほどほどにね。このバカが調子に乗るから」
「なんだとぉ!?」
その騒がしい光景に、周囲の冒険者たちからも温かい笑いが漏れた。
『鉄の絆』の評判は、今や「バッシュを追放した無能な集まり」から、ガザでも一、二を争う勢いのあるパーティーへと塗り替えられていた。
ロルフたちと別れ、アレインたちが泊まっている宿の一室。
「『鉄の絆』の評判も上々。この調子ならなかなか潰れそうにないし、バッシュの思い描く『物語』は足踏み状態だね」
カイトがこれまでの成果を振り返る。
「ついでに俺の剣と槍の修行にもなるし、カイトの魔法も日に日にキレが増してる。一石三鳥ってところか」
「カカッ! 下衆ガミの奴、今頃つまらんとぼやいておるじゃろな」
ブルーナが愉快そうに笑うと、窓の隙間からヴェルナがするりと部屋へ顔を覗かせた。
『焦ってあの盾の男の雌共が、強硬手段でも取ってくれたら早くて楽なのだけれど』
「あの女狐どもはそう簡単にボロは出さんじゃろ」
「そうだね。コソコソ嫌がらせするだけで、姿は絶対出さないもんね」
カイトの言葉に、アレインは不敵に笑った。
「まあいいさ。何が来ても、俺たちとあいつらでなら返り討ちにしてやろうぜ」
皆が笑う中、アレインの心の隅には一人の男の姿があった。
自分と同じ境遇――「主人公」という呪いに縛られたバッシュ。
できれば彼をまたこの賑やかな『鉄の絆』に戻してやりたい。
その微かな憂いを感じ取ったのか、カイトが問いかける。
「アレイン。……もしかしてバッシュのことも、僕みたいに救いたいと思ってる?」
カイトの直球な問いに、アレインは少し狼狽えて視線を逸らした。
「……てめーを救えるのはてめーだけだってのが俺の持論だ。だが、あいつに手を貸してやりたいとは思ってる」
「……アレインは本当に甘いよね」
「そうか?」 アレインが意外そうに聞き返すと、カイトは確信を持って頷いた。
「だって下衆ガミと魂を賭けた勝負をしてるのに、敵の僕を叩き潰すどころか、引っ張り上げてくれたじゃないか」
「うむ。あの時、手負いの妾も殺さずに仲魔にしたお主は甘いのじゃ」
『そうね。私も助けられたから分かるわ。あなたは激甘よ』
(言われっぱなしだな、もう一人の俺)
(……甘いか。そんなつもりはなかったんだけどな)
心の中の相棒と苦笑いしていると、
『だが』 ブルーナがアレインの頬を羽で優しく撫でた。
「そんな甘いお主だから放っておけないんじゃ」
『そうね。危なっかしくてしょうがないもの』
「だから、みんな着いてくるんだね」
カイトがまた笑い、アレインは顔を赤くして「寝るぞ」と背を向けた。
翌日から、『鉄の絆』は一週間の長期休暇に入った。
働き詰めだった疲労を抜き、装備を新調するための骨休めだ。
アレインとカイトは、馴染みの武具屋『鋼の牙亭』へと足を運んだ。
だが、店に入るなりアレインは違和感を覚えた。
いつもなら「これなんかどうだ!?」と、アレインが一生使わないような重厚な盾をしつこく勧めてくる店主のドランが、今日はやけに大人しい。
「おいドラン、どうした。辛気くせえツラして、とうとう店が潰れそうか?」
冗談を飛ばしたが、ドランは「……ああ」と心ここにあらずな返事をするだけで、震える手で一通の手紙を読み耽っている。
「どうしたんだろうね」
「さあな。……おいドラン、息子のポルンはどうした。今日は休みか?」
「……ああ」
「全く聞いてないね……」
アレインはドランの手元から、ヒョイと手紙を掠め取った。
「あ、返せ!」
ドランが慌てて手を伸ばすが、アレインは手紙を高く掲げて内容に目を通す。
「えーなになに……『息子を無事返して欲しければ、1週間後の明朝に地図の場所に一人で来い。さもなくば息子の命は無い』。へえ、えーと場所は……」
アレインは地図をカイトに見せた。
「ああ、ここか。古い神社……祠があるところだよ」
「あの祠か。ガザからならそんなに遠くもねえな」
「返せと言ってるだろ!」
ドランが奪い返すように手紙を取り返し、形相を変えて二人を睨みつけた。
「いいか、このことは他言無用だ。……もう店仕舞いだ、さっさと出てけ!」
力ずくで追い出された二人の前で、ブルーナが翼を竦めた。
「なんじゃ、とりつく島もないのう」 頭上のブルーナが呆れたように言う。
「どうする、アレイン?」
カイトの問いに、アレインは空を見上げて口角を上げた。
「どうせ一週間暇なんだ。いっちょ噛ませてもらおうぜ」
「またそんな嘯いちゃって。本当は助けたいんでしょ?」
「違う。暇潰しだ」
「でもいいの? 手紙には『一人で来い』って書いてあったけど」
「ああ。ドランは一人で行くだろうよ。俺たちはたまたま、偶然そこを通りすがっただけだ。文句を言われる筋合いはねえ」
その言い訳に、ブルーナがくすくすと笑う。
「お主は言い訳だけは頭が回るのう」
ヴェルナも「やれやれ」と囁く。
『なら、たまたまついでに誘拐犯を踏み潰してしまっても、問題はないわね?』
「そうだね。親子がたまたま助かっても、それは偶然だもんね」
一週間後。アレインたちは、一人で祠へと向かうドランの背後を、静かに尾行することにした。




