第1話 AIが、俺の仕事を終わらせた
「来月から、君の仕事はなくなる」
課長はそう言ってから、一度だけ俺から目をそらした。
会社がなくなるわけではない。
部署がなくなるわけでもない。
なくなるのは、俺が十五年続けてきた仕事だった。
「……なくなる、というのは?」
「正確には、業務の大半が自動化される」
ああ、やっぱり。
三か月前から社内で試験運用されているAIのことだ。
見積書を作る。
顧客から届いたメールを仕分ける。
会議の記録をまとめる。
過去の案件から似た事例を拾い出す。
俺が一時間かけていた仕事を、そいつは数十秒で片づけた。
最初は便利だと思った。
俺自身、ずいぶん使った。
「人間がやらなくていい仕事は、AIに任せればいい」
昼休みに、そんなことを言った覚えもある。
まさか「人間がやらなくていい仕事」の中に、自分の仕事まで入っているとは思わなかった。
「異動は?」
「今のところ、空きがない」
「じゃあ、俺は?」
課長は答えなかった。
窓の外を、小さな配送ドローンが横切っていった。
機械は昔より静かになった。
人の代わりになるときまで、ずいぶん静かだ。
*
会社を出たのは、午後六時十二分だった。
こんな時間に帰るのは久しぶりだった。
駅へ向かう人の流れに混じりながらスマートフォンを見ると、会社から新しい通知が届いていた。
《キャリア支援AIが、あなたの経験に適した職種を提案します》
思わず笑った。
俺の仕事をなくしたのもAIなら、次の仕事を探してくれるのもAIらしい。
通知を閉じた。
駅前のコンビニに入り、缶コーヒーを一本取る。
レジに人はいない。
商品を持ったままゲートを通れば、自動で精算される。
店員が減ったとき、俺は何とも思わなかった。
駅員が減ったときも。
問い合わせ窓口から人の声が消えたときも。
便利になった。
ただ、それだけだった。
自分の番が来るまでは。
*
家へ帰る気になれず、俺は一つ手前の駅で降りた。
川沿いの道を歩いた。
高架の向こうにマンションの明かりが並び、足元の草むらでは虫が鳴いていた。
しばらく歩いているうちに、ふと思った。
この声は、いつからここにあるのだろう。
十年前。
百年前。
千年前。
人間が電気を知らなかったころにも、秋になれば同じように鳴いていたのだろうか。
スマートフォンが震えた。
《今後の人生設計について、AIアドバイザーと相談しますか?》
「余計なお世話だよ」
誰もいない道で口に出した、その直後だった。
画面が消えた。
「え?」
電源ボタンを押す。
反応がない。
さっきまで七十パーセント以上あったはずだ。
腕時計を見る。
こちらも消えていた。
街灯が一つ、落ちた。
少し先でもう一つ。
その向こうも。
まるで暗闇がこちらへ走ってくるように、川沿いの明かりが次々と消えていった。
対岸のマンションまで暗くなる。
それと同時に、車の音が消えた。
電車の音も。
遠くの信号の電子音も。
最後に、足元で鳴いていた虫の声だけが残った。
「停電か?」
顔を上げて、俺は立ち止まった。
星が見えた。
東京の近くで、こんな空を見たことがあっただろうか。
一つ、二つではない。
数える気にもならないほどの星が、空いっぱいに広がっていた。
川の向こうで、白い光が走った。
雷だと思った。
だが、音がしない。
次の瞬間、足元の感覚が消えた。
落ちる。
そう思って目を閉じた。
*
土の匂いがした。
湿った、濃い匂いだった。
鳥が鳴いている。
近い。
恐る恐る目を開けた。
木が見えた。
一本ではない。
見渡す限り、木だった。
俺は土の上に倒れていた。
身体を起こす。
川はあった。
それだけだった。
護岸がない。
高架がない。
マンションがない。
道路も、電柱もない。
「……何だよ、これ」
ポケットを探る。
スマートフォンはあった。
何度押しても画面は黒いままだった。
風が吹いた。
木の葉が一斉に揺れた。
そのとき。
背後で枝の折れる音がした。
振り返った。
人がいた。
十メートルほど先に、一人。
髪は長く、見慣れない服をまとっている。
手には長い棒。
いや。
先端に石がついている。
槍だ。
最初に思ったのは、撮影だった。
映画か、テレビか。
だが、カメラがない。
スタッフもいない。
その人物の後ろから、もう一人現れた。
さらに一人。
三人とも俺を見ていた。
俺が驚いているのと同じくらい、向こうも驚いているようだった。
一人が槍を構えた。
「待って」
俺は両手を上げた。
「怪しい者じゃない。俺は――」
相手が叫んだ。
言葉が止まった。
何を言っているのか、分からない。
日本語ではなかった。
少なくとも、俺の知っている日本語ではない。
もう一人が何かを叫ぶ。
最初の男が槍を握り直した。
その手首に、編んだ紐のようなものが巻かれていた。
俺は三人を見る。
三人も俺を見る。
そのときになって初めて、自分の服装が向こうからどう見えているのかを考えた。
シャツ。
スラックス。
革靴。
腕時計。
そして、黒い板のようなスマートフォン。
おかしいのは、向こうじゃない。
この場所では。
この時代では。
おかしいのは、俺のほうだ。
槍の先が、少しだけ近づいた。
俺は、もう一度言った。
「待ってくれ」
だが、その言葉もまた、誰にも届かなかった。
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