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禿頭戦線-HKS-〜前髪至上主義への反逆〜  作者: qp46


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第二話 同志たち

 秀人は十分後悔していた。


 


 目の前には古びた雑居ビル、三階の一番奥には銀色のプレートが貼られている。


 


【禿頭戦線-HKS-】


 


 どう見ても終わっていた。


 


「……帰ろうかな」


「逃げるのか、鬼頭 秀人(きとう ひでと)


 


 後ろから声が飛び、秀人は肩を震わせる。


 昨日の男――光山 光三郎みつやまこうざぶろうが腕を組みながら立っていた。


 


「いや普通怖いだろ、初対面で革命に来いとか言われて来るやつそんな居ねぇよ」


「だが君は来た」


「ちょっと気になっただけだ」


「それを運命という」


「重ぇんだよハゲのくせに」


 


 光山は静かに扉を開いた。


 


「来い、新たな同志よ」


「だからまだ同志じゃねぇって」


 


 半ば押し込まれるように部屋へ入った瞬間、秀人は言葉を失った。


 


 そこには十人ほどの男達がいた。


 


 全員、ハゲだった。


 


「新人か」


「若いな」


「まだ残ってる方だな」


「生え際は来てるけど」


「初対面で人の頭分析すんな!!」


 


 部屋中から「わかる」「右前線が特に危険だ」など好き勝手な声が飛ぶ。


 


「いや怖ぇよ!! なんなんだこの空間!!」


 


 一人の男が静かに立ち上がった。


 白衣姿、細身、頭頂部だけ綺麗に消失している。


 


「初めまして、毛利 毛太郎(もうり けたろう)です」


「名前の圧がすごいな」


「元育毛研究員です」


「説得力が真逆なんだよ」


 


 毛利は遠い目をした。


 


「三百万ほど使いました」


「急に重くなるな」


「最終的に気づいたんです、人類は“生やす”ことばかり考えすぎていると」


「なんか名言っぽく言うな」


 


 次に大柄な男が立ち上がる。


 


剃田 剛(そりた ごう)だ」


「うわ、名前で覚悟決まってる」


「俺はスキンヘッドだ」


「見りゃ分かる」


「勘違いするな、これはハゲではない」


「じゃあ何なんだよ」


「戦闘形態だ」


「知らねぇよ」


 


 さらに奥ではリーゼントを無理やり維持している男が鏡を見ながら呟いていた。


 


「まだ終わってない……まだ俺はやれる……」


「あの人めちゃくちゃ危ないじゃん」


 


 光山が静かに説明する。


 


生島 陸(いくしま りく)、二十二歳だ」


「若っ」


「本人だけは“まだ薄いだけ”と言い張っている」


「だってまだイケるだろこれ!!」


「その前髪の後退速度でよく戦えてるな」


「黙れハゲト!!」


「お前にだけは言われたくねぇわ!!」


 


 部屋中が笑いに包まれる。


 


 くだらなかった。


 本当にくだらなかった。


 


 なのに不思議と居心地が悪くない。


 


 誰も隠していなかった。


 帽子も被らない。


 視線を気にしない。


 ハゲであることを誤魔化そうとしていない。


 


 その空気が少しだけ羨ましかった。


 


「まあそう警戒すんなって」


 


 缶コーヒーを片手に近づいてきた男が笑う。


 


滝川 照夫(たきがわ てるお)だ、みんなからはテルさんって呼ばれてる」


「どうも……」


「ここ来るやつ、最初は全員そんな顔するんだよ」


 


 テルさんは缶コーヒーを秀人へ投げた。


 


「でも案外悪くねぇぞ、ここ」


 


 秀人は缶コーヒーを受け取り、小さく息を吐く。


 


「……で、君の名前は?」


 


 毛利が改めて聞いてくる。


 


鬼頭 秀人(きとう ひでと)だけど」


 


 その瞬間、部屋の空気が止まった。


 


「待て」


 


 毛利がゆっくり顔を上げる。


 


「今、“ひでと”と言ったか?」


「……? そうだけど」


 


 剃田が静かに立ち上がる。


 


「漢字は」


「秀人」


 


 数秒の沈黙。


 


 次の瞬間。


 


「――見つけたぞ」


 


 光山が立ち上がる。


 


「“秀”……いや、“禿”」


「違う違う違う」


 


 テルさんが肩を震わせる。


 


「読める……読めるぞ……!!」


「読むな!!」


 


 生島が勢いよく前へ出る。


 


「なら決まりだな!!」


「何が!?」


 


 光山が秀人の肩を掴む。


 


「お前は今日から――」


 


 全員が立ち上がる。


 


「「「ハゲトだ!!」」」


 


「いやもう会社で呼ばれてるけど!!」


 


 部屋が静まり返る。


 


「……なんだと?」


 


 光山の目が細くなる。


 


「既に名を持っていたか……」


「そんな継承イベントみたいに言うな」


 


 テルさんが静かに頷く。


 


「運命だったんだな……」


「違ぇよ、ただの悪口だよ」


 


 だが光山は真顔だった。


 


「誇れ、ハゲト」


「だからなんでだよ」


「禿げとは、戦い抜いた戦士の証である」


「勝手に歴史作んな!!」


 


 その瞬間だった。


 


 パンッ!!


 


 突然、光山が机を叩く。


 


「諸君」


 


 部屋の空気が変わる。


 


「我々は長年、耐え続けてきた」


 


 全員の視線が光山へ集まる。


 


「髪が薄いだけで笑われる」


「恋愛対象から外される」


「“ハゲキャラ”として雑に扱われる」


「本人が嫌がれば“ノリ悪い”と言われる」


 


 秀人の表情が少し変わった。


 


 全部、覚えがある。


 


「だがなぜだ」


 


 光山は静かに言う。


 


「デブいじりは炎上する、容姿いじりも問題視される、だがハゲだけは違う」


 


 部屋が静まり返る。


 


「本人も笑わなければ空気が悪くなる、だから自分でネタにするしかない」


 


 秀人は黙る。


 


 会社でもそうだった。


 自分が笑えば空気が回る。


 自分でハゲをネタにすれば場が軽くなる。


 本当は少し傷ついていても。


 


「ならどうするんだよ」


 


 秀人が低く聞く。


 


 光山は静かに笑った。


 


「流行を作る」


「……は?」


 


 毛利がホワイトボードを出す。


 


【ハゲ=かっこいい】


 


「無理あるだろ」


「最初はタピオカもそう言われていました」


「ハゲとタピオカ並べるな」


 


 テルさんが腕を組む。


 


「人類は雰囲気で流行る生き物だ」


「なんでそんな説得力あるんだよ」


「つまり堂々としている側が勝つ」


 


 光山がゆっくり秀人を見る。


 


「隠すから弱く見える、恥ずかしがるから笑われる、ならば我々は隠さない」


 


 次の瞬間、光山はサングラスを外した。


 


 照明が反射した。


 


「うおっ、眩しっ!?」


 


「これが覚悟だ」


「覚悟で反射率変わんの!?」


 


 部屋中の男達が立ち上がる。


 


「帽子を取れ!!」


「頭皮を晒せ!!」


「光を恐れるな!!」


 


「標語終わってんだろ!!」


 


 だが秀人は少しだけ笑っていた。


 


 くだらない。


 本当にくだらない。


 


 でもここでは、“ハゲだから”という理由だけで見下される感じがなかった。


 


 その時だった。


 


 バンッ!!


 


 勢いよく扉が開く。


 


「リーダー!! SNSの投稿また炎上してます!!」


 


 入ってきた女を見て、秀人は固まる。


 


「……光山さん?」


「鬼頭さん!? なんでここにいるんですか!?」


 


 部屋の空気が止まる。


 


 光山はゆっくり振り返った。


 


「来たか、真白」


 


 真白は一瞬だけハッとした顔をする。


 


「おとうさ――」


 


 咳払い。


 


「……こほん、リーダー」


 


 秀人の動きが止まる。


 


「……ん?」


 


 ゆっくり真白を見る。


 ゆっくりリーダーを見る。


 


「……光山?」


 


 数秒の沈黙。


 


「……光山!?」


 


 テルさんが静かに目を逸らした。


 


 毛利は「あー……」みたいな顔をしている。


 


 生島だけが空気を読まず叫んだ。


 


「バレたぁ!!」


 


「いや絶対そうだろ今ので!」

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