第七話──夏と言えば
僕にとって最も忌避すべきは、コンプレックスとも言えるこの貧相な身体を晒すことである、かもしれない。いや、最近の僕は頑張っている。腕立て伏せ100回、スクワット100回、上体起こし100回、ランニング10キロ! の10分の1も出来ていないけれど、20分の1は出来るようになってきた。
とは言うもののあまりにも貧弱である事実は克服できていない。良いんだ、どうせ陰キャだし。
クラスメイトたちはザ・男子校のノリで既に半裸である。水泳の授業は午後なのに。
校則で禁止されていないというか、教師陣もわかっているからか、誰も咎める人はいない。杉田君までもが半裸で授業を受けている。
やれやれ、まるで僕が異端者みたいじゃないか。
でも気持ちは分からないとまでは言わない。この歳になると流石に家族でプールなんてありえないし、姉ちゃんの水着姿なんて見たくもない。
かといってゲーセン仲間は本名すら知らない奴ばかりで、ゲーセン以外であう事なんてない。
つまり僕は孤独なのだ。そんな僕が夏らしい楽しみ方を出来るという意味では、ワクワクしているのは否定しない。……身体を見せるのが恥ずかしいだけで。
杉田君みたいな鍛え上げた身体だったら、堂々とプールに入れるのかなぁと、さりげなく杉田君へと視線を泳がせた。
そして午後、お待ちかねの水泳の授業である。
最近赴任してきた体育教師の中道先生は何故か柔道着を身に纏って現れた。そういえばこの人柔道部のコーチとしての雇用だったっけ……。
「おい平塚、泳げない奴居ないか確認して、グループ分けしとけ」
「はい! わかりました!」
どうやらこのコーチは生徒を顎で使うらしい。
柔道部員の平塚君が代表してクラスメイトを仕切る。
「中道さん! 全員500メートル以上泳げます!」
「よし、じゃあ今日は好きに遊べ!」
時が止まった気がした。いくら生徒に対して理解があるとしても、奔放すぎないか!?
しかし次の瞬間轟く雄叫び。
「うおおおお!」
「マジすか?!」
「先生あざーっす!」
「おう。準備運動だけは忘れるなよ。平塚、やれ」
「はい! 中道さん!」
そして柔道部式の準備運動が始まる。
いやそこは水泳部にやらせ──あ、うちのクラス水泳部員居ないじゃん。そういうこと、なのか?
流石に水泳をゲームや漫画で事前学習することは難しい。独自の技術でチャンスを狙うことは難しく、純粋に科学的に証明された泳力が物を言うスポーツである。
とは言うものの僕は泳げないなんてこともない。昔家族で行ったプールでの姉ちゃんからの地獄の特訓もあり、小学校高学年の頃には普通に泳げるようになっていた。
今日の授業が自由に遊べというのも好都合で、こっそりプールサイドに座ってようと思った。
──のだが。
「おっくん遊ぼーぜー!」
飯田君に遠くから絡まれた。陽キャ怖いヤンキー怖い。
しかし断って逆恨みされても困る。
「う、うん。行くよー」
応えてプールへと向かう。というか、男同士で何を遊ぶというのか。
足先からゆっくりとプールに入る。突然入るのは心臓に悪い。
入ってみれば、真夏日の暑さにプールの温さは心地よかった。
「な、たのしーべ?」
すいーっと、こちらに向かって泳いできた飯田君はヤンキーらしからぬ爽やかな笑顔でこちらを見る。何で僕に絡むんだよぉ……。
杉田君がいないかと周囲を探すも不在。
僕は取って食われる覚悟を決めた。
「陽キャの人達は何して遊ぶの?」
「あー、普通にこうやって浮いてるだけでも楽しくね? はいこれ」
ビート板を手渡してきた。体脂肪がないからか、僕の身体は浮力が少ない。それは多分飯田君も似たようなものなのだろう。何でヤンキーの癖に面倒見がいいんだ、この人。
受け取ったビート板を使ってプカプカ浮いてみる。
「うん、これはこれで、なかなか……」
小声で呟いたつもりだったのに、飯田君には深く届いたらしく。
「っしょー? 折角好きに遊べって言われてんだし楽しもうぜー」
はたと。僕が誤解していただけで、飯田君は、ただのヤンキーでは無いのかもしれないと、今更ながらに気がついた。彼はさっきから、ごく普通に僕を気にかけてくれて、遊びに誘ってくれているだけである。カースト上位の陽キャの中心にいる事も多いし、リーダーシップがあるのかもしれない。つまり僕の劣等感は深まるばかりである。
「そ、そうだねー」
口に出すわけにはいかないのでお茶を濁す。天は二物を与えず、とは大嘘だと確信する。
「奥山、困ってるならば言え」
突然水中から杉田君が顔を出し、言った。
「お、杉田じゃん。お前は泳いでトレーニングしとけよ」
手の甲で追い払うような仕草を見せる飯田君だったが、声のトーンからすると冗談らしい。
「ああ。折角だから普段使わない筋肉も使いたい。だが、休養も必要だろう?」
僕にとっては渡りに船である。杉田君が居てくれるなら心強い。
「うん、僕もそう思う。杉田君も遊ぼーよ」
飯田君の喋りが移ってしまった。
こうして僕ら、チグハグな3人はどこかズレたような、噛み合うような、変なお喋りを堪能した。
杉田君からの質問で、飯田君がメンズケアについて教えてくれた。この時、姉ちゃんに毎晩謎の液体を塗りたくられている話をしたら、飯田君が妙な顔をしていたのが印象深い。
僕からは杉田君に、腕立てとかの自重トレーニングと、プールトレーニングの違いを聞いたりした。
「おっくんさぁ、今度メイクしてみねぇ?」
飯田君の提案はそこまで突然ではなかったけど、何故その発想に至るのかは分からなかった。
「いや、僕みたいな陰キャが、そんな」
「そーお? 俺別におっくんのこと陰キャだなんて思ったことないけど」
「ああ、俺も奥山のことを今はそんな風には思ってないぞ」
今は、と言われたのは聞き流すとして、カースト上位の2人がそんなことを言うのは、きっと何か裏があるに違いないと、僕は訝しんだ。
「じゃ、おっくん今度休み空けといてよ。てゆーか空けろ。杉田も来たけりゃ来ていいよ。スキンケアの方は興味あるんだろ?」
「ありがたい。このニキビを何とかしたいと少し考えていたところだったんだ」
決められてしまった。勝手に。奢らされるのか。金なんてないぞ?!
でも、杉田君も来てくれるみたいだし、そんなに心配はいらないのかもしれない。
「では、俺はトレーニングに戻る」
そう言って杉田君は去っていった。
「俺も他の奴らの様子見てくるわ。またね」
そう言って飯田君は去っていった。
残された僕は独り言ちる。
「多分これ、夏休みに呼び出されるんだろうなぁ……」
夏休みまでには乗り越えるべき壁、すなわち期末テストがあるものの、思ったほど憂鬱ではなかった。
僕はやはり誤解していたのかもしれない。もしかしたら、もしかすると、もしかして──
「友達になって、くれるつもりなのか?」
高二の夏、今までにない気配を感じる。
僕はプールを揺蕩いながら真っ青の空を見上げた。
* * *
貴方たちはもう友達だよ……!!




