第104話:ログアウト不可と、加速する『深淵の計』
シルヴァニア王国の地下深く。
完全に隠蔽された広大なアジトの最奥、冷たい玉座の上で、骸骨騎士ゼロス――こと佐藤零次(28歳・独身)は、深い深い溜息をついていた。
「はぁ……。なんで僕が、こんな目に遭わなきゃならないんだ……」
事の発端は一ヶ月前。
一時期は一世を風靡したものの、過疎化が進みついにサービス終了を迎えたVRMMO『エターナル・レジェンド』。
かつてのギルドメンバーも皆引退し、たった一人残った零次は、彼らと作り上げたこのアジトで最期を迎えようと、強制ログアウトの瞬間を静かに待っていた。
そして、あるはずの「ログアウトボタン」は、システム画面から完全に消失していたのだ。
「最初はさ……。地球で流行ってたダークファンタジー小説の『レムナント』みたいで、ちょっとカッコいいかも、なんて思ったんだけどなぁ……」
VRMMOに取り残された異形アバターの主人公が、圧倒的な力で異世界を蹂躙していく大ヒット小説『レムナント』。
だが、現実は小説のように甘くはなかった。零次は、すべてが狂い始めた「あの日」の記憶に思いを馳せる。
「ログアウトボタンが無いよ!! どうなってるんだよ! 運営へのコールは!? ……ないっ!?」
漆黒の闇の中、玉座の上でパニックに陥る零次。
どうすればいいんだと途方に暮れていたその時、ふいに傍らから声が響いた。
「ゼロス様、どうなされました?」
振り返ると、そこには心配そうな顔をした黒翼の美女・セレンが立っていた。ただの防衛用NPCキャラであるはずの彼女が。
「……えっ!?」
(……え? 今、NPCが自分で喋った? 嘘だろ、スクリプトにないぞこんなの! 運営? 運営ぇぇぇ!!)
脳内で絶叫しながらも、零次は長年染み付いた「支配者」の演技で、咄嗟に混乱を押し殺す。
声は自ずと低く、響くような威圧感を帯びた。
「……なんでもない。心配するな」
「そうですか? お顔がすぐれない気がしたのですが? ……まぁ、ゼロス様は骸骨ですけどね、うふふ」
クスリと笑う、そのあまりにも自然な笑顔に見惚れ、零次の思考がフリーズする。
無理もない。
彼女はかつて、零次が密かに憧れていた「ギルメンの女性プレイヤー」のアバターを元にして作ったNPCなのだから。
(ダメだ、かつてのギルメンをモデルにしたこの笑顔……破壊力がエグい! 骨なのに心臓がバクバクする!)
「やはり、気分がすぐれないのでは?」
「……大丈夫だと言っている」
「失礼いたしました」
スッと頭を下げて引き下がるセレン。
零次は気を取り直し、重々しく告げた。
「我が四幹部を招集しろ」
「かしこまりました」
一礼して出ていくセレンを見送りながら、零次は頭を抱えた。
(まずは現状の確認だよな……。それにしても、あの笑顔凄い自然だったな……)
数分後。
玉座の前に跪くのは、かつての零次が「最強の厨二設定」をこれでもかと注ぎ込んだ怪物たちだった。
「四幹部が一人、【深淵の静寂なる旋風】バルトス。ここに参上いたしました」
「四幹部が一人、【紅月の艶し傾城】お巳代。お呼び立ていただき、光栄の至りどすえ」
「四幹部が一人、【鉄壁なる金剛魔将】ゴルド。ここに参上」
「四幹部筆頭、【黒翼の冷徹なる守護者】セレン。ここに揃いました」
威風堂々たる四人の幹部たち。
自分が考えた痛すぎる二つ名を自称され、零次は羞恥で身悶えしそうになりながらも、「うむ」と大仰に頷いてみせた。
その後の話し合い(という名の部下からの報告)で、彼らはアジトの周辺を探り、ここがゲームとは全く違う『見知らぬ異世界』であることを突き止めていた。
「……ゼロス様。現状を鑑みるに、この地は我らの知る世界ではございません。如何いたしましょう?」
セレンの問いに、ゼロスは重々しく頷く。
内心は(助けて、明日仕事なのに! お家に帰りたい!)という悲鳴で埋め尽くされていたが、表面上はあくまで魔王だ。
「……して、どうするか?」
「まずはこの愚かな世界を平らげ、貴方様の庭園にしましょう。目障りな村、国……すべて灰にし、ゼロス様の玉座の礎といたしましょう」
「不遜なる輩は奈落へ。我が主の影となる地を広げるのみ」
「この世の全てを、ゼロス様の寝室に変えて差し上げますわぁ」
「我が盾はゼロス様の不滅を誓う。愚民は塵に」
息をするように大量虐殺と世界征服を提案してくる幹部たち。
(こいつら何いきなり世界征服とか言ってんの!? バカなの!? アホなの!? 死ぬの!!)
あまりの物騒さに、ゼロスは完全に言葉を失い、沈黙してしまった。
しかし、その威圧的な「静寂」を、セレンは「提案への不満」と受け取り、震える声で問いかけた。
「お気に召しませんでしたか……?」
不安げに見つめてくるセレン。
その顔にかつてのギルメンの面影を重ねてしまい、零次はあっさりと絆された。
「いや。……どう蹂躙するか、物思いに耽っていただけだ」
「「「「おお……!!」」」」
歓喜に湧く幹部たち。
(ああ、つい言っちゃった……! でも、あんな顔されたら断れないよなぁ……!!)
「では、まず近場の村を領地にして参りましょう。生命の灯火を一つ残らず……」
「待て」
ゼロスは慌ててセレンを制止した。
「……今はまだ時期尚早だ。まずはアジトの隠蔽と、外界の様子見を徹底せよ。……なるべく生物の命を奪うな。共存できる可能性も、排除するには早い」
(お前らが外で暴れ出したら、誰が事態の収拾つけるんだよ! 頼むから大人しくしててよ!!)
必死の「お願い」であった。
しかし、その言葉に四幹部は一瞬目を見開いた。
そして、痩せ型のバルトスがハッとしたように膝を打った。
「……なるほど! あえて姿を隠し、敵を疑心暗鬼に陥れ、内側から精神を崩壊させる。その後に共存(支配)という名の鎖を繋ぐ……。これこそが**『深淵の計』**! さすがは我らが主、その深慮遠謀、我ら如きの理解を遥かに超えておられる!!」
「慈悲の心すらも戦略の駒。ああ、なんと恐ろしく、なんと気高いお方……」
うっとりと頬を染めるセレン。他の幹部たちも、感嘆の吐息を漏らしている。
「……うむ。励め」
もはや訂正する気力すら湧かず、ゼロスは玉座で威厳たっぷりに頷くことしかできなかった。
『深淵の計』――。
それは、ただ安全に引きこもりたいだけのしがないサラリーマンと、世界を獲りたい過激派の臣下たちの、決して噛み合わないまま加速していく「破滅の歯車」の始まりであった。




