第49話:ポルン奪還作戦、開始
「ちょっと、ブルーナがなかなか起きないから遅れちゃったじゃないか!」
ガザの喧騒を遠くに聞きながら、カイトの焦燥が混じった声が山道に響いた。
アレインの頭の上では、当の本人が呑気に大きなあくびを一つ。
小さな前足で眠たげに目をこすり、翼をパタつかせている。
「ふぁ……妾は朝は弱いんじゃと言っておろう。龍の深い眠りを妨げるでない……」
「寝言は寝て言え。ドランの奴、もう出ちまってるぞ」
アレインは焦るカイトを横目に、隣を悠々と歩く漆黒の愛馬に視線を送った。
「ヴェルナ、悪いが俺とカイトを乗せて一気に山頂の祠まで頼めるか?」
ヴェルナは、艶やかな毛並みを震わせてフンと鼻を鳴らした。
『仕方ないわね。特別にカイトも乗せてあげるわ。……飛ばすわよ、舌を噛まないようにね』
「おう!」 「え、ちょっと、僕心の準備が――」
カイトの返事を待つほど、ヴェルナの脚は甘くない。
彼女が力強く地を蹴った瞬間、景色が爆発するように後ろへと流れていった。
凄まじい風圧に、カイトの悲鳴が置き去りにされていく。
ガザの街から数里離れた山奥。
そこには、鬱蒼とした木々に囲まれ、まるで世界から忘れられたかのようにひっそりと佇む祠があった。
その祠を囲むように立っていたのは、フェリスを筆頭とした『白銀の翼』のハーレムメンバー数人だ。
彼女たちの目の前には、古びた石碑が鎮座している。
苔むした表面には、かつてこの地を治めていた者たちが刻んだであろう、重々しい警告の文字が並んでいた。
謹んで鎮め奉る。
此の地に、山嶺の如き鉄甲を纏いし大禍津神を封ず。
古より伝わる絶対の拒絶を以て、永久に此の地を鎮護せん。
不心得者、此の眠りを妨げること勿れ。
此の神殻、いかなる外敵も寄せ付けぬ鉄壁なり。
万象の干渉を撥ね退け、災厄を跳ね返す神威を宿せり。
畏れ敬い、永久に鎮まり給え。
「随分と大層なことが書かれてるけど、何が出て来るか楽しみだわ」
フェリスが、赤い唇を歪めて嘲笑う。
「ヴァルドリアに本当にそんな凄い怪物が眠ってるのか? 私はガザに長くいるが、今まで一度も聞いたことがないぞ」
重厚な鎧に身を包んだ女騎士、カトリーヌが疑わしげに石碑を睨む。
「当たり前だろう……」
藪を分ける音と共に、一人の男が姿を現した。
武具屋の店主、ドランだ。その顔は蒼白で、額からは嫌な汗が流れている。
「やっと来たわね、ドラン」
フェリスが勝ち誇ったように言った。
カトリーヌが怪訝そうにドランへ問いかける。
「当たり前とはどういう意味かしら?」
「この祠が作られたのは……ガザがヴァルドリアに飲み込まれる戦国時代より、さらに前のことだ。」
「へえ、だから知ってる人間がいないってことね」
「そんなことはどうでもいい……それより息子は! ポルンは無事なのか!」
ドランの絶叫に応えるように、隠密のシェリーが、背後にあった麻袋から一人の少年を引きずり出した。
「お父さん!」 「ポルン!」
駆け寄ろうとする親子を、フェリスが杖で遮った。
「感動の再会は後よ。さっさと封印を解きなさい」
「本気か……!? 封印された神は千年前、とんでもない災厄をもたらした代物なんだぞ!」
ドランの警告を、フェリスは鼻で笑い飛ばした。
「その割にはもう忘れられて、あんたしか管理してないじゃない。大したことないわよ。私たちの英雄バッシュ様が軽く倒してくださるから、問題ないわ」
「うるさいわね。さっさとやりなさい。それとも、この子の指が一本ずつ減っていくのを見たいのかしら?」
シェリーがポルンの喉元にナイフを突きつけ、薄笑いを浮かべる。
ドランは絶望に顔を歪ませ、震える手で祠へと手を伸ばした。
その様子を、祠から少し離れた巨岩の陰で、アレインたちは伺っていた。
「ふう、祭りに間に合ったみてえだな」
アレインは腰の剣を軽く叩き、状況を把握する。
「うう……気持ち悪い……。ヴェルナ、速すぎだよ……」
カイトは地面に手をつき、今にも戻しそうな勢いで顔を青くしている。
その横には、珍しく人化したヴェルナが立っていた。
艶やかな黒髪に、滑らかな灰色の肌。
額には一本の角が毅然と生え、漆黒の瞳が冷ややかに戦場を見据えている。
(ヴェルナの元の姿の巨体だと、この山中では目立ちすぎる。敵に気づかれる前に人化したのは正解だったな)
「で? どうするの?」
ヴェルナがどこか気怠げに問いかける。
「ここからじゃ何話してるかよく聞こえないよ」
カイトがようやく息を整えて耳を澄ます。
「あれだろ。ラノベでありがちな『禁断の魔物の封印を解け、さもなくば人質の命はない』って感じじゃねえの?」
アレインが投げやりに言うと、カイトは苦笑いを浮かべた。
「うわぁ、ありそうすぎる」
その時、アレインの頭の上でブルーナが「うーむ」と小さく呻いた。
「どうした、ブルーナ。何か知ってるのか?」
「……妾が400歳ぐらいの幼少の頃に、ここで面倒な奴が暴れておったと聞いたような、聞いてないような……」
「どっちなのよ。言いたいことがあるならさっさと言ってほしいのだけれど?」
ヴェルナが刺々しく突っ込む。
ブルーナは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「もう1000年も前のことなので忘れたのじゃ! 古い龍の記憶をそう安易に呼び起こせると思うな!」
「はぁ、これだからお年寄りは物忘れがひどくてダメね。脳みそまで苔が生えてるんじゃない?」
「なんじゃと、この馬娘め!! 妾は1400歳じゃが、龍族の寿命で換算すればまだ14歳、 まだまだピチピチの盛りなんじゃ!」
「ならお子ちゃまね。私は180歳だけど、人間換算なら18歳。酸いも甘いも噛み分けた、大人の女よ」
ヴェルナが自慢げに豊かな胸を揺らす。
それを見たブルーナが「ぐぬぬ」と呻き、アレインの髪を激しくかき乱した。
「おい、こんな時に下らんことで争うな!」
「「くだらなくない!!」」
二人の声が重なった、その瞬間。
「……誰かいるの? 出てきなさい」
フェリスの鋭い声が、山間に響き渡った。
彼女の視線が、正確にアレインたちの隠れる岩を射抜く。
カイトが「あちゃー」と顔を覆い、アレインは溜息をついた。
「お呼びがかかっちゃしょうがねえ。……予定変更だ、正面から行くぞ」
アレインは瞬時に意識を切り替え、低い声で指示を飛ばす。
「いいか、俺とブルーナで正面から出て奴らの気を引く」
「……了解。僕は魔法でポルンを人質に取ってる人の腕を狙うよ」
「ヴェルナは・・・」
『裏から回って、あの子を奪還すればいいのね?』
「ああ、頼む。……よし、ポルン奪還作戦開始だ!」
「作戦開始じゃ! ピチピチの力を見せてやるわ!」
ブルーナが紫電を纏いながら叫ぶ。
アレインは岩陰から勢いよく飛び出し、フェリスたちの前に立ちはだかった。




