第9話 真意
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ、それを私はレンくんとランちゃんの近くで見ていたわけですが、ね。
それはかなりの長時間にわたりました。
出発前に英気を養うと、そんな名目でしたが……これはきっと明日に残るでしょうね。
酒の樽が辺りに散乱し、寝落ちた山賊の方々がいびきを立てる。
「ぐぉおぉぉ、ぐおぉぉぉぉっ」
「……ふむ」
試しに洗浄の魔術を掛けてみることにしました。
彼ら、総じて薄汚れた格好をしていますからね。
水流が身体を包み込む。
すると薄汚れて何日も洗っていなかったような、擦り切れた服が白さを取り戻し、汚れのせいかどこか粉っぽかった肌もつるつるのピカピカに。
綺麗になりましたね。
匂いもない。
それはそれとして……魔法を掛けたというのに。
まるで起きませんね。
せっかくなので洗浄の魔法を掛けて回っていますけども……ここまで熟睡するほどにお酒を飲ませる必要があったのでしょうかね?
「うう、おおお、おぐ、ぐへへ、おう、ぐふ……かふっ、ひゅ~ひゅ~」
おや、これは先ほどランちゃんを邪な目で見た山賊の方ですね。
寝ているというのに途中で呼吸が止まったりして、ピクピクと震えるようにして……睡眠時無呼吸症候群でしょうか?
まぁ、別に彼の身体のことはどうでもよいのでいいのですけど。
ふむ……
「うぉっ、く、ぐへへ、ふぅふぅ」
試しに額を叩いてみましたけども特に起きる様子もない。ぐっすりです。
それは周りの人も皆同じの様子。
英気を養うというのも建前としては分かるのですけどね。
危険な状況下にあったのを解き放たれたのです。
そのうえ、明日には住み慣れたこの場所を離れなければならない。
旅立ちのための決別の意味も込めて、最後に騒ぎ明かす……そうやって緊張下にあった皆の不満を解きほぐしてリフレッシュさせる、そういったことが必要なのは分かります。
しかし、別に今日でなくてもよかったと思うのですよ。
新天地に着いたあとでも。
完全に安全を確保した後でも、いつでもよいはずなのです。
ですが、今日ここでそれをした。
明日には旅立つというのに、ですよ。
そんなことをする前に逃げ出すのがよいと私は思うのですが、ね。
夜道を避けるとか、そういった理由を見つけることも出来なくはないのですが……さて。
いったい何の意味があるのでしょうか?
「……ん、全員、寝た、か?」
そう思って、周囲を注意深く探っていると一人が身体を起こして辺りを見渡し始めました。
あれは、タルムさんですね。
周りで寝こけている一人一人の顔をじっくりと確認して、確信が持てるまで観察をしてから小さく頷く。
「よし、寝たな。それなら……今のうちに、やっておかないとな」
最後に二回だけ手を強く叩いて、それでも誰も起き出さないのを確認してから歩き出し始める。
その場所は、ちょっと前に私が魔法でもってサクッと出入りしてきた鉄格子の下りた空間でした。
鉄格子をなるべく音をたてないように優しく上に上げて、中へと入っていく。
その手には、二本の鍵。
何をするつもりでしょうかね?
多分、妙なことをする気はないと思うのですが……
それなら先ほどに、ランちゃんのことを庇うこともなくあの山賊の方に許可を出していたはずですからね。
いざとなれば私がランちゃんに指一本でも触れる前に意識を刈り取ってあげようかとも思っていたので、手間が省けて少しホッとしたのですが。
足音を響かせずに歩いていく。
そんなタルムさんのことに気が付いたのは、レンくんと交代で目を覚ましていたランちゃんでした。
「起きてるか?お前たち」
「何よ?レンは寝てるわよ、私たちに何するつもり?」
「……ん、ちょっとな。起こしてくれ。それから静かに声を出してくれ」
「……ま、いいけど」
不満そうに、小さい声で呟いてレンくんを揺り起こす。
目を開けたレンくんは眠そうな目で辺りを見回し、タルムさんの姿にハッと目を見開きました。
「タルムさん?いったい、どういう」
「レン、静かに。あまり大声出すと他のも寄ってくるわよ」
「あ、ごめん」
すぐに声を潜めるレンくん。
それを苦笑気味で眺めるタルムさん、と……ふむ、こうして見ると山賊であるとはとても思えない方ですね。この方は。
二人が完全にこちらを見てるのを認めて小さく頷いた。
「起きたみたいだな……よかった。お前たちは俺たちと違って強いみたいだから、そんな心配はしてなかったけど」
「で、何よ?わざわざこんなとこに来たってことは何か話があるのよね」
「ああ、その、なんだ。ああいう態度を取ったからな、とても心苦しくはあるんだが」
今のうちにレンくんとランちゃんの方へと移動しておきますか。
そっちの方がタルムさんの顔色とか見やすいですし、何を考えているのか分かりやすくもありますからね。
二人が見つめる中で、少しばかり言いよどむタルムさん。
バツの悪そうな顔をしてますね。
それから少しして、真っすぐに二人へと頭を下げました。
「悪かった。こんなことに巻き込んじまって」
「……へ?それって、つまり」
「ん……謝る意味が分からないわね。山賊でしょ?詳しく説明しなさいよ」
うぅん、声を聞いたときから分かっていましたけど。
ランちゃんが不機嫌ですね。
そりゃ、こんなところで後ろ手で拘束されれば分からなくもありませんけどね。
タルムさんもたじたじです。
ランちゃんの言葉に言い淀むように「あ、あぁ」と返事をしてからゆっくりと頭を上げる。
その顔には、少し前、手枷を嵌めるように言ってきたような嗜虐的な笑みはまるでなく穏やかで申し訳なさそうな表情が浮かべられていました。
「その、な。アジトが襲われているのを助けてもらうために誘導したのは言った通りだ。あのままじゃ、俺たち全滅しちまってたからな……いや、俺らだけならいいんだけどよ。子供たちまで死ぬんじゃ、村の連中に顔向けが出来ねえからさ」
「……じゃあ、タルムさんは、子供たちを守るために?」
「なんだか話が見えてこないわね。それなら何でわたしたちこんな目に遭ってるのよ?助けてあげたんでしょ?お礼の一つでも聞きたいものだけど」
「本当に、すまねぇ。こんなでも山賊の頭をやってるからな、あいつらに示しがつかねぇし、抑える奴が居なくなったら周囲に被害が出るしな。こうするしかなかったんだ」
ふむ、助けてもらったことを部下に山賊らしく見せるためにああした、と。
そういうことでしょうかね?
確かに、わからないことではありませんでした。
先程もランちゃんに劣情を催した山賊の一人を制するのを見ていましたし、上の人間がしっかりと手綱を握っていなければ途端に無秩序になることでしょう。
そうなれば話は彼が目に届く範囲だけには留まらなくなる
今よりもずっと迷惑を被る人間が増える。
そのため、レンくんとランちゃんをこのように拘束して頭としての威厳を見せつけつつ、二人を守るための理由も捻出した。
と、ですが、そうなると少し奇妙でもあるんですけどね。
タルムさんは山賊のはずなのですが。
「じゃあ、後ろの子供たちは何なのよ? 誘拐してきたんでしょ?」
「そうだな。サンワ村の子供たちだ、ただ……まぁ、一切合切を話すには時間が足らないからしねぇが……決してただの誘拐ってわけじゃねぇんだ」
「……はぁ?」
「っ!村の、子供?」
「ああ、その、な。あの時言ったことは本当なんだ。サンワ村の出身てのも嘘じゃない、狩人ってのもそうだ。職業的にはそうなってる。まぁ、実際は山賊の頭なんかやってるわけだが」
タルムさんの話はこうでした。
実際には子供たちを誘拐して売り払っているわけではなく、売り払うと見せかけて秘密裏に技術を身に付かせて就職先を斡旋しているのだと。
山賊団に入る金はその就職先から先払いという形でその子の給料を借金の状態で払ってもらっており、その子自体は借金さえ職場に払えばそれでもう山賊とは関係が断たれるのだと。
「それって、つまり……」
「そう、ね……もしかして、あなた悪い人じゃないわけ?」
「いいや、悪人さ。何をどう取り繕おうと山賊であることには変わりないし、そういう人生を歩んできたって自分自身分かってるからな」
肩を竦め、悪を自称するタルムさん。
その言葉にレンくんもランちゃんも複雑な顔を浮かべていますが……この物言いは、悪人のそれではありませんね。
自分が悪人だと決めつけて自分自身を責める、自罰的な人のそれに他なりません。
ただ、まぁ、子供たちが特に怯えた様子もなく身ぎれいであることに関してもこれで繋がりましたね。
つまり、彼に守られていたのです。
「それじゃ……あの時に村に来たのは」
「ああ、何とかして手を借りられないものかと思って行ってみたんだが、な。いつもみたいに装って、山賊に仕方なく手を貸すような感じで、な。結果は、あれだったわけだけど」
「……?いつもみたいに?それじゃ、タルムさんは村に酷いことは」
「そうだな……結果的に村から子供たちを出て行かせてるんだから、酷いことをしてるうちに入るとは思うけど、な。俺は、元々村を守るために山賊に入りこんだんだ。で、演技と機転を活かして酷いことを村にしてるように見せてたらのし上がったわけだ」
そういって嫌そうにぴらぴらと手を振る。
話は終わりと言わんばかりに、二人の嵌められた手枷を手に持ってる鍵でもって取り払っていって。
「話はもういいだろ?誰も起きないうちにここを出ろ、最初からこうするつもりだったんだ」
「ふぅん、ま、いいけど」
「……タルムさんは?」
「このまま山賊の頭としてあいつらをどうにか抑え込むさ、もう二度と会うことはないだろうさ……ああ、そうだ。外したけどこの手枷は持ってってくれ。その方が誰が外した!とか妙な騒ぎにならずに済むからな」
渡された手枷をランちゃんがあっさりと受け取って、つまらなさそうに見る。
納得してなさそうな顔をしていたのはレンくんでした。
話を聞いてしまった以上は何かしてあげたい、とそう思っているのでしょうね。
それでいて、出来ることは何もないと分かっているからただ納得できない不満顔して。
「……あの、僕たち、村長さんに子供たちを守って欲しいって言われたんだけど」
「そうなのか? 村長が、そんなことを……でも、それに関しては安心してくれ」
自分の中の不満を言うわけにもいかずに、ポソリと呟かれたその言葉にタルムさんは力強く頷いて見せました。
その顔は、そして声は山賊のものとは思えない穏やかで優しいものでした。
「俺が必ずあいつらの面倒を見る。就職先までしっかりとな。だから、お前たちはこのまま何もなかったように立ち去ってくれ。きっと何とかしてみせるから」
「…………」
レンくんは頷きませんでした。
まだ納得いかないような顔で、考えるように目を伏せて。
対照的にランちゃんは話を聞いて、もうどうでもよさげに立ち上がっているところでした。
「そう、ならいいじゃない。行きましょ、レン」
「でも……ラン?頼まれたのに、何もしないなんて」
「いいじゃない、大丈夫ならそれで。ほら行くわよ、起き出したら面倒だもの。こんなところでいつまでも捕まっているわけにもいかないじゃない」
「……それは、そう、だね」
手を差し出すランちゃんに渋々と頷いて、ランちゃんに手を引かれながら出口まで歩き出す。
まだ、不満げですね。
悩みだしたら長いですからね、レンくんは。
来た道を歩いていく。
それに付き添って私も二人の後ろに。
まぁ、責任感もあるのでしょうね。
レンくんは、考え事をするように無言で歩いていて小さく溜息を吐いています。
「これで……よかったのかな」
「いいんじゃないの?あの人が守ってくれるって言ってたじゃない」
「そう、だよね、うん。安心しろって……なら、いいのかな」
呟いた言葉は納得の色を含んだものでなくって、まだまだ不満や迷いを含んだもので。
そのままに、外へ出る。
外は、うっすらと陽が出始めている頃合いでした。
夜明け、ですね。
それから、二人は所在なさげにとりあえず村へと足を運ぼうと動き出して……直後、後ろから轟音が聞こえてきました。
「っ、今のは?」
「……叫び声が聞こえる、こんなに離れてるのに……これ、ただふざけてるだけの声じゃないわよ」
それは悲鳴でした。
それも命の危機を感じさせる、断末魔の叫びに近いくらいの。
それが洞窟内を反響してここまで聞こえてきています。
ここまで、随分と距離が離れているにも関わらず。
直後、二人は今来た道を駆け戻っていました。
「ランっ、今のって人が……」
「まずいわね……もう起きてるかしら? わたしたちが見たときは皆寝こけていたけれど」
「それだけじゃないよ!起きてたとしても、あんなにお酒を飲んだ後なんだっ!とてもまともに戦える状態じゃないよっ」
「そうね。まったく……手間のかかる山賊ね」
さっき歩いてきた道を走りぬけていく。
奥へ進めばすすむほど、騒ぎははっきりと聞こえるようになっていました。
悲鳴、やけくそに上げたような叫び、何かが弾き合う金属音……それから、ゴブリンの声。
これは襲われていますね。
さっきまで自分たちを掴まえていた人たちのために迷いなく走っていくレンくんとランちゃん、その姿に嬉しいような寂しいようなちょっと複雑な気分になります。
二人とも成長をしましたね。
これは多分、迷いなく山賊の人たちも一緒に助けることになるでしょう。
それまで保てばいいのですけど……
レンくんとランちゃんは私が鍛えたのでこのような場所でも素早く駆け抜けることが出来るでしょう。
しかし、それはすぐに、というわけではありません。
早いといっても時間がかかる。
その間、山賊の方たちが生きていられればよいのですけど……辿り着いたときに全滅してたら心の傷になりますからね。
仕方ありません。
ちょっと先に行きますか。
二人を抜き去って前へ出る。
レンくんとランちゃんのところから離れるのはちょっとばかり不安ですけど、これも二人のためですからね。
私がなんとかしておきましょう。