第2話 見守り
「薪……薪ってどんな枝がいいんだっけ?」
「さあ、適当に拾ってきて着火すればいいんじゃない?」
「そうかな……何か、先生に習ったような気もするけど……」
「駄目だったら駄目でまた拾って来ればいいじゃない、さっさと終わらせましょ」
二人が荷物を置いてバラバラの方向へと行くのをじっと見つめて、溜息。
困ったものです。
「二人とも……危機感が足りませんよ」
こんなところで荷物を放り出して、誰も残らずに出払うなど言語道断です。
それに薪に関しても、私はしっかりと教えたはずなのですが、ね。
「まぁ、仕方ないことかもしれませんね……」
講義で聞いただけのことを完璧に実践するだなんて難しいことでしょう。
ここは私の教育不足だと思っておくべきところでしょう。
二人は悪くないのです。
これはきっと私の至らなさ。
二人だけで旅をするのも初めてですし。
きっと浮かれてもいるのでしょう。そのあたりにまで考えがいかない。
「付いて来て、正解でしたね……」
ひとまずは私が荷物番をすることとしましょう。
それが私に出来る最低限の手助けというものですから。
「さて……」
周囲に薄く魔力を流していく。
索敵魔法です。
これでレンくんとランちゃんの荷物を狙うような不届き者は一切許しません。
軽い結界も兼ねているので魔物が寄りつくのを防ぐ効果もあるでしょう。
これなら、レンくんとランちゃんの位置も逐一分かりますし、ね。
「ふぅ、やれやれ」
今のところは問題なさそうですね。
二人とも別々の地点で足を止めて薪を拾っている様子です。
安心、と言えば安心なのですけどね。
歯がゆいですね……
こんなときに身体が二つも三つもあればと思わざるを得ません。
そうすれば全てを直に見守ることが出来るのに……
「まぁ……ここは二人が居ない内に出来ることでも優先するとしますか……」
二人は私の元を卒業した者。
技術や知識、それが一定の水準を超えたと判断したから卒業の証を渡したのです。
でも、それと私が心配をすることは別問題なわけです。
だって、あんなに小さな頃からずっと一緒に暮らして育てていたのですよ?
私が居ないところで何か大変な目に遭ってないか?
ちゃんとやれているか心配になるのは保護者として当然でしょう。
ただまぁ、私が二人の成長の妨げになるわけにもいかないのでこうしてこっそりと見守るに留めるわけですが、ね。
「さてさて、お金の方は大丈夫でしょうか?」
まずは荷物チェックから始めるとしましょうか。
二人とももう卒業をするからと見せてくれませんでしたからね。
ふむ、まぁ、適量と言えるくらいの量ではありますか……
ですが、ここは少し追加しておくとしましょう。
多すぎて困ることなどありませんからね。
次は……
「食料は少なめですね……」
荷物の中に入っている食料は十分とは言えない量でした。
街に着くまで少なく見積もっていたのでしょうかね?
これでは一日もつかどうか……
確かに、山奥とはいえレンくんとランちゃんの足であれば辿り着ける。
私が鍛え上げたのです。
速さ的には申し分ない。
とはいえ、です。何かが起こらないとも限らない。
これも少し足しておいた方が良さげですね。
「まったくもう……自分でやると言っていたのに、困ったものですね」
見せてくれなかったのです。
行く前に私が点検で来ていればこんなことにはならなかったのですが……本当にやれやれですね。
ただ、それが呆れる反面、少し嬉しい。
まだこんなところで先生として愛する教え子の世話が出来るのですからね。
心が温かくなる。
まぁ、本当は完璧に出来ているのが理想なのですけど、ね。
点検も終えて定位置に戻る。
木の影。
そこで待つこと数分。
二人はまだ帰ってこない
「……遅いですね」
索敵魔法のおかげで二人の場所は分かるのですが……バラバラで離れた位置に止まっていて動きません。
薪を拾っているのは確実なわけですが……
「……ふむ」
薪なんてこの近くに落ちている枝を拾ってくるので十分なはずなのですけどね?
何をやっているのでしょう?
この感じですと、まだまだ私がやってあげられることは多そうですね。
思っている間に索敵に新たに引っかかりましたし。
「この反応は……ウルフ?」
二人に襲い掛かろうとしている魔力反応がありました。
結界に関してはこの拠点に立ち入らないようにしてあるため、遠方に居る二人に関しては効果がない。
複数の反応が取り囲むように動いてますね。
とりあえずそこに魔法を打ち込んで追い散らしておきますが……
ウルフ、というのは群れで戦う魔物ですからね。
先程の反応の通り、複数が取り囲むように動き……そして、一世に襲い掛かる。
地の利を活かしてくるので山で戦うにはかなり厄介な魔物なわけですよ。
やはり、これはちょっと初戦の相手には相応しくありませんよねぇ……
スライムかゴブリン……もっと弱い魔物が初戦には相応しいと思うのです。
で、その後にウルフ、と。
夜、というのもウルフに有利な条件の一つでもありますからね。
「ふむ……こんなものでしょうか?」
レンくんとランちゃんの周囲にあった反応が遠ざかっていったのを確認して、また魔法の方へと集中する。
集中力を切らして見つかりなどしたら滑稽ですからね。
まぁ、二人はまだ今のところは戻る様子は無いわけですが。
ふむ……万が一に備えて私もそれとなくお手伝いをすることにしておきますか。
「この辺り……少し湿り気がありますからね」
二人が拠点として定めている場所。
そこを魔法により湿気を取り除き居心地をよくしておく。
それから薪ですね。
水分を飛ばし、不自然じゃない程度に周囲に撒いて……
これで見つからなかったときも何とかしてくれるでしょう。
そうこうしているうちに薪拾いは終わったみたいで、二人がこっちに帰ってくるのを感じましたが……
まだ随分と遠くに居ますね……
おそらく初めてのことだから拾っていく内に段々と遠くまで行ってしまった、とかそんなところでしょう。
道はしっかりと覚えているでしょうかね?
不安に思っていると、微弱な魔力反応がまた一つ索敵に。
これは……
「げっへっへ、何だこれはぁ?盗れるもんの見回りなんて毎日意味ねぇって思ってたのによぉ……ぐひひっ」
小汚い身なり。
洗っていないことが一目で分かるみすぼらしい見た目。
明らかに山賊ですね……
まぁ、山賊などやっている以上は定期収入はないでしょうし、この状態にも納得ではありますが……
擦り切れた上着に、つぎはぎだらけのズボン。
そして、刃こぼれの酷い、まるで手入れのされていないことが丸わかりの剣……
「おぉ、おおおっ、ふへへ、綺麗な荷物入れじゃねえかっ!これならいいもんいっぱい入ってそうだぜ~!」
あぁ、だから危ないと言っておいたのですけどね……
拠点に人を残す理由。
それは魔物に荒らされたり、とか色々とありますけど……理由は単純明快に一つです。
危険なんですよね。
荷物なんてのは旅の生命線なのです。
それがこんなふうに荒らされたり取られたりする可能性は未然に防がなければなりません。
例えば、街の近くで、出発して一日目なら別に引き返せば何とかなるでしょうけれど。
それが街から離れていたら?
旅路の半ばであったら?
引き返すのにも時間がかかります。
その間に何の準備もなしに身一つで生き延びなければならないのです。
そんなのは、無理難題と言えましょう。
出来る人も居るでしょうが、ね。
なるべくならそういう状況にはならない方がよい、というわけです。
まぁ、そんなわけですから喜んでいるところ悪いのですがこの人には……
「ふふ、ぐふふふ、これなら兄貴にも言わずに俺だけのものにしちまって売っ払っちまえば……げへ、げへへへへっ、うし!じゃあ遠慮なく貰うとするか」
「ご遠慮くださいね」
「っ、だ、誰だっ!?」
後ろから忍び寄って山賊さんを捕縛。
これがレンくんとランちゃんの二人だけであれば通用したのですが、ね。
残念ながらこの場には私が居るのです。
私の目の黒い内にはこのような真似は許しません。
荷物を盗ろうと伸ばした手を掴んだまま山賊さんを木陰まで運び去る。
まったく……不用心なのも悪かったですが、この人もこの人ですね。
「だっ、誰だっ!誰だって聞いてん、んんっ!?」
「し~、静かに。あまり騒いでもらっては困りますよ」
「っんん~、ぅ~~~~~~ぅ」
騒ぐ口を魔法で塞ぎ、音が出ないように細工。
風魔法のちょっとした応用ですね。
空気が音を伝えないようにするわけです。
それとついでに水魔法で洗浄も施しておきましょうか。
これで匂いと、それと汚れからもおさらばというわけです。
あぁ、匂いが残っているのでそれも散らさないといけませんか……
こういうことをやっていると無駄に風魔法の扱いが巧みになっていくのですよね。
それから……今度はウルフですか。
先程追い払った一段ですね。
また二人を狙っているのですか……これもまた適当に散らして、と。
「……困りましたね」
この事態そのものもそうですが……無防備だからこういう事が起きるのですよね……
忘れていたことはそこそこ多い。
まず拠点への結界魔法の設置。
それから荷物番を残すこと。
そして、薪に関しても恐らくは……
自分たちで気付いてくれればいいのですけど。
「っ、っ」
「まだ帰ってきませんか……」
「っ!っ!」
「……何ですか?さっきから私の手を叩いて。忙しいので後にして貰えますか?」
「っ~~~~、っ~~~~~」
「……ふぅ」
本当に何だというのでしょうね?
さっきから山賊さんが必死に私の手を叩いてくるのです。
まぁ、私が拘束をして喋れない状態にしたのが悪いのですが。
そのように何かを訴える目をされても……何も分かりませんよ?
この方を相手にする暇も惜しいですし。
まぁ、分からなくてもいいでしょうね。これは。
今はレンくんとランちゃんを見守ることの方が圧倒的に大事ですから。
「あなたがどこの誰かは存じませんが盗みはいけないことですよ?」
「~~~っ!~~~っ!」
「まぁ、本来なら道徳の良し悪しでも説いて小一時間は相互理解のために努力を重ねるべきだろうとは思うのですけど」
その身体に手を当てて魔法を行使。
電撃魔法、関電により身体を痙攣させて山賊さんがピクリとも動かなくなる。
うん、死んでませんね。
これだけ確認すれば後はいいでしょう。
「さて、後は……ふむ、二人とも遅いですね」
山賊さんをこの葉の山に埋めて、空気穴を確保して一息。
二人は何をしているのでしょうね?
反応的にはもうそこそこ近くに居るのは分かっているのですが。
「うんぅん、こんなもの、かな?どう思う?ランは」
「さあ、試してみれば分かるでしょ。別に何でもいいじゃない」
「そんな投げやりな……」
戻ってきましたね。
私にとってはいつもの、少しほっこりするようなやり取りなわけですが……
ふむ、あんなところでノロノロとして何をしているのでしょうね?
大方生真面目なレンくんとそのあたりは特に気にしないランちゃんとの意見があっていないのでしょうが……
「まぁ、いっか……とりあえず火を付けてみよっか」
「そうね、さっさと試すのが一番よ。ぐだぐだと考えてても埒が明かないじゃない」
「……あのね……まったく、相変わらず適当なんだから」
「あんたが気にし過ぎなのよ」
拠点にする予定地、私が少し魔法で手を加えた場所ですね。
そこに拾ってきた薪を置いて火を付ける準備を整えていく。
見たところによると……あまり火を起こすのに向いてないものですね……大丈夫なのでしょうかね?二人とも
「ええ、とそれじゃあ後は……何だっけ?」
「確か……拠点には結界魔法だったんじゃない? とりあえず魔物が近寄れないようにすればいいのよ……確か」
「……不安になる一言だね、それ」
「うっさい、ならあんたが先生の講義を一言一句思い出しなさいよっ」
「……そんな無茶な」
ふむ、どうやら講義で聞いただけのことなので大分記憶が薄れているようですね。
実地では生かしてきませんでしたからね。
さてこれでちゃんと火を起こせるのでしょうか?
薪もあまり状態がよくありませんし……野営、失敗したらどうしましょうかね?
私がこっそりどうにかしようとは思うのですが。
「ええと、火をつけるには摩擦、で……ええと」
「まだるっこしいわね。そんなの魔法でやればいいじゃない?」
「え?ちょ」
ボンッと激しい爆裂音。
焦げ臭い匂いが辺りに充満する。
やはり、というか何というか……やってしまいましたか。
ランちゃん、面倒くさがり屋なんですよね……
昔から大雑把なところはありましたが……取り返しのつくこととなると特に気にしないのですよね、ランちゃんは。
薪、作っておいてよかったですね。
もう少し追加で作っておきますか。
「……脆いわね」
「脆いわね……じゃないよっ!何するんだよっ!いきなりっ!本当にそういうところ適当なんだからっ!加減もせずに魔法を使ったらこうなるって分かりそうなもんだよねっ」
「あぁ、もう、うっさいわね。あんたがもたもたしてるから代わりにやってあげたんじゃない……まぁ、ちょっとやりすぎかなとはわたしも思ったけど」
「ちょっとじゃないよっ! 大分だよっ! どうしてこんな馬鹿なことで薪を無駄にしなきゃいけないんだよっ!」
「っ、謝ってるじゃないのよ! そこまで言うことないでしょうっ! それに、それならあんたがさっさと人力で火を付ければこんなことにならなかったでしょうがっ!」
「なっ、やろうとしてるところをランが勝手に火を付けたんだろっ!」
魔法で薪を量産していく。
すると向こうからは二人の言い争う声が。
こういうところで言い争うのも危険なのですけどね。
はぁ、どうしたものでしょうかね?
「何よっ」
「何だよっ」
こういうとき卒業前は私が仲裁をしていたものですが……今はこっそりと付いて来ている身ですからね。
出ていくわけにもいきません。
レンくんとランちゃん……性格が正反対と言っていいほどに違いがありましたからね。
昔から喧嘩が絶えなかったのですよ。
しかし、こんな時にまで……
状況をよく思い出して鎮静化してくれればよいのですけど……そうでなかったら……
こういうときにこっそりと付いて来ているに過ぎない我が身の無力さに胸が苦しくなるのですよね……
どうして私はあの場に行ってはいけないのでしょう?
分かってはいるのですけど……いやになりますよねぇ。
「昔っからそうだよっ!ランはいっつも細かいことは気にしないで物を壊してっ!僕が先生に貰った大切なものを壊したの、忘れてないんだからねっ」
「かぁっ、そんな昔のことをネチネチ気にしてっ!だからあんたは駄目なのよっ!ぐだぐだ考える暇があったら試してみればいいじゃないっ!すぐに立ち止まって考えて……鬱陶しいのよっ」
「っ、それを言うならランだって!」
「何よっ!?」
はぁ、喧嘩が加速してますね。
こういうの、後々になって響くのでやめた方が良いのですけどね
二人旅なのですよ?
その相手と険悪なままで過ごすなど良いわけがないというのに……
こういったことから仲間内での信頼関係を無くし、いざという時に死に至る……旅というのはそんなに甘いものではないのです。
本当に、どうしましょうか?
ふむ、ここはまだ家の近くですからね……私が偶然を装って出ていってもまだ可笑しくはないでしょうか?
仲裁をしてあげたいのですが……
うぅむ、心情的には出ていくで一択なのですけどね……これくらいは乗り越えて欲しいという気持ちも……
と、思ったら何でしょう?
何やら二人がしんみりとしてきましたよ?
風向きが変ってきましたね。
「……こういうとき、いつもは先生が止めてくれたんだよね」
「……そうね『こらこら、喧嘩はいけませんよ』なんて言って、優しくわたしたちの間に入って……うん」
「……こうして思うとさ」
「……うん」
「……先生、もう居ないんだね」
「ん……わたしたち、もう卒業しちゃったものね」
……ここに居ますよ、と言って出て行ってはいけませんかね?
落ち込む二人の元に駆けつけて、ギュッと抱きしめてあげたい。
本当に、本当に……そうしたいのですけど、ね。
ここで出て行っては意味がない。
二人の成長の妨げとなってしまう。
ここは抑えるとしましょう。
二人とも、私が居なくてもしっかりと喧嘩を止められるようになりましたね?
「……えっと、それじゃ、また薪を拾ってこよっか?」
「そうね、今度は、わたしも手を出さないからお願いね?レン」
「うん、任せて。やってみるから」
レンくんが拠点を出ていく。
ランちゃんはその場に残ったまま、自分も向かおうとした足を止めて少し考え込んで。
「……ん、そういえば拠点には誰か残ってた方がいい……だったっけ? ん……そうよね、多分、きっと……おそらくは」
「ラ~ン?どうしたの~?」
「レン!わたし、ここに残って番をするから!」
「あぁ、うん!分かった!じゃあ、ちょっと行ってくるから」
ふむ……これは先ほどとは違って及第点を上げられそうですね。
薪拾いに行くレンくん、そしてランちゃんは拠点の見張り。
レンくんの姿が見えなくなってからランちゃんは周囲に結界を張り巡らせて、周囲の状況を整えていっていました。
うんうん、思い出してくれて先生は嬉しいですよ。
最初はちょっぴり不安でしたが、二人とも強く賢く成長をしましたね?
『だ~れ~?』
『……ねむ、すぅすぅ』
『おやおや、これはまた可愛らしい子供たちが来てくれたものですね……私はレイフォルト、これからあなたたちと一緒に暮らす先生です』
『?せんせいってな~に~?』
『すぅすぅ……おなかすいた、んぅ』
『ふふ、そうですね。ではまずはご飯にしましょうか?』
二人の幼い頃の思い出が怒涛のように流れて、目頭が熱くなってきてしまいました……
あんな小さかった二人が……よくもこんな立派に……
「……ふふ」
寂しいけど、嬉しい……何とも不思議な感覚でしょうか。
レンくん、ランちゃん……あなたたちの旅に私の姿はないでしょうけど、こうしてこっそりと見守っていますから。
頑張るのですよ?
多少の粗は私が何とかしてあげますからね?