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第39話:土台作りと、語れない真実

地下訓練場の冷え切った空気の中に、ベアトが取り出した一つの水晶が淡い光を宿して鎮座していた。

表面は僅かに濁っているが、それがかえって内部に秘められた魔導の深淵を感じさせる。

ギルドから特別に借り受けてきたという「魔適計」だ。


「まずは、今の立ち位置を把握しましょう。これで魔法の適性と、おおまかな魔力量が測れるわ。カイトちゃんは全属性だから確認程度だけど、正確な魔力量を知ることは大事よ」


アレインの持つ『鑑定』スキルを使えば、数値としてのステータスは一目瞭然だ。しかし、それはアレインという個人の視界にのみ映る情報に過ぎない。


ベアトの狙いは、数値ではなく「現象」として視覚化させることで、カイト自身に魔法使いとしての自覚と、圧倒的なポテンシャルへの責任を持たせることにあった。


「いい、お手本を見せるわね」


ベアトが細い指先で水晶に触れる。

刹那、濁っていた水晶の内部が内側から弾けるように輝き、六色の鮮烈な光で満たされた。

赤、青、茶、緑……それぞれの光が意思を持つかのように渦を巻き、訓練場の壁を色鮮やかに染め上げる。


「色が属性の種類、そして光の強さがそのまま魔力量の指標になるわ。魔族としての私のはこんな感じね。……じゃあ、次はカイトちゃんの番よ」


促されたカイトは、唾を飲み込み、緊張した面持ちで一歩前へ出た。

震える手で水晶に触れた瞬間、訓練場全体の空気が震動した。


パァンッ、と乾いた音を立てて水晶から溢れ出したのは、先ほどのベアトの光を塗り替えるような、七色の極彩色。

プリズムのごとき輝きが四方八方に乱反射し、薄暗い地下空間を真昼のような眩しさで照らし出した。


「……あら、凄いわね」


ベアトの眼鏡の奥の瞳が驚愕に細められる。


「魔に近い存在である私たち魔族ならともかく、純粋な人間でここまで光るなんて。普通の魔法使いの十倍……いえ、魔力量に定評のある宮廷魔導師クラスと比べても五倍はあるわ。まさに磨けば世界を呑み込む原石ね、うふふ」


「凄いです、カイトさん! まるで宝石箱をひっくり返したみたい!」


助手役のミィが身を乗り出して喝采を送る。


『ふん、やるじゃない。器だけは一丁前ね』  

壁際にいたヴェルナも、念話を通じて素直な(彼女にしては珍しい)賞賛を送った。


「本当!? よし……よしっ!」  


カイトは自分の手を見つめ、力強く拳を握った。

自分が信じてきた力が、客観的な証明を得た瞬間だった。

しかし、ベアトはすぐにその喜びを引き締めるように声を張り上げた。


「喜ぶのはまだ早いわ。器が大きくても、中身を効率よく汲み出せなきゃただの置物よ。続いて、魔法の核心的な講義へと移るわ。いい? 魔法とは自分の魔力を練り、自らのイメージ通りに現象を固定する――いわば究極の芸術よ。例えば、これを見て」


ベアトが人差し指を標的へ向ける。

小さな魔力の集束と共に、ソフトボールほどの大きさの火球が放たれた。

それは真っ直ぐに飛び、的に当たると同時に「ボッ」と景気のいい音を立てて燃え上がる。  

次に彼女は、再び指先を掲げた。

今度は、マッチの火か、あるいはロウソクの灯火かと思うほど、頼りなく小さな火種を指先に浮かべた。


「これはどう見えるかしら?」


ベアトがその小さな灯火を、そっと押し出すように的に向けて放つ。

当たった瞬間――。  

ゴォォォッ!! という爆風と共に、凄まじい紅蓮の火柱が吹き荒れた。

先ほどの火球を遥かに凌駕する猛火が標的を包み込み、石造りの土台ごと、標的を一瞬で消し炭に変えてしまった。


「魔力の分配と密度の操作次第で、こんなに小さな火でも威力はここまで変わるのよ。無駄な放出を抑え、一点に全魔力を同期させる。これが本当の『魔導』よ」


「凄い……めちゃくちゃかっこいい!」  


カイトが目を輝かせる傍らで、アレインは

(今の、メラゾーマじゃない、メラだ……ってやつか。使い手次第で基本魔法が奥義になるわけだ)

と納得していた。


「自由に魔力を操るには、地味だけど『常に使い続ける』必要があるわ。呼吸をするように、絶え間なく体内の魔力を循環させる。身体強化を維持しつつ、その出力をミリ単位で抑えたり放出したりする制御の練習ね。身体強化をフルに展開したまま、生卵を潰さずに割れるようになれば完璧よ」


「……え、身体強化って全力で戦うためのもんじゃないの? 意外と地味だなぁ」


 思わず漏れたカイトのぼやきに、ベアトは教師としての厳格な眼差しを向けた。


「土台がしっかりすれば、カイトちゃんは歴史に残る魔法使いになれるわ。基礎を疎かにする者に、その先はないのよ?」


「――っ、わかった! やるよ、やってやる! 卵だろうが何だろうが、完璧に扱えるようになってやる!」  


ベアトの言葉に気圧されたのか、あるいは期待に応えたい一心か、カイトはすっかりその気になって魔力を練り始めた。


集中し始めたカイトの横顔を見て、アレインは静かに席を立った。


自分がここにいる必要はない。



「ベアト、カイトのことを頼む。……いろいろありがとな、世話になった」  


短く、しかし心からの礼を告げると、アレインは頭にブルーナを乗せ、ヴェルナを従えて訓練場を後にした。


地下から地上へと続く、長く薄暗い石造りの階段を上がりながら、アレインはふと、心に引っかかっていた疑問を口にした。


「なあ、ブルーナ。お前と最初に会った時、死にかけてただろ。魔王と互角にやり合ったお前をあそこまでの深手に追い込んだのは、一体誰なんだ?」


その問いに、ヴェルナも興味を惹かれたように歩みを止め、耳を傾ける。


「知りたいか?」  


ブルーナが意味深な沈黙を挟み、古龍の威厳を感じさせる低い声で問い返した。


「ああ、気になるな。よっぽどの強敵だったんだろ?」


『もったいぶらずに言いなさいよ。私たち、一応は生死を共にする運命共同体でしょ?』  


ヴェルナが追い打ちをかけるように促す。


「カカッ! 知りたいか……なら、いつか話すかもしれんのぉ! その時まで楽しみにしておくがいい!」  


不敵な笑いを残し、碧の古龍は訓練場の出口へと勢いよく飛び去っていった。


「おい、待てよ!」  


アレインの声を無視して消えたブルーナだったが、だが、その内心は冷や汗で溢れていた。


(絶対に言えん……! 腹いっぱい食べて気持ちよく昼寝してたら、寝ぼけて崖から転がり落ちて、爪楊枝代わりにしていたアダマンタイトの塊に腹を突き刺したなどと……! そんなマヌケすぎる理由で致命傷を負ったなどと知られたら、この先千年は笑い草じゃ! 妾の威厳のために、墓まで持っていくのじゃ!)


そんな、威厳を守るための必死な誓いなど露知らず。  


遥か高みの、次元の狭間とも言える歪んだ空間。

そこでは、一人の「影」が水晶の画面越しに彼らの姿を凝視していた。


あいも変わらず不定形な、人の形を模しただけの不気味なシルエット。

その顔と思わしき部分に亀裂のような口が走り、いやらしく歪む。


「くすくす……カイト君は相変わらず醜く足掻いているね。いいよ、実に素晴らしい。その積み上げた努力が、一瞬で絶望に塗り替えられる瞬間こそが、この世で最も美しい光景なんだから」


管理者は、玩具を弄ぶ子供のような無邪気さと、底冷えする残虐さを込めて、指をパチンと鳴らした。


「さて、そろそろ第二試合を始めようかな。初戦はアレインのホームだったし……次は、君たちにとっての『完全アウェイ』でやってもらおうか」

 

管理者の邪悪な微笑みが虚空に溶けて消えると同時に、アレインたちの運命を司る歯車が、重く、不吉な音を立てて回り始めた。

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