第八話――幕間、昼食会
明日の昼練は不参加としよう。江口からの新作献上もしばらくはないことだろうし、飯田への恩を返そう。
俺は風呂上りの柔軟中、回数を数えながら、そんな予定を立てていた。
少し、そわそわする。これは、慣れないことをするからなのだろうか。それとも、久しぶりに昼練を休むという罪悪感からか。
だが約束とは守るものだ。口約束でも契約というものは成立すると父に習ったことがある。
戦略はこうだ。
明日、登校後、飯田に声を掛け、昼休みの約束を取り付ける。その時に、好みのパンがあれば教えてもらい、ダッシュで買いに行く。どれくらい食べるかわからないから、多めに買ってくることにする。
「さて、寝るか」
柔軟体操も、翌日の戦略も決まった。あとは、明日の接待を遂行しよう。
* * *
午前5時起床、朝食、着替え。そして通学中に野球部のグループチャットにメッセージを打つ。
「杉田、本日昼練不参加です。よろしくお願いします」
予定通り7時過ぎには学校に着いた。
部室棟へ向かい、トレーニングウェアに着替えて朝練を1時間こなす。
柔軟が中心で、体幹トレーニングに時間を費やす。基本のプランクと、サイドプランクを中心に、夏を過ぎるまでは基礎体力の徹底強化を意識している。
勿論技術も必要だが、故障してしまっては意味がない。甲子園への憧れは、止められない。
朝練とシャワーと着替えを済ませる頃には始業時間も近づいていた。急いでクラスへ入る。
飯田がいる。
「飯田! おはよう!」
「うぇ?! 杉田? お、おはよう?」
飯田に凄く不審な目で見られた上に、飯田にまとわりついていた連中にも睨まれた気がするが、そんな些細なことはどうでもいい。
「昼休みを開けておいてくれ! よろしく頼む!」
「わ、わかった」
飯田、それに取り巻きたちが目を丸くする。
しまった、食べたいものを聞き忘れた。仕方ない。
当初予定通り食べきれないほど買ってきて、余った分は自分で食べればいい。
* * *
「なんで、僕まで……」
奥山がか細い声でつぶやく。
「成り行きだ。受け入れろ」
「そーそー。おっくん助けてよー。杉田の買ってきた量一人じゃ食えねーもん。連中は杉田にビビって逃げちゃうし」
「そうか、俺のせいで逃げられたのか。だが飯田はともかくあいつらは好かん。奥山に奢るならば歓迎しよう」
「な? 杉田もおっくんならいいって言ってるし。ま、付き合ってよ」
「わかったよぅ……」
俺が4限終了のチャイムと同時にダッシュで買い占めてきたパンの山を、今回はクラスで食べることにした。
飯田は律儀に待っていてくれた。そして、奥山を連行してきた。
奥山は、そもそも昼食を食べる気が無かったのか、ぽつねんと教室の隅でブックカバー付きの本――恐らく文庫本を読んでいたようだ。
困惑しているようだが、成り行きだ。受け入れろ。飯田が連れてきたのなら無下にはしないし、俺はお前が野球を勉強して来てくれたことを本当に嬉しく思っている。
「んでさ、なんで急に?」
飯田の問いかけに立ち止まる。急にだっただろうか?
「先日、美術の時間に約束しただろう? その約束を果たしたかっただけだ」
「あー。あれ、マジで実行したんだ。そして本当に購買のパン」
「ん? そう約束しただろう? 父さんに、口約束でも契約は契約だと教わったからな。約束は守りたい」
「いや、ちょっと深読みしてたわ」
「深読み、とは?」
「なんでもねー。気にすんな。ところでおっくんどれ食べるか決めた? 俺も杉田もどれでもいいから、おっくんから選んでよ」
「え? え? わ、わかった。じゃあこれ……」
奥山はハムスターとかそういう小動物めいた動きで、恐る恐るチョコチップメロンパンを手に取った。
「ああ、いいぞ。好きに食べてくれ。足りなければコンビニまで走ってくる。今日は任せろ」
「運動部連中の基準で考えるなよ! こんなに食べきれんわ!」
「そうか、安心してくれ。あまりは全部俺が食べる。なんなら白飯もこの後食べるつもりだから、俺の分は気にしないでくれ」
「うへぇ。菓子パンとお米? 運動部ってやべー……」
「……杉田君みたいな体を作るにはこんなに食べなきゃいけないのか」
何やら二人の様子がおかしい気もする。俺だったら奢りで食べ放題なんて大喜びなんだが――
「もしかして、購買のパンは嫌だったか? すまない」
「いや、そうじゃない。そういうことじゃないんだ、杉田。今回に関してはお前は悪くない。おっくんも、俺も悪くない」
「そうだね、杉田君は悪くないんだと思う。飯田君は――なんでもない」
奥山は少し不満げに杉田を見つめるも、主張することなく撤回したようだ。はたして、誰も悪くないなら、何故こんな空気に?
「ま、いーや。もったいねーし。いただきまーす」
「いただきます」
「ああ、食べてくれ。頂きます!」
飯田はしっかりと頂きますを言えるタイプなのかと、新しい気付きを得た。
それはとても良いことだと思い、嬉しくなる。
飯田の食べるしぐさは気だるげだが、肘を机につくことも無く、一口は小さく、親御さんからの躾や、品の良さが、隠しきれていない。
奥山は両手でメロンパンを持って一生懸命齧っている。
食事中、口の中に食べ物を入れたまま喋らないということはみな共通認識なのか、黙食と相成った。
カレーパンを食べ終わった飯田がこちらを向いて言う。
「もう一個いい?」
俺は口にバナナブレッドが入っていたので、大きく頷いて返す。
「サンキュ」
短くそれだけ返して飯田は、チョコチップメロンパンに手を伸ばした。さっきまで、いや、今まさに奥山が食べているものと同じ奴だ。
再び黙食が始まる。
正直言って、俺はこの空気が好きだと感じた。他の二人がどう思ってるか知らないが、楽しい昼休みというものを久々に過ごしている気がする。
飯田も二つ目に手を出している時点で、嫌がっているわけではないのだろう。
奥山の事はよくわからないが、ちらちら俺の方を見ている。怖がらせるようなことをした覚えはないが、何か誤解をさせているかもしれない。
「奥山、急に付き合わせてすまなかった。無理しなくていいぞ。残してもいい」
「――!」
首をブンブンと横に振り、否定をアピール。そして食べかけを飲みこみ、答える。
「違うよ! 誘ってくれてありがとう! ただ、僕食べるの遅いから、迷惑かけてたらなって……」
それでちらちらこちらを見ていたのか。確かに俺は食べるのが早い。
「ああ、気にしなくていい。大丈夫だ」
大丈夫だ。何とかなる。何とかしてやる。
「あ、ありがとう」
しばらくして、食事は終わり、昼休みも終わりかけの時間へと進む。
「ごちそーさま。杉田、サンキュな。でももう奢りなんてしなくていいぜ」
「どういたしまして。そうか? ではまた世話になったら、今度は違う形で返すことにしよう」
「いや、そういう意味じゃなくて、気にすんなっていってんの」
「飯田は器のデカい男だな。気持ちが良い」
「……お前が言うなよ」
「……杉田君が言う側なの?」
飯田と奥山の声がかぶった。
俺は何かおかしなことを言ったのだろうか。
昼休み終了のチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。
ゴミは別途用意しておいた袋に詰め込み、余ったパンは俺の鞄に詰め込んだ。
「では、良かったらまた一緒に、机を囲もう。俺はこの時間が楽しかった」
「ん? まー、うん。悪くなかったよ。また気が向いたらね」
「仲間に入れてくれてありがとう……」
これは、二人とも合意してくれたということだろう。
昼練も大事だが、せっかくの高校生活をこうやって過ごす日があるのも、メンタルトレーニングに良いだろう。
また何かきっかけがあれば誘いたい。
さて、午後の授業に集中するとするか!
* * *
杉田君は、天然なのかもしれない。
備考:友人からご指南頂き、WEB小説形式での読みやすさを意識してみました。




