第二話 同志たち
秀人は十分後悔していた。
目の前には古びた雑居ビル、三階の一番奥には銀色のプレートが貼られている。
【禿頭戦線-HKS-】
どう見ても終わっていた。
「……帰ろうかな」
「逃げるのか、鬼頭 秀人」
後ろから声が飛び、秀人は肩を震わせる。
昨日の男――光山 光三郎が腕を組みながら立っていた。
「いや普通怖いだろ、初対面で革命に来いとか言われて来るやつそんな居ねぇよ」
「だが君は来た」
「ちょっと気になっただけだ」
「それを運命という」
「重ぇんだよハゲのくせに」
光山は静かに扉を開いた。
「来い、新たな同志よ」
「だからまだ同志じゃねぇって」
半ば押し込まれるように部屋へ入った瞬間、秀人は言葉を失った。
そこには十人ほどの男達がいた。
全員、ハゲだった。
「新人か」
「若いな」
「まだ残ってる方だな」
「生え際は来てるけど」
「初対面で人の頭分析すんな!!」
部屋中から「わかる」「右前線が特に危険だ」など好き勝手な声が飛ぶ。
「いや怖ぇよ!! なんなんだこの空間!!」
一人の男が静かに立ち上がった。
白衣姿、細身、頭頂部だけ綺麗に消失している。
「初めまして、毛利 毛太郎です」
「名前の圧がすごいな」
「元育毛研究員です」
「説得力が真逆なんだよ」
毛利は遠い目をした。
「三百万ほど使いました」
「急に重くなるな」
「最終的に気づいたんです、人類は“生やす”ことばかり考えすぎていると」
「なんか名言っぽく言うな」
次に大柄な男が立ち上がる。
「剃田 剛だ」
「うわ、名前で覚悟決まってる」
「俺はスキンヘッドだ」
「見りゃ分かる」
「勘違いするな、これはハゲではない」
「じゃあ何なんだよ」
「戦闘形態だ」
「知らねぇよ」
さらに奥ではリーゼントを無理やり維持している男が鏡を見ながら呟いていた。
「まだ終わってない……まだ俺はやれる……」
「あの人めちゃくちゃ危ないじゃん」
光山が静かに説明する。
「生島 陸、二十二歳だ」
「若っ」
「本人だけは“まだ薄いだけ”と言い張っている」
「だってまだイケるだろこれ!!」
「その前髪の後退速度でよく戦えてるな」
「黙れハゲト!!」
「お前にだけは言われたくねぇわ!!」
部屋中が笑いに包まれる。
くだらなかった。
本当にくだらなかった。
なのに不思議と居心地が悪くない。
誰も隠していなかった。
帽子も被らない。
視線を気にしない。
ハゲであることを誤魔化そうとしていない。
その空気が少しだけ羨ましかった。
「まあそう警戒すんなって」
缶コーヒーを片手に近づいてきた男が笑う。
「滝川 照夫だ、みんなからはテルさんって呼ばれてる」
「どうも……」
「ここ来るやつ、最初は全員そんな顔するんだよ」
テルさんは缶コーヒーを秀人へ投げた。
「でも案外悪くねぇぞ、ここ」
秀人は缶コーヒーを受け取り、小さく息を吐く。
「……で、君の名前は?」
毛利が改めて聞いてくる。
「鬼頭 秀人だけど」
その瞬間、部屋の空気が止まった。
「待て」
毛利がゆっくり顔を上げる。
「今、“ひでと”と言ったか?」
「……? そうだけど」
剃田が静かに立ち上がる。
「漢字は」
「秀人」
数秒の沈黙。
次の瞬間。
「――見つけたぞ」
光山が立ち上がる。
「“秀”……いや、“禿”」
「違う違う違う」
テルさんが肩を震わせる。
「読める……読めるぞ……!!」
「読むな!!」
生島が勢いよく前へ出る。
「なら決まりだな!!」
「何が!?」
光山が秀人の肩を掴む。
「お前は今日から――」
全員が立ち上がる。
「「「ハゲトだ!!」」」
「いやもう会社で呼ばれてるけど!!」
部屋が静まり返る。
「……なんだと?」
光山の目が細くなる。
「既に名を持っていたか……」
「そんな継承イベントみたいに言うな」
テルさんが静かに頷く。
「運命だったんだな……」
「違ぇよ、ただの悪口だよ」
だが光山は真顔だった。
「誇れ、ハゲト」
「だからなんでだよ」
「禿げとは、戦い抜いた戦士の証である」
「勝手に歴史作んな!!」
その瞬間だった。
パンッ!!
突然、光山が机を叩く。
「諸君」
部屋の空気が変わる。
「我々は長年、耐え続けてきた」
全員の視線が光山へ集まる。
「髪が薄いだけで笑われる」
「恋愛対象から外される」
「“ハゲキャラ”として雑に扱われる」
「本人が嫌がれば“ノリ悪い”と言われる」
秀人の表情が少し変わった。
全部、覚えがある。
「だがなぜだ」
光山は静かに言う。
「デブいじりは炎上する、容姿いじりも問題視される、だがハゲだけは違う」
部屋が静まり返る。
「本人も笑わなければ空気が悪くなる、だから自分でネタにするしかない」
秀人は黙る。
会社でもそうだった。
自分が笑えば空気が回る。
自分でハゲをネタにすれば場が軽くなる。
本当は少し傷ついていても。
「ならどうするんだよ」
秀人が低く聞く。
光山は静かに笑った。
「流行を作る」
「……は?」
毛利がホワイトボードを出す。
【ハゲ=かっこいい】
「無理あるだろ」
「最初はタピオカもそう言われていました」
「ハゲとタピオカ並べるな」
テルさんが腕を組む。
「人類は雰囲気で流行る生き物だ」
「なんでそんな説得力あるんだよ」
「つまり堂々としている側が勝つ」
光山がゆっくり秀人を見る。
「隠すから弱く見える、恥ずかしがるから笑われる、ならば我々は隠さない」
次の瞬間、光山はサングラスを外した。
照明が反射した。
「うおっ、眩しっ!?」
「これが覚悟だ」
「覚悟で反射率変わんの!?」
部屋中の男達が立ち上がる。
「帽子を取れ!!」
「頭皮を晒せ!!」
「光を恐れるな!!」
「標語終わってんだろ!!」
だが秀人は少しだけ笑っていた。
くだらない。
本当にくだらない。
でもここでは、“ハゲだから”という理由だけで見下される感じがなかった。
その時だった。
バンッ!!
勢いよく扉が開く。
「リーダー!! SNSの投稿また炎上してます!!」
入ってきた女を見て、秀人は固まる。
「……光山さん?」
「鬼頭さん!? なんでここにいるんですか!?」
部屋の空気が止まる。
光山はゆっくり振り返った。
「来たか、真白」
真白は一瞬だけハッとした顔をする。
「おとうさ――」
咳払い。
「……こほん、リーダー」
秀人の動きが止まる。
「……ん?」
ゆっくり真白を見る。
ゆっくりリーダーを見る。
「……光山?」
数秒の沈黙。
「……光山!?」
テルさんが静かに目を逸らした。
毛利は「あー……」みたいな顔をしている。
生島だけが空気を読まず叫んだ。
「バレたぁ!!」
「いや絶対そうだろ今ので!」




