第107話:壊れた倫理と、猜疑の王
冷気が立ち込める、絶対的な絶望を孕んだ地下監獄。
魔法の灯火が不気味に揺らめく中、バルトスが引き連れてきた数人の男たちが重厚な鎖に繋がれ、冷たい石床に転がされていた。
彼らの瞳に宿っているのは、長年略奪を繰り返してきた者特有の、濁りきった凶行の残滓だ。
「至高なるゼロス様。ご所望の、この世から消え失せても何ら支障のない『塵芥』共をご用意いたしました。この者ら、略奪と殺戮を繰り返してきた盗賊の端くれ。誰一人、その行方を捜す者などおりませぬ」
深々と頭を垂れるバルトスを前に、玉座の骸骨騎士ゼロスは重々しく頷いた。
「……そうか。大儀であった」
(うわぁ、マジで人間を実験台にする展開になっちゃったよ。いくら救いようのない犯罪者とはいえ、倫理観的にどうなのこれ……)
「如何なされましたか? ゼロス様」
「……いや。何でもない。……静かにせよ」
内心の葛藤を押し隠すゼロスの前で、盗賊の首領が恐怖と苛立ちの混じった声で叫び始めた。
「てめぇら何者だ!? さっさとこの鎖を解きやがれ! 俺たちを誰だと思ってやがる!」
「……静粛に。至高なるゼロス様の御前であるぞ、下等生物が。その汚らわしい舌を抜かれたいか?」
バルトスが絶対零度の冷酷な視線を射抜く。
(……さて、まずは『強奪』スキルの検証だ)
ゼロスが空ろな眼窩に魔力を宿し、盗賊たちを〈アナライズ〉する。
流れるステータス画面には凡庸な能力が並ぶ中、一つだけ異彩を放つ項目があった。
(うわぁ、見事にゴミスキルばっかり……ん? 『視認回避(隠密)』……数十秒間、視覚的に認識されなくなるスキルか。PvPならともかく、潜入には便利そうだな。……よし、これにしよう)
「おい! 何を黙って見てやがる! さっさと……」
「……なかなか、有用な力を持っているではないか。その『力』、我が糧として受け取ろう」
ゼロスの声が、死を宣告するように重厚に響く。
「はあ!? 何を言って……うわぁぁぁ!!?」
ゼロスの掌から溢れ出した禍々しい黒霧が、盗賊の首領を包み込んだ。
霧が引いた後、男は魂の一部を削ぎ落とされたような、激しい虚脱感に襲われて崩れ落ちる。
同時に、ゼロスのシステム画面には新たに『視認回避』の文字が刻まれた。
「……何をしやがった……俺の、俺の体が……!」
「貴様のスキルを奪ったと言ったはずだ。死ぬ前に、我が役に立てたことを光栄に思うがいい」
「流石はゼロス様。神の如き権能……。さて、残りの屑どもはどういたしますか?」
恍惚とした表情で問うバルトス。
(他は特に欲しいスキルもないしなぁ……)
「他の者は……不要だ」
「左様でございますか。なれば、この役に立たぬ塵芥どもは、ゼロス様の至高なる魔力で消し炭にしてしまいましょう。それが彼らへの、せめてもの慈悲というもの」
(は? いやいや、適当なところに捨ててくればいいじゃん! なんで即『殺処分』なの!? 殺す必要ないでしょ!!)
「如何なされましたか? ゼロス様。……久方ぶりに、その万物を統べる破壊の御力、このバルトスの目に焼き付けさせていただければ幸いですが」
(……うっ、こいつの『期待に満ちた大型犬のような眼差し』が痛い。……これは能力確認なんだ。どうせ死罪に値する犯罪者なんだし、効率を考えればここで処分するのが正解……だよね?)
「……よかろう」
ゼロスが指先を向ける。そこから放たれた極大の炎魔法――〈ニュークリア・フレイム〉。
圧倒的な劫火は一瞬にして盗賊たちを包み込み、悲鳴を上げる暇すら与えず、彼らをただの灰へと変えた。
「……素晴らしい。一寸の狂いもない魔力制御。正に死を統べる王に相応しいお姿……!」
熱狂的に跪くバルトスを尻目に、ゼロスは虚空を見つめていた。
「……テストにもならぬな」
(……おかしい。魔族アバターの精神汚染のせいかな。人を殺したっていうのに、何も感じない。ただの事務作業を終えたような、冷めた感覚しかないんだ……)
* * *
ゼロスの感知し得ない、高次元の亜空間。
そこでは、この世界の推移をゲームのように楽しむ「管理者」が、腹を抱えて爆笑していた。
「ハハハハハハハ!! 『アバターのせい』だって? バカだなぁ……」
管理者は、笑いすぎた涙を拭いながら、愛おしそうにホログラムのゼロスを見下ろす。
「僕はそんな親切な精神保護機能なんてつけてないよ。それはただの思い込み。君がもともと、そういう『壊れた』本性を持っていただけさ。それをアバターのせいにして正当化するなんて、正に最高級のコメディだね!!」
そして管理者は、別のホログラムに映る「男」へと視線を移した。
「アレインとは大違いだ。あのお人好しの馬鹿正直者と、この自分を正当化しながら堕ちていくサイコパス……。この二人がぶつかり合う時、一体どんな悲劇が見られるのかなぁ。待ち遠しいよ、本当に!!」
* * *
「もっと強そうな人間を連れてこい。これでは話にならん」
「仰せのままに」
(これなら僕は大丈夫だ……あの男と戦うことになろうがならなくても、今のうちに有用なスキルを集めなきゃ……!)
ゼロスが人体実験と強奪スキル集めに励む中。
アレインの規格外な筋肉とパッシブスキルに魅了されたお巳代は、ことあるごとにアレインと接触を図り、急速に「人間大好き」思想へと傾倒していた。
玉座の間に戻ったゼロスを待っていたのは、監視任務から帰還したお巳代の、能天気な報告だった。
「ゼロス様ぁ、聞いておくれやす。この世界の魔族はんは、みんな人間に化けて人生を楽しんではるんですぅ。うち、初めてこの世界の魔族はんと会いましたわぁ。『人間は面白いで』って、みんな仲良くしてはりますぅ」
扇子で口元を隠し、ウキウキと語るヴァンパイア。
「アレインはんのお友達にも、魔族の方がいはるんですって。会ってみたいわぁ……きっと、ええお人なんやろなぁ」
「……お巳代。お前の報告には、主観が入りすぎているぞ」
ゼロスの低く、圧を孕んだ声が響く。
「そうですかぁ? ゼロス様も『人間と共存する』って仰ってましたしぃ、うちもええことやと思ったんですけどぉ……?」
「……お巳代。しばらくお前を監視任務から外す。……バルトス!!」
「御意!!」
影からシュバッと現れたバルトスに、ゼロスは冷徹に告げた。
「以後、監視の担当はお前が務めよ。お巳代はアジトの防衛に回れ」
「そんなぁ〜!! 殺生やわぁ、ゼロス様ぁ!!」
泣きつくお巳代を無視し、ゼロスは玉座に深く腰を下ろすのだった。
今まででの経緯を思い出しゼロスは深いため息をついた。
(はぁ……お巳代のやつ、あんなに魔族至上主義だったのに、なんであんなに人間寄りになったんだ? 洗脳魔法の痕跡もない。……もしかして、僕が設定した以上の『自我の進化』でもしてるのか?)
ステータスを確認するが異常はない。
しかし、拭い去れない不安が彼の胸を支配する。
(……もし、僕が人間を実験台にしていると知られたら……お巳代は寝返る可能性がある。……この事実は、忠誠心の塊であるバルトスと僕だけの秘密にしておこう)
骨の王は、静かに、そして着実に、自らが設定した「忠臣」すら信じきれぬ猜疑心の深淵へと沈んでいくのだった――。
* * *
「へックション!!」
「もう! だからこっち向いてくしゃみしないでよ!!」
シルヴァニアの大通りで、カイトが激怒する。
アレインの頭の上では、ブルーナが器用に羽で顔を覆っていた。
「ばっちいのぉ!!」
『本格的に風邪ひいたのかしら?』
隣を歩くヴェルナが呆れたように念話を飛ばす。
「秋の終わりも近いしね。いくら暑がりでも、パンツ一丁で寝るのやめたほうがいいよ」
「いや……まだ行ける……はずだ」
「何その変な拘り! 馬鹿なの!?」
「うっせえ!!」
ゼロス探しに手間取り、ひたすらアホな会話を繰り広げるアレイン達。
彼らが呑気に鼻水を垂らしているのをよそに、魔族至上主義のNPC・お巳代の思想は変容し、佐藤零次ことゼロスは着実に「人の倫理」から逸脱していくのであった――。




