第102話:骨と勘違いと、消えたログアウトボタン
カイトによる地獄の特撮演技指導から解放されたアレインは、魔道具風の不気味なタブレットに表示された「次なる主人公」の画像を、忌々しげに睨みつけていた。
「さっきから何しかめっ面してんの? そんなに強そうな相手なの? もしかして、また『勇者(笑)』みたいな奴が来るの?」
興味津々といった様子で、カイトが背後からひょっこりと顔を出して画面を覗き込んでくる。
「……見てみろよ。今回は『主人公』っていうより、ただの『化け物退治』の依頼書だわ、これ。下衆ガミの野郎、ついに人間を拉致するのに飽きて、どっかの墓場から素材拾ってきたんじゃねーか?」
「……わぁ、本当だ。人間味ゼロだね」
カイトが目を丸くする。
画面に映し出されていたのは、禍々しい装飾が施された漆黒のフルプレートアーマー。そして、兜の奥から覗くのは、肉を持たない剥き出しの「骸骨」の顔だった。
「だよなぁ。魔物が主人公のラノベって、読者は誰に感情移入すりゃいいんだよ。設定がニッチすぎんだろ」
「いやいや、アレイン。今やそういうのも『王道』なんだよ。ほら、『見た目は魔物、中身は最強のゲーマー』とか、『異世界で最強の骸骨騎士として転生しちゃいました』とかさ。意外と今のトレンドなんだよ」
「なんだそりゃ。どうせやることは、その怖そうな外見で無双して、ついでに女をはべらせる『無双ハーレム』だろ? はいはい、テンプレ乙」
アレインが投げやりにタブレットを放り投げようとすると、カイトは人差し指をチッチッと振った。
「そうとも限らないんだな〜! 無双ハーレムもあれば、あえて自分の正体を隠して悪役を演じる『悪役ロールプレイ』とか、色んなジャンルがあるんだよ。深いんだよ、異世界は!!」
「『悪役ロールプレイ』……? なんだよそれ。他人のフリして悪いことするってか? ……今、俺がやらされてる『ヒーローごっこ』並みの痛さを感じるんだが……」
自身の置かれた状況を棚に上げつつ、アレインが呆れたようにため息をつく。
「ハハハ……まぁ、本人の意思に関係なく、仲間に勝手に勘違いされたり、忖度されまくって、いつの間にか世界征服しちゃってる……みたいな話もあるんだよ」
「……他人に言われるがままに魔王やってんのかよ。はっきり『俺は魔王だけど平和主義なんだよ!』って言やぁいいじゃねーか」
「それを言ったらおしまいだよ……!! そうやって周囲の勘違いに振り回されるのが、このジャンルの醍醐味なんだから!!」
熱弁を振るうカイトに、アレインは深いため息を吐き出した。
「……そうかよ。んで? こいつは何のラノベの主人公か見覚えあるか? 教えてくれよ、カイト先生よぉ」
「うーん、僕はどっちかっていうと正統派が好きだから、異種族系はあまり詳しくないんだよね……。今の世の中、骸骨主人公なんて溢れるほどいるしなぁ……」
腕を組んで唸るカイトを見て、アレインは肩をすくめた。
「はぁ……。まぁいい。3戦目は『魔王無双ハーレム』か『魔王勘違いロールプレイ』か何だか知らねえが……ここでヒーローごっこやらされるよりは、数倍マシだわ」
「で? その主人公は何処に現れるの?」
「シルヴァニア王国だとよ。またメルキアを離れなきゃならねえな」
「じゃあ、ギルドに移動届出さなきゃね」
「だな。アレーナにまたネチネチ説教されんのはごめんだからなぁ」
ガシガシと頭を掻くアレインに、カイトが頼もしく胸を張る。
「明日、僕が手続きしてあげるよ。アレインは馬車の手配お願いね」
「あいよ」
深夜の森に、冷たい風が吹き抜ける。
彼らの次なる目的地は、商業の熱気に包まれた巨大国家、シルヴァニア王国に決まった。
そこで待ち受ける『異形の主人公』は、果たしてアレインの羞恥心を救う救世主か、それともさらなる混沌の使者なのか。
「……骨か。……とりあえず、カルシウム摂っとくか……」
アレインは夜空を見上げ、遠い目で誰にともなく呟いたのだった。
* * *
その頃。
世界のどこか、豪奢にして荘厳な玉座の間にて。
「あれ!?」
漆黒のフルプレートアーマーを纏った骸骨――ゼロス。本名、佐藤零次(28歳・独身)は、絶対的な力を持つ魔王にふさわしからぬ、情けない声を上げて困惑していた。
「サービス終了の時間過ぎたのに……強制ログアウトされない!?」
カタカタと骨の指を震わせながら、ゼロスは虚空に展開されたシステム画面を必死に操作しようと試みる。
しかし、何度スワイプしようが、タップしようが、彼が求める「たった一つの機能」は見つからなかった。
「なんだこれ、ログアウトボタンが無いよ!! どうなってるんだよ!! 明日、朝から大事な会議あるのにぃぃ!!」
玉座の間に響き渡る、しがない日本のサラリーマンの虚しい叫び。
かくして、「勘違いロールプレイ」という名の地獄の幕が開こうとしていた――。




