第128話:等価交換のルール違反と、佐藤零次の終わらない地獄
ゼロスが黒い沼に飲み込まれ、完全に消滅した。
すべてが静止した空間の中で、【管理者】は何事もなかったかのようにパンパンと手を払う。
「さてと。粗大ごみは綺麗に片付いたし、残りの後始末もササッと済ませちゃわなきゃねぇ」
「おいコラ下衆ガミ!!! てめぇ、骨野郎に何をしやがったんだよ!!」
停止しているセレンたちへ近づいていく管理者の背中に、アレインが怒声を浴びせた。
管理者は「心外だな」という風に大げさに首をすくめる。
「何って、君を見習ってさぁ? 溢れんばかりの温情と慈悲ってやつで、命を助けてあげたんだよ?」
「助けただぁ!? どこをどう見ても、真理の扉に引きずり込まれて『持って行かれたァァァ!!』って絶叫する某錬金術師の主人公そっくりだったじゃねえか!! 完全に人生の等価交換アウトなやつだろアレ!! 嘘つけよ!!」
「嘘じゃないさ。ちゃんと助かってるよ、……『命』だけはね? フフフ。さて、残りのゴミ分別も済ませちゃおうか」
管理者はそう言うと、停止しているゼロスのNPCたちを値踏みするように眺め回した。
まず、狂信的な目を爛々とさせたまま彫刻のように固まっているバルトスの前に立つ。
「このバルトス君はさぁ、零次君の狂信者だし、このままここに一人で残したら可哀想だからね。零次君と一緒の場所に送ってあげよう」
パチン、と。管理者が指を鳴らした。
瞬間、バルトスの足元にも一瞬で黒い沼が広がり、彼は直立不動の姿勢のまま、声一つ上げることもなく沼の底へと飲み込まれて消え去った。
残されたセレン、お巳代、ゴルドの3人をじっと眺め、管理者は顎に手を当てる。
「……うーん、まあ、この3人は別にいいかな? この世界に残しといたほうが、君の周りが賑やかになって面白そうだし。――あ、そうそうアレイン。今回はあんな面白みのないクソ地味な主人公を送り込んじゃって悪かったね?」
「……他人の人生を弄んでる奴に、つまらねえだのおもしれえだの言われたくないだろうぜ。……あの骨野郎も含めてな」
武器を肩に担ぎ直し、アレインが忌々しげに吐き捨てる。
「ハハハ! 君は実に冗談が上手いねぇ、アレイン?」
「冗談? ……オメェの腐った脳ミソには『皮肉』っていう高等な日本語がインストールされてないわけ?」
「ハハハハハ!!! ごめんごめん、あまりに高度すぎて気付かなかったよ!」
ひとしきり大声で笑うと、管理者は涙を拭うジェスチャーをしながら、フワリと身体を浮かせた。
「じゃ、そういうわけだから、僕はそろそろ帰るよ」
「おう帰れ帰れ」
シッシッと犬を追い払うように手を振るアレイン。
しかし、アレインの背中からバッと飛び出したカイトが慌てて叫んだ。
「ちょっと待ってよ!!! こんなに戦場を引っかき回しといて帰られたら、残された僕たちは周りのみんなに何て説明すればいいのさ!!」
「……カイトの言う通りだ。いきなり自爆しようとしていた魔王が、謎の黒い沼にハマって消えました、などという報告では誰も納得せんぞ」
バッシュが重々しく頷く。
だが、アレインは鼻をほじりながら答えた。
「あ? そんなもん説明しなくたってよぉ、この時間停止が解除された瞬間に『あ、UFOだ!』って指差してマッハでトンズラしちまえばいいだろ」
「それなら大丈夫だよ。君たちがめんどくさいことにならないように、解除されたら『なんやかんやでアレインが凄まじい大活躍をして自爆を阻止した』って感じに、周囲の記憶を適当に改ざんしとくよ。僕からの勝利ボーナスさ!」
「めんどくさいからって設定変更の丸投げを勝利ボーナスって呼ぶのやめてくんない?」
呆れ果てるアレインをよそに、管理者は宙に浮かんだまま楽しげに笑う。
「今回はあんなハズレ主人公を選んでしまった、僕のせめてものサービスだよ?」
「サービスじゃねえんだよ! 嫌がらせだろーが!! 笑って誤魔化してんじゃねえよ!!」
「では、次の主人公はもっとマシなチート能力を持ったやつを送るから、楽しみに待っててよ? ――アディオス!」
「おい! ちょっ!! 待っ!!」
アレインの制止の声も虚しく。管理者は不気味な三日月の笑みを残して、空間から掻き消えた。
と、同時に。
――静止していたグラン平原に、一気に『世界の時間』が流れ出した。
* * *
場面はガラリと変わり――どこにでもある、ありふれた日本のワンルームマンション。
「うわああああああああああああああッッ!!!」
ドササササッ!!!
激しい絶叫とともに、佐藤零次は椅子から派手に転げ落ち、フローリングの床に背中を強打した。
その反動で、頭からポロリと安物のVRゴーグルが外れ落ちる。
「ハァ……ハァ……ッ」
痛む背中を押さえながら、零次は荒い息を吐き、慌てて自分の両手を見つめた。
そこにあるのは、赤黒い魔力を放つ骨の腕ではない。肉のついた、少し白いオタクの腕だった。
「……た、体がある……! 動く……! 僕は、生きてる……!!」
ハッとして自分の体を触りまくり、ふらふらと立ち上がって姿見の鏡に飛びつく。
そこに映っていたのは、死霊の覇王『ゼロス』としての威厳ある姿ではなく。
目の下に濃いクマをつくった、いつもの見慣れた冴えない自分の顔――『佐藤零次』の姿だった。
「……夢、だったのか……? あそこまでリアルな、あの世界が……全部、僕の妄想……?」
呆然と立ち尽くし、床に転がっていたVRゴーグルを拾い上げる。
液晶画面を恐る恐る覗き込んでみるが、そこに映っていたのは、無機質な明朝体のテキストだけだった。
【エターナル・レジェンドのサービスは終了しました。長い間ご愛顧いただき、誠にありがとうございました】
「…………。あ……ああ……」
終わったのだ。
すべては、文字通り画面の向こう側の出来事。
ガチャリ、と。部屋のドアが乱暴に開き、スーツ姿の気の強そうな女性のルームメイトが入ってきた。
「零次!! さっさと起きなさい!! 今日は朝から大事な全体会議でしょ! 頼まれてた企画資料、ちゃんと出来てんの!?」
「えっ……? あ、ああ……これ、これだよ……」
零次は机の上に転がっていた、何の変哲もないUSBメモリーを拾い上げ、ルームメイトに差し出した。
「……ならいいわ。つーかあんた、また夜通しゲームやってたの? ……平日だってのに、よくやるわねマジで。そんなんだからいつまで経ってもうだつが上がらないのよ!!」
「ハハハ……ごめん……」
乾いた笑みを浮かべ、頭を掻きながら謝る零次。
「ほら、さっさと行くわよ! 遅刻したらあんたの面倒見てる私まで始末書書く羽目になるじゃない!」
「わ、分かってるよ! 今すぐ着替えるから、ちょっと待っててよ……!」
急いでクローゼットからシワの寄ったスーツを取り出し、機械的に袖を通す。
ネクタイを締め、バタバタと部屋を出ようとしたその瞬間。零次の肩が、フィギュア棚の角に激しくぶつかった。
その衝撃で、棚の端に置かれていた一体の未塗装のフィギュアが、床へ向かって落下する。
「っ!」
間一髪、零次は両手でその小さなプラスチックの塊を受け止めた。
それは、数ヶ月前に流行りの3Dプリンターを使って自分で出力し、色も塗らずにそのまま放置していた――どことなく、あの狂信的な側近『バルトス』に似たフィギュアだった。
「……今週末にでも、こいつの塗装……してやるか」
手の中のフィギュアをじっと見つめ、零次は小さく呟いた。
「零次ー!! 早くー!! 置いてくわよー!!」
「今行くよー!!」
玄関から怒鳴るルームメイトの声に答え、フィギュアをそっと棚に戻す。
ビジネスバッグを掴み、零次は部屋を飛び出した。
ドアが閉まる、無機質な音。
そこにあるのは、「最強の力」も「世界を滅ぼす魔法」も、自分を裏切る仲間もいない。
ただただ退屈で、しかし狂おしいほど残酷に続いていく――『現実』という名の世界へと、彼は満員電車に揺られながら、今日もまた、歩みを進めるのだった。




