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第10話 タルムの回顧


「……行ったか」


 薄暗い灯りの中、他は眠りこけた手下と檻に居る子供しかいない空間でホッと胸を撫で下ろす。

 山賊の頭、そんなものをやってはいるがそれはタルム自身がやりたくてなったことではなかった。

 山を駆けて、鳥や兎を狩り、それを村の人たちに報告して……その日の成果を家族で囲んで食べて、タルムがしたかったのはそんな穏やかな日々のことだった。

 なんでこんなことになっちまったかな?

 と、しかし、そんな疑問は彼自身には無かった。

 選択自体に後悔はなく、村を守るためには必要なことだったから。


「……まぁ、結果があれじゃ、ざまあないが、な……」


 自嘲的に笑って落ち込んだ気分を少しばかり吹き飛ばしていく。

 タルムの脳裏に浮かぶのは、滅茶苦茶になった村の光景だった。

 あれをやったのはゴブリンだ。

 けど、その原因……というか、被害が大きくなる要因を作り出したのは自分自身なわけで、それがタルムに自責の念を生み出していた。

 足音が遠ざかっていく。

 本来であれば、巻き込みたくはなかった無関係の二人。

 その足音が完全に聞こえなくなるのを認めてから、タルムは檻へと近づいていった。

 村の子供たちが居る檻に。

 すると、寄ってきたタルムに子供たちはおずおずと口を開いた。


「……タルム?もう、いいの?」


「あぁ、どいつもこいつも皆寝てるからな。もう喋っていいぞ。ほら?お前たちも腹減っただろ?」


「わぁっ」


 子供たちに食事を与えていく。

 二人を巻き込んだ理由は、これだった。

 頭をやってる以上、山賊の子分たちにも多少の思い入れはある。

 死なない方がいいとも思うし、俺が何とかしてやらなくちゃって気持ちもある。

 けど、一番に心配していたのは……守りたかったのはこの子たちのことだった。


「はぐっはぐ!ん~、今日のご飯は何だか美味しいねっ!どうしてなの?」


「本当だぁっ。いつもの味気ないのじゃないっ、んぐんぐっ、ぷはぁ」


「あ~、それ私の~!」


「こらこらあんまりがっつくなって、ちゃんと皆の分あるからな」



「「「「「「うんっ」」」」」」


 声を掛けると皆が元気に返事をしてくれる。

 そのことが何よりも嬉しい。

 

 この子たちが無事なら、まだ……


 そんな想いがタルムの中にあったから。

 だが同時に『まだ……』とその先が出てこない。

 何を思えばいいのか、何を考えればいいのか分からなかったから。

 村の状態を知っているから。

 それを、心のどこかで認めたくないと意味のない抵抗をしてしまっているから。

 タルムはただ固まるしか出来なかった。


「ねぇ、タルム~。村の皆は元気~? ここみたいにゴブリンに襲われてなかったぁ?」


「え、あ、ああ、それは……悪い、な。実は急いでたもんであまりよく、見てなくって」


「そっか~、おとうさんとおかあさん、元気かな~」


「……」


 言えない。

 言えるわけがない。

 暗く淀んだ気分が心を支配する。

 村は壊滅していた。

 人がいっぱい死んでいた。

 その光景は嘘じゃなかった。

 嘘であって欲しかった。

 違って欲しかった。

 でも、否定できるほどの材料なんて見てしまったタルムの中には何も無いから。

 希望的観測すら持つことが出来ないでいる。

 確かに死体は見なかったし、時間もなかったから探さなかった。

 けれど、これまで山賊としていやいやながらもやってきていたタルムにははっきりと分かってしまっていたから。

 血の匂いがした。

 それも一人や二人じゃ足りない。

 村中に蔓延するほどの夥しい血の匂いだ。

 多分、いや十中八九……村は……サンワ村の住人はもう……

 

 生きちゃいない。


 その一言を思いたくなくて、自分の中で形にしたくなくてタルムはただ小さく首を振る。


 全ては村のためにやってきたはずなのに、な。

 俺は……なんて、馬鹿なんだ。


 自嘲気味な笑みを浮かべていると、タルムは自分のことを心配そうにのぞき込んでいる子供たちの姿に気が付いた。


「どうしたの~?タルムぅ?疲れた?お腹痛い?」


「は、ははっ、そんなことはないさ。ほら、お喋りもいいけどそれを食べたら寝ちまいな。明日は早いんだからな」


「は~い!」


 元気な返事が返ってくる。

 それだけで救われる。

 沈み込んだ心に明かりを灯してくれる。

 でも……この子たちの親はもう……

 そう暗い気分がループしかけるのに気付いてタルムは軽く頬を張った。

 しっかりしなくちゃいけない。

 この子たちを俺が守らなければいけない。

 そう思い直して。

 全ては、あの二人に語った通り。

 昔、山賊の脅威に晒される村を何とか救うためにタルムは山賊の中に入り込んだ。

 そして、自分の村をも犠牲にする非道さを見せつけて当時の頭に認められて村のことは一手に任されるようになった。

 それからは簡単だった。

 村の人にも協力をしてもらって、建物をボロボロにしたように見せかけて、毎年子供たちをアジトに連れてきて金を得る。

 子供たちには技術を習得させて、ちょっとだけ伝手があった仕事先を斡旋した。

 タルムに教えられることなんて本当に些細なことだけだった。

 それまでに培った、人を騙す技術。

 疑われないように、危険な人物が近づいてくるのを察知する方法、ハッタリを聞かせて相手を信じ込ませる演技と技術……そのおかげでタルムの斡旋した子供たちは斥候として重宝されるようになった。

 そのお金でもって山賊どもを納得させ、村には秘密裏にその子たちが稼いだ金を少しだけ収めて……村をいびる山賊を演じてきた、子供を攫う悪行を装ってきた。

 だから、だろうか。

 子供たちが重宝されるにつれて、その額は大きなものとなり山賊への貢献が段々と認められるようになっていった。頭に任命されるまでになった。

 これからもこんなふうに装いながら村を助けて、そしてゆくゆくは村に害が及ばないように離れて行こうとそう思っていたわけだが……目標はもうタルムの中にはなかった。

 自分のせいだ、ってそう思うから。


「……こいつらに、顔向けできないな」


 ご飯を食べ終わって眠りこけてる子供たちに視線を移す。

 村をやったのはゴブリンだ。

 悪いのは奴ら。

 それだけは確実に思う。

 だが、頭の中で渦巻く想いがタルムに自分を責めさせた。

 

 俺が、山賊の被害を演出するために建物をちょっと壊すように言わなかったら、こんなことにはならなかったんじゃないか?


 少なくとも、しっかりとした建物であれば立てこもることでゴブリンの脅威から少し身を守ることが出来たんじゃないか?

 

 俺が、子供たちを他の場所にやらなければゴブリンを撃退できたんじゃないか?


 村に若い奴は居なかった。

 それはタルムが仕事先を斡旋して外に出してるからであって、村はまれに戻ってくる村出身の年かさの奴が一番若いくらいで村の将来を担えるような若い世代は一人として居なかった。

 戦える奴が、居なかった。

 自分が子供たちを外に出さずに村で過ごさせてれば、村は負けなかったかもしれない。

 若い奴らがゴブリンなど押し返して、村は今まで通りしっかりと存在してたかもしれない。

 考えても仕方ないことだと分かってはいるが、それでも考えずにはいられなかった。

 何故なら、もう村は壊滅してしまったから。


「俺の……せいだ」


 タルムはポツリと呟いて、強く手を握る。

 血がにじむほどに強く。

 だが、気は晴れなかった。

 こんなことをしても何の意味もないとタルム自身分かってるから。

 立ち上がってその場を後にする。


「明日に、備えるか……」


 せめて子供たちは自分の手で何とかしてあげようと心に誓う。

 あの二人にもそう誓ったから。

 酒臭い寝息を響かせながら、地べたで眠る手下たちの間を抜ける。


「……ちょっとやり過ぎたか?」


 あの二人を安全に逃がすために、酒で酔い潰そうと思っての宴だった。

 さっさと寝て貰おうと、それしか考えていなかった。

 けど、ぐーすかと寝息を立てるのを聞いてるとタルムはちょっと不安になる。


 こいつら、明日起きるかな?


 朝早くの出発だってあらかじめ言ってはいたが、昼前の出発になるかもしれない。

 そう思い、手下が眠るあたりから少し離れた位置に腰を下ろしてタルムは目を閉じた。

 せめてもの責務だ。

 子供たちだけでも無事に送り届けることが出来ればそれで満足だから。

 それで、満足しなきゃ、いけないから。


「……親父」


 呟くと共に涙が頬を伝う。

 さよなら、と心の中だけでタルムは呟いて……もう疲れ切った精神を眠りの闇に委ねて。

 直後、悪夢のような轟音がその身体を叩き起こした。


 うぎゃああああああああああっ!


「なっ!」


 死の際の叫び、断末魔の悲鳴が耳朶を打つ。

 とんでもない振動が身体を襲った。

 何か、とつもなく巨大なものが着地したかのような衝撃にタルムは反射的に身を起こして、ナイフを握る。

 そこには、ゴブリンどもの姿があった。


「なっ、うわあああああっ!なっ?何で!?ゴブリン、たちがぁっ!たしゅ、けてぇっ、かし、らぁっ!」


「ガイザっ!このおおおおおおっ、よくも仲間っ、を?うぎゃああああああああっ、足がああああっ!」


 馬鹿な……

 出来の悪い悪夢だと思いたかった。

 天井に巨大な穴が開いていた。

 そこから這い出るようにゴブリンどもが中まで降ってくる。

 数ってのは暴力だ。

 ゴブリン自体はそうでもないけど、圧倒的な数ってのは時に単体の強さをあっさりと覆す。

 そのことをタルムはよく知っていた。

 知っていた、が……何だ、あいつは?


「お前らあっ!剣を取れっ!戦かえええっ!このままだと殺されるぞっ!」


「うっ、ぐあああああああっ!」


 先の轟音でとっくに起きてたらしい手下たちが思い思いに戦い始める。

 しかし、酒を飲んでいたことに加え寝起きなせいかその動きは鈍い。

 それに加えて恐慌状態。

 誰も彼もがまともじゃなかった。

 戦い、なんて格好いいものなんかじゃない。

 子供が駄々をこねるみたいに、みっともなく手足を振り回して、何とか生き残ろうと必死に足掻いていって……誰も彼もが自分のことで精一杯なせいか、ろくに連携を取ることもなく一人、また一人とゴブリンの持つ粗末な刃に貫かれて倒れていく。

 死んだ奴の居る場所は一目で分かるほどにゴブリンが群がっていた。

 ゴブリンというのは馬鹿だ。

 動かなくなった相手にこれ幸いと群がって、どいつもこいつも既に屍になっているのにすら気付かずに刃を突き込んでいく。

 可哀想だが、それはいい。

 死体が原型をとどめないほどに弄ばれている光景は見ていて怒りがこみあげるものではあるけれど、群がってくれればそれだけ他の奴らが楽になるから。

 自分たちが生き残れるから。

 こんな状態でもゴブリンは何匹か始末できていた。

 皆が狂乱の様子で剣を振るっている。

 それはいい。

 それより、だ。


 グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 咆哮が耳を打つ。

 岩でとりあえず形だけ整えたと言わんばかりの粗末な斧が、轟音を伴って振るわれる。

 タルムは必死に戦っていた。

 分からないが恐怖を律して、自分でも勝てそうなゴブリンに切りかかっていた。

 手下たちにも指示を出した。

 しかし、あれは、何なのか?


「ゴブリンキング、って奴なのか!?」


 剣を振るいながら思わず叫ぶ。

 ゴブリンには有り得ない巨体だった。

 人の五倍以上はある。

 だから、最初はオーガみたいな鬼人の類かとタルムは思った。

 だが、違う。

 その身体はゴブリンの見た目そのものだった。

 ただ大きさだけが規格外にデカいだけだ。

 デカいからその分、力も強く、身体も重い。

 アジトの天井をぶち抜いたのはあのゴブリンだ。

 しかし、それが分かってるからと言ってタルムにはどうしようもなかった。


 ググオオオオオオオオオオオッ!


「うわぁっ!?」


「ぐっ、頭ぁっ!」


 その腕が振るわれるたびに、人が紙くずのように吹き飛んでいく。

 壁面に叩きつけられ、身動きも取れなくなっていく。

 そこにゴブリンどもが群がって確実な止めを刺していく。

 希望なんて一つも見えない最悪な状況だった。

 一つ、希望になりそうなものがあると言えばそれは……あの巨大ゴブリンは味方も敵もお構いなしなこと。

 ゴブリンだろうと人だろうとまとめて吹き飛んでいく。

 だが、そのゴブリンに至っては天井の穴から間断なく補充されている。

 だから、そんなことは希望にはなり得なかった。

 仲間が次々と死んでいく。

 倒れていく。


「もう無理だぁっ!逃げようぜ、頭ぁっ!」


「……ああ、逃げたきゃ勝手にしやがれ」


「っ!あ、あんた。戦おうってのか!?逃げようとしねえのか?いかれてやがる……頭おかしいぞっ!あんたぁっ!」


 逃げ出す奴も複数いた。

 だが、タルムは引き留めることはしなかった。

 止めることが出来なかったからだ。

 確実に死ぬような状況で、戦えなんてタルムには言うことが出来なかったから。

 いや、本音を言えばタルム自身もこの場を逃げ出したかったから。

 逃げて、自分の命だけでも何とか。

 でも、タルムはそれをしなかった。

 出来なかった。


 子供たちが、檻の向こうに居るから。


「うおおおおおおおおあああああああっ!」


 叫んで切りかかる。

 それが振り回される斧にあたるのと同時に、吹き飛ばされる。

 壁面に叩きつけられ、身体の中の空気が一気に出て行く。

 こんなことで勝てれば世話なかった。

 こんな化物に勝てるほど自分が強くないことなんてタルム自身すでに分かっていた。

 でも、逃げることなど出来なかった。

 諦めることなど出来なかった。


 鉄格子……締めといて正解だったな。


 子供たちの居る檻に繋がるその場所で、通れないから素通りして近場の奴に襲い掛かっているゴブリンを見て安心をする。

 ここで俺は死ぬだろう。そんな予感がタルムにはあった。

 村を巻き込んだツケが回ってきたのかな、なんてそんなことを思ってすぐに考えを打ち消す。

 責任、そんなことじゃ片付けられないことをタルムは村にしてしまったから。

 身体がボロボロで、もう満足に動けもしないけど足に力を込める。

 巨大ゴブリンに切りかかっていく。


「村は……村の、子供たち、だけは」


 俺が守るから。

 例え命を使ってでもこいつを倒す。

 刺し違えてでも、この場は死守する。

 そんな気持ちで突撃していく。

 しかし、それは気持ちだけで身体は付いて来なかった。


 ゴブアアアアアアアアッ!


「あっ」


 振られた拳に腕が消し飛んだかのような衝撃が、左手を襲う。

 指の感触が、もう無かった。

 質の悪い剣はその衝撃でぽっきりと折られていて、もうどうしようもない。

 気持ちは猛っていたけど、身体の動きは鈍かった。

 突っ込んだと思った動きはただチンタラと駆けていっただけで、ゴブリンには脅威でも何でもなかった。

 

 死ぬ。


 見上げた視界の中、振りかぶる大斧だけがやけにはっきりと見えていて……それがボーと見上げるしか出来ないタルムに向かって振り下ろされる。


 グウアアアアアアアアアッ!


 叫びも上げる間もなく脳天から真っ二つにされる。

 だが、タルム自身の予想を裏切ってその斧は身体の真ん前を通過するだけだった。


「うあっ!」


 衝撃に吹き飛ばされる。

 服もばっくりと切り裂かれて、首に下げていたペンダントが鎖を引き千切られて後ろへすっ飛んでいく。

 でも、それだけだった。

 白黒に明滅する視界の中、何とかゴブリンの方を見ると……巨大ゴブリンは何故か膝を着いていて。

 それどころか、ちょっと前までにあれほどに居たゴブリンどもの姿がまるで見えない。

 これは、いったい?

 そう思っているところに、後ろから足音が反響して聞こえてきた。


「……成程、そういう、ことだったんだ」


 その声は少し前に聞いた、少年の声。

 チャラリと金属が揺れる音がする。

 ペンダントの蓋を締める音がする。

 そして、その姿がタルムを庇うように前へ出た。 


「村長さんが言ってた『子供たち』それはあの子たちだけじゃない、あなたのことも含まれていたんだねタルムさん」


「……まぁ、突っ込みたいことは色々あるけど。この場はわたしたちに任せて休みなさい。何とかしてあげるから」


 その言葉に、タルムは何も言うことが出来ずに倒れた。

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