最終話 救うべき人
僕は境界線に手を差し伸べた。
強い抵抗を感じたが、変異中の僕の手は境界線を抜け、死者の世界へと差し込まれた。
先輩がおにぎりを持ち出せた事。
社長の奥さんが子供を連れ出せた事。
そして、変異中の僕の手が通り抜けた事。
きっとこの境界線は、この世界の物と死者の物が同時に通り抜ける事に対応しきれていない。
そして今、僕はこの境界線に生じた"穴"となって2つの世界を繋げている。
まるでそれを証明するかの様に、体の中を何かが凄まじい勢いで通り抜けるのを僕は感じていた。
僕は思い出す。
祖父が言っていた最後の言葉。
"死者と絶対に関わるな"
疑問に思った。
そして納得がいかなかった。
なぜ愛する者を失った人間と再会を願う死者を、完全に引き離す必要があったのか。
それはきっと人間と死者が共に歩き、境界線に近づく事を防ぐために必要な事だったのでは無いか。
そして僕が今境界線に開けているこの"穴"は、境界線に致命的なダメージを与えるものなのでは無いか。
痛いかも知れない。
苦しいかも知れない。
でも、きっとこの境界線は壊せる。
"理"が失われれば、あの川は台風などで崩壊して多数の犠牲者を出す可能性はある。
でも、必ず国は全力を傾け、あの川の治水工事を終わらせるだろう。
いくら金が大好きなあいつらだって、金より自分の命の方が大事な事くらい分かるはずだから。
境界線の歪みと共に、僕の片腕が塵の様に消えた。
きっと僕の命だけでは、この境界線は壊せないと感じた。
車から縛られた高校生を引きずり出し、境界線へと運ぶ。
縛られ、闇の声に従わない高校生は、未だに人間であり続けた。
あの恐怖の中、共に戦い続けてくれた高校生達。
自分だけでも助かろうとする大人だらけの中、皆を助けようと必死になってくれた高校生達を、本当はどうしても助けたかった。
時間さえあれば。
僕の体が変異を始めてさえいなければ。
未だ変異を終わらせていない理由が分かれば、この高校生だけでも救えていたかも知れないのに。
僕はただ、高校生に謝り続けた。
境界線を跨ぐ様に高校生を寝かせる。
同様に僕も地面に座ると、道祖神にもたれかかりながら空を見上げた。
僕らの体は消え始め、雲の境目が消えていくのが見えた。
痛みや苦しみは無く、ただ安らぎの様なものに包まれ、僕は目を閉じた。
何かの気配を感じた。
いつもの電話の声が聞こえた。
「間に合わなかったか!」
ざまぁ見ろ、
僕の勝ちだ!
……いや、何かがおかしい。
その声は、死者の国の方から聞こえた。
僕は目を開ける。
そこに立っていたのは、にこやかに笑う女性。
1年前、先輩におにぎりを持たせた、あのお面の女将に間違い無い。
「やあ、最近の機械はすごいね。
境界線のギリギリまで来れば、こっちの世界からでも衛星電話とやらで話せるんだから」
いつもの声で話しながら、そいつは僕に携帯を見せる。
「これはね、社長からの貰い物なんだよ。
1年前、お前の先輩が潰れてすぐ、お前らを探しに来てさ。
なんか見覚えあるなーと思ったら、50年くらい前にも見た事ある奴で、お前らがゴミ捨て場に飛ばされたって言ったら血相変えて戻って行ったよ」
小柄な女性にしか見えなかったそいつは、よく見ると小学6年生くらいの男の子に見えた。
まるで子供が自分のイタズラを自慢するかの様に、そいつは告白を続ける。
「その後すぐ戻って来てさ。
ここを切り離す方法を教えてくれって言ったから、
"その方法は知らないけど、出来る限り協力する。
あなたの家族も、あの青年もこっちの世界できっと見つかる。
あなたの為に全力を尽くすから、僕を信用してくれ"
みたいな事を言ったら、えらく頼られちゃって。
色々助言してあげたんだよ。
潰れた奴の胃の中におにぎりが入ってるはずだから持ってけとか、
国とやらに言う事を聞かせたいんだったらそれなりの被害を出さなきゃ駄目だとか、
あのおにぎりをすり潰して色んなものに混ぜたら大変な事になります、とかね。
Y地区担当の事にも詳しかったし、お前の事も、警察の動きもよく調べて連絡してくれたなぁ」
黙れ!
黙れ!
黙れ!
しかしその叫びは、もう声にならない。
「それで、教えてあげたんだよ。
"ついに分かりました。僕と貴方が同時に境界線に立てば、境界線は壊れて切り離せます"って。
そしたらさ!
社長怒っちゃってさ!
"そんな事したら、この世とあの世が完全に繋がってしまう!ふざけるな!"
だってさ。
なんだよ社長、知ってたのかーって思ったよ。
でもそりゃそうだよね。
社長の奥さん、子供と一緒に境界線越えたんだもの。
普通調べるよね、どうなるか。
でも代わりに君が決心してくれて、こうして実行してくれた。
本当に嬉しいよ。」
社長の仇を取れると思った。
社長の思いを引き継いだと思っていた。
でも、
僕のした事は、全て逆効果だった。
しかし、その時だった。
打ちひしがれ、後悔の念に押し潰されそうな僕を支える様に。
まるで僕を慰める様に。
今までに無い、優しい声でそいつは言った。
「君は全然悪くないよ。
そもそも僕が引き起こし、君を挑発してさせた事だ。
そして君がみんなの為にどれだけ頑張ったか、僕は知ってる。
どれだけ酷い目に遭っても、どれだけその手を汚しても、君は本当に立派だった。
それにこっちの世界のみんなは、きっと君に感謝すると思うよ。
僕も、君のお陰でやっと家に帰れるんだ。
もう何百年も帰れなかったあの家に。
本当にありがとう。
……そして、君との電話、本当に楽しかった。
最大の禁忌を犯してしまった僕は、何百年も誰にも相手にしてもらえなくて、本当に寂しかった。
都合が良過ぎると思うけど、僕は君を友達だと思ってる。
酷い事言って、ごめん。
でも、他に方法が無かったんだ。
本当にごめん。」
そいつは僕らの横を通り過ぎると、道祖神に一礼して町へと向かって行く。
そして僕はそいつを逃がすまいと最後の力を振り絞った……
……あれからどれくらい経っただろうか。
死者達の願いは叶えられた。
死者の国の"理"はこの世の全てを覆い尽くし、新たに調理された物を食べた人は皆、死者の国の者になった。
あらゆる場所であらゆる再会が果たされ、幾つもの喜びや、幾つもの憎しみが生み出された。
未だ死者の国の者になる事に抗い続ける人々は、残り少ない缶詰などを奪い合い、殺し合いをしている。
そこで勝とうが負けようが、結局行き着く先は同じなのに、全く馬鹿な連中だと思う。
あの後僕は、何とか境界線から抜け出したものの、頭と片腕意外は消滅してしまった為に、あいつを追う事は出来なかった。
でも、僕は変異を終えずにいる。
頭に響くこの声が何を言おうとも、ずっと抗い続けて見せる。
更なる禁忌を犯した僕には、全てを見届ける義務があるから。
そしてあいつを必ず見つけて言ってやるんだ。
"お前は悪く無い"と。
結果的には禁忌を犯したが、子供が同じ状況に追い詰められたら誰だって同じ事をしたと思う。
そして欲深い大人達のせいで、何百年も独りぼっちだったあの子を責める事など、誰に出来ると言うのだろうか。
願わくば、あの子が僕を救ってくれた様に、どうか僕にもあの子を救わせて欲しい。
そしてこの腕で強く強く抱きしめてやるんだ。
この腕はそのために残ったものだと思うから。
最後まで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。
書いていてしんどい部分も多く、自分の至らなさも含めて書いては消しの繰り返しで、過去作の倍くらい時間がかかりました。
読みやすい部分ばかりでは無いと思いますが、少しでも楽しんで頂けていたら幸いです。
他にもゾンビもの書いてありますので、お時間頂けるようでしたら読んで見てください。
本当にありがとうございました。
よろしくお願い致します。
追記
読み返してみると、社長行動力半端無い感じに見えますね。
実際やった事は、主人公の監視、おにぎり混入、警察無線傍受、警察と浄水場へのペットボトル差し入れ、鉄塔倒しくらいです。
鉄塔倒しは道具さえ有れば大して難しく無いし、ペットボトル差し入れは一箱分くらいです。(実は車の中の影はほとんどが普通の人間でした。)
基本は犯人だから知っている事を、小6が盛って話していた感じです。
ちょっと独りよがり過ぎました。
申し訳ありません。




