第6話 到達
ほの暗い洞窟の中をレンくんとランちゃんが迷いなく駆け抜けていく。
洞窟内は不快な匂いで満ちていた。
ゴブリンの血と体臭、それらが入り混じった死臭……進むたびにあちらこちらにと増えていくゴブリンの死体。
刃物で斬り裂かれたような傷跡でした。
おそらく戦闘の跡でしょうね。
それも現在進行形で続いている。
進めば進むほど、死後間もない死体が増えていく。
その状況に顔を顰めながら、レンくんとランちゃんは洞窟内を駆けていました。
「数、増えてきたわね」
「そう、だね。戦う回数が減ったのはいいけど……」
確かに、あれから戦闘の回数は減りました。
代わりに在るのは物言わぬ死体。
それが洞窟内に立てかけられた幾つかの松明に照らされて、光無き目で虚空を見据えている。
入り口付近に居たのはレンくんとランちゃんが始末しましたからね……
残っているのは既に内部へと侵入していたゴブリンだけでしょう。
時間を掛ければまたこちらへ侵入してくるゴブリンは居るかもしれませんけどね。
この死体はタルムさんがゴブリンを倒して進んでいった証のようなものでしょうね。
グ、ググ、グギャアアアッ!
「邪魔っ」
叫び声を上げて死にかけだったゴブリンが襲い掛かってくる。
しかし、それらはレンくんによって切り裂かれ、ランちゃんに飛び掛かったものは勢いのまま後方へと投げ飛ばされて、あえなく命を散らしていく。
二人とも、特に何も言うことなく進んでいきました。
まぁ、これくらいで二人が危険になる道理はありませんからね。
私も安心して見ていられるというものです。
二人の安定した対処。
少しでも魔力を節約するために、徒手空拳でゴブリンをいなしていくランちゃんを後ろで見守りながら走っていく。
ランちゃん、魔法使いなんですけど接近戦が大の得意なんですよね。
剣の間合いであればレンくんの方が有利なのですが、それより前—格闘戦の間合いだとランちゃんに軍配が上がるんですよ。
私は魔法が主体になるように育てたはずなのですけど……同じくらいに得意になってしまったんですよね。
不思議なことです。
腕を捻じ曲げられたゴブリンが後ろにすっ飛んでいく。
襲い来る数も少なく、二人には余裕さえあるほどでした。
「ふぅん……あの人、随分と始末したみたいね。一人で」
「うん、そうだね……僕、何だかちょっと胸騒ぎがするよ。無謀だ」
倒れ伏すゴブリンを見ながら、二人がポツリと呟く。
奥に進むにつれ、死にかけのゴブリンが増えてきましたからね。
トドメを刺しきれていない。
詰めが甘かったのか、余裕が無かったのか……おそらく、疲れてきていたのでしょうね。
処理が雑になっている。
その後始末をするような形でレンくんとランちゃんが駆けていっているのが現状と言えるでしょう。
傷の浅いゴブリンも出てきているような状態。
それらを押しのけて、斬りつけながら先へ進んでいく。
「っ、近い、かな?」
「ん、そうね。何か聞こえてきたわ」
奥の方から物音が聞こえるようになってきました。
金属音。
武器を振り上げて、それが固いもので防がれている……そのような音が道の先から聞こえてきている。
戦闘の音ですね。
認識してから、レンくんとランちゃんの駆ける足にいっそう力がこもりました。
「っ、ここだっ。この先に……タルムさぁぁぁんっ!」
「ちっ、邪魔なゴブリンだわ。吹き飛べっ!」
風が、ひときわ強く暴風としてランちゃんの手から放たれて、道を塞ぐような形で倒れているゴブリンたちを吹き飛ばしていく。
その風に殺傷性はありませんでした。
そのような力を込める時間はありませんでしたからね。
ただ、押しのけるためだけに力任せに放たれたその魔法はゴブリンを吹き飛ばすだけにとどまらず……その先、物音がする開けた空間へと突進していき……それにより出来た道を駆け抜ける形でレンくんとランちゃんが広間へと突っ込んでいく。
「なっ!?」
ゴブゥゥゥゥゥゥゥッ!?
一足早く突き抜けた風が、人影の前に居る……明らかに通常のゴブリンとは違う進化した個体であろう大きな身体を弾き飛ばして土煙を巻き上げる。
そこに、血だらけのタルムさんが驚愕に目を見開いた状態で居ました。
「っ、こ、これは……?」
状況をまだ分かっていないタルムさんが、その手から力が緩んだみたいで剣を取り落とす。
滴る血……力なく膝をつく、疲労が露わな身体。
それを支えるように二人が彼の元へ駆け寄っていきました。
「ん、生きてるわね。さっさと行くわよ」
「ぅ、お前、たちは……村に居た……?そうか、来て、くれたか……そうか、そうか……すまない」
「タルムさん、そういうのはいいから。早く外に」
「悪い、が……そう、も」
轟音が鳴り響く。
三人の会話を遮るように、岩塊が辺りに吹き飛んでいく。
人よりも大きい、二メートルはあろうかという巨体。
ゴブリンにしてはあり得ないほどに大きく発達した身体の、その個体は先ほどのランちゃんの魔法くらいではケガ一つも付いていないようで苛立ちの咆哮を発していました。
瞬間、タルムさんとランちゃんを庇うようにレンくんが剣を抜いて前へ。
立ち上がろうとして体勢を崩したタルムさんをランちゃんが支えて、溜息を吐いていました。
グギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
「う、ぐ、奴を、倒さねえ、と、奴、を……うぐっ」
「……逃げるよりも回復が先ね。そうでないと動けそうにもないわ。レン?」
「分かってるっ。だから、ランはタルムさんをっ!」
叫び、裂帛の雄叫びを上げて立ち向かっていく。
真っ向から振り下ろされた剣は、そのまま巨大なゴブリンの拳へと突き当たり……硬質な音を響かせる。
「たああああああああっ!」
グ、ゴブアアアアアアアアッ!
二撃、三撃……振るわれる拳と剣が真っ向からぶつかり、音楽を奏でる。
それは、金属と肉体が衝突しているとは思えないほどに硬質で、耳障りな甲高い音でした。
ふぅん、どうもこのゴブリンは皮膚が金属並みの堅さを獲得しているようですね。
中々強い個体のようですね。
見た目的にはオーガの一歩手前みたいな感じですけれど。
進化しかかってるんでしょうかね?
レンくん、頑張れ~。
心の中でエールを送りながら、戦いを見守る。
その間にタルムさんの治療を行うランちゃんも横目で確認をして、ふむ、と頷く。
強いですけど、見守ってて良さそうですね。
「はあっ!」
グガッ!?
正面から切り結ぶ。
拮抗して鍔迫り合い、力比べの形へと移行するも互いに押し切れず膠着状態に陥る。
力でも負けていない様子。
レンくんが勝つでしょう。
半ば確信じみた、未来の光景がもう頭の中にあります。
ある程度の治療を終えたランちゃんも立ち上がる。
これで、二対一。
「レンっ!いつもの」
「!よしっ、お願いっ!」
ランちゃんが声を掛けるのと同時、レンくんがその場をパッと飛び退く。
途端、力を寄せていたものがなくなりたたらを踏むオーガ前のゴブリン。
そこへ、風の刃が降り注いだ。
それは強固なゴブリンの手足へと幾つもの傷を付け……その後、壁のような強風がその身体を叩きつけてゴブリンが体勢を崩す。
その時にはもう、魔力を最大限に纏わせた剣をレンくんが振りかぶっているところでした。
「ここおっ!」
光の斬撃。
魔力を纏い、薄暗い洞窟内で魔力の光を纏った剣がゴブリンの身体を袈裟懸けに両断する。
それは少しも抵抗を感じさせない滑らかさでもって、硬い皮膚を切り裂いていき、左右非対称の不格好な形で別たれたゴブリンの身体が臓物をまき散らしながら地に伏せる。
その姿はさっきまで力いっぱい暴れていた割にはあっけないもので、その手ももうピクリとも動かずに沈黙している。
二人の勝ちですね。
それは、よいのですけど……ふむ。
「大丈夫?タルムさん」
「どう?私が回復を掛けたから大分楽になってるとは思うけれど……」
剣を収めて近寄っていく。
レンくんの視線は未だに膝をつくタルムさんへ。
ランちゃんの視線は、油断なくゴブリンの死体の方へ。
私はちょっと離れた場所から全体を見通していますけど。
ふむ……あの個体、随分と強くなってはいましたけどこれは。
ゴブリンキングではない。
そう結論付けた視界の端で、タルムさんがニヤリと口の端を吊り上げるのが見えてしまいました。
「ああ……ありがとうよ。おかげで……俺たちは助かったっ!」
「へ?おれ、たち?」
レンくんの疑問の言葉、それに答えることもなくタルムが指を鳴らす。
直後、周囲の壁が吹き飛びました。
穴だらけの壁を無理やり埋め込んだような形で壁が吹き飛んでいく、その中、二人を取り囲むように大量の人が粗末な剣を構えてこちらを見ています。
ん、これは……山賊の方々ですね。
見覚えのある粗末な格好に、成程と私は納得をする。
巣穴ではなく、盗賊団のアジトがゴブリンに襲われていたのです。
ふぅ、レンくんもランちゃんも妙なことに遭遇してしまいましたね。