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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて ※ シリーズまとめに収録開始  作者: あいの あお


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70.大型の忠犬

 グローリアが診察を受ける間、セオドアは扉の横で壁を向き張り付いた状態で両耳を塞ぎ医務室に控えていた。セオドアは外に出ると言ったのだが、それを父かドロシアたちが来るまではとグローリアが止めたのだ。

 グローリアが横たわるベッドの周囲にはカーテンが張り巡らされているので中は見えないのだが、それでも律儀に壁に額を付けていたらしい。


「セオドア君。あと誰が来るー?」


 金茶の長い髪を細い紐で適当にひとまとめにした眼鏡の医務官がカーテンから顔だけを覗かせ大きな声で言った。「いい加減壁から離れなよー」と笑っている。「う、はい」とごそごそと音がしたので、カーテンで見えないが恐らく壁からは離れたのだろう。


「カーティス卿が第一騎士団長を呼びに行かれています。その後カーティス卿は公女様のご友人をお迎えに行かれるとのことでしたので、第一騎士団長、カーティス卿、公女様のご友人がおふたりいらっしゃる予定です」


 またもセオドアが流れるように話す。これは慣れの差なのだろうか、それとも公私の差だろうか。そういえば女性が苦手そうだったので女性がいると駄目なのだろうか。いや、一応カーテン越しとはいえグローリアは今もここにいるが。


「そっかー、今日は侍女さんとかはお連れでは無い?」


 カーテンの中に戻ると医務官がグローリアに首を傾げた。フィーニアス・エヴァレットと名乗ったこの医務官は少々ゆるい。「騎士団付きの医務官だから四角四面はちょっとでしてねー、だからお許しくださいねー」と笑っていた。ゆるくはあるが腕は良いのだろう。さくさくと質問を繰り返しあっさりとグローリアの不調の原因と思われるものを探し当てた。


「今日は友人たちと来ておりましたので侍女を連れておりませんの」


 横になったままグローリアが小さく首を横に振ると、「うーん、そっかー」と少し困ったように眉を下げた。


「専属侍女さんと公爵家お抱えの医師はいますよねー?」


 グローリアが頷くと、「じゃあよかった!」とフィーニアスは破顔し、「手紙、それぞれに一通ずつ書くんで渡してくださいねー」とカーテンから出て行った。

 ちなみにイーグルトン公爵家お抱えの老医師も姓をエヴァレットという。エヴァレット伯爵家は医療に長けた家門であり、名医と呼ばれる医師の多くがエヴァレット姓か、その血族だったりする。


 診察後すぐに処方された鎮痛剤が効いて来たのか、それともセオドアに気持ちを吐き出せたのが良かったのか、グローリアの頭痛と腹痛は少しずつ治まってきている。胸の痛みはどうしようもないが。


「セオドア」


 ペン先が紙にこすれる音だけが響く静かな室内に不安になりグローリアが声を掛けると、「ここに居ます」と声が返って来た。カーテンの向こうに大きな影が揺らぐ。


「そう、そこに居てちょうだい」


 生まれてこの方、記憶にある限りグローリアは我儘を言った覚えがほとんどない。両親の大変さは知っていたし兄たちも勉強や友人付き合いでいつも忙しくしていた。家族は皆優しかったが、それはグローリアが困らせることをしないよう気を付けていたからでもあるだろう。家から一歩でも外に出ればイーグルトンの公女として恥じるところのないよう常に自分を律して生きてきた。

 それがどうか。この一年、グローリアは何かのねじでも外れてしまったようにずいぶんと我儘に、欲張りになってしまった気がする。


「ははは、はい、居ります!」


 びしり!っとカーテンに映る影の背が伸ばされた。影にすら感じる圧迫感に、グローリアは笑った。


「そう……ありがとう」


 ベッドの上から伸ばしても、グローリアの手はカーテンにすら届かない。それでもグローリアは手を伸ばし、見えないと分かっていても微笑んだ。


 セオドアだから素直に話すことができた。がんじがらめのグローリアの人生の中で、どこにもしがらみの無い、近すぎないセオドアだからこそだ。

 「公女様……」と心配そうに呟くセオドアの声が聞こえる。きっと困ったように眉を下げつぶらな黒い瞳で見えないグローリアをじっと見ていることだろう。


「ここに居ます、公女様」


 セオドアはグローリアの感謝をどう受け取ったのだろう、ほんの少しだけカーテンに映る影が大きくなった。まるで寝室に置かれた大きなテディ・ベアのようで、グローリアは微笑みを口元に浮かべたまま瞼を閉じ、ゆるゆると訪れる眠気にその身を委ねた―――。



 目が覚めた時、グローリアはイーグルトン公爵邸の自室の自分のベッドに居た。迎えに来た父が起こさぬよう運んでくれたらしい。記憶にある空はまだ日が傾いた程度だったのに、今はもうすっかりと暗い。


「お嬢様、目が覚めましたか!?」


 涙混じりの声に振り返ると、ユーニスが寝台の横に置かれた椅子から立ち上がりグローリアを覗き込んでいる。


「ユーニス……今は何時かしら」

「ちょうどもうすぐお夕飯時でございます。お加減はいかがですか?お嬢様」


 起き上がろうとグローリアが頭を上げるとすかさずユーニスが背を支えてくれる。沢山の枕とクッションを重ねてくれたところへグローリアはぱふり、と背を預けた。


「もうそんな時間なのね……。ドロシアとサリーは?」

「いつ目が覚めるか分からないからと騎士様にお見送りを頼んだと旦那様が仰っていましたよ」

「騎士様?」

「第一騎士団の騎士様だそうです。たしか、カーティス卿?」


 話しながらもユーニスはグラスに水差しから水を注ぎグローリアへ手渡してくれる。しばらく支えてくれていたが、グローリアがしっかりと持てることを確認し、また椅子へと戻った。


「そう……もうひとりの騎士はどうしたのかしら」

「もうおひとりですか?」

「ええ、ユーニスも一度会ったことがあるでしょう?セオドア」

「ああ!あの熊!!」


 ユーニスがぽん!とこぶしで手のひらを打った。


「テディ・ベアよ」


 ちらりとユーニスとは反対側の寝台横を見ると肘掛け椅子に大きなテディ・ベアが座っている。とても大きいが、セオドアと比べると二分の一にも満たない大きさだ。


「すごかったみたいですよ」

「え、すごい?」


 思い出しました!と頷くと、ユーニスが半目になり人差し指を立てて続けた。


「はい、旦那様が医務室へお迎えに行かれるまでずっとグローリア様のベッドのカーテンの前で直立のまま控えていたそうです。うっかり剣を抜きかけたと旦那様が仰ってました」

「セオドアは無事なの!?」


 グローリアはぎょっとして身を乗り出した。勢いよく起き上がり過ぎて頭がくらりとした。


「はい、すぐに医務官の方が説明してくださったそうです。グローリア様のご要望だって」

「そうよ、わたくしがそこに居てとお願いしたのよ」


 ぽすりとまた枕とクッションの海に沈む。目を閉じると、徐々にめまいが落ち着いていく。


「それにしても何だってまた?」

「影がテディ・ベアのようで落ち着いたのだもの……」

「ああ、なるほど。その子ですね!」

「ええ。体も辛いし知らない場所だし、とても不安だったのよ」


 ユーニスがベッドの反対側に座るテディ・ベアを見て頷いている。

 嘘はない。嘘は無いが、初めての失恋で不安で苦しくて仕方なかったから、とは、大切なユーニスにもまだ言えないなとグローリアは思った。今はまだグローリアの中でうまく言葉にすることができそうにない。


「なるほど納得です!しかしあの熊やっぱり完全無害ですね。まさかそこに居てと言われて本当にその場で立ち尽くすとか…中々できないですよ」

「もうユーニス、セオドアは誠実なのよ」


 相も変わらず口の悪い侍女に「駄目よ」と眉をひそめて見せるがユーニスはさっぱりとお構いなしだ。


「熊って言うかもう大型の忠犬ですかね。いっそ専属護衛にします?」

「ふふふ、もう…でもそれも良いわね」


 セオドアが専属護衛として常に側にいてくれるならグローリアは色々と安心して過ごせそうな気がする。けれど、それをグローリアが望むことは無い。


「それも良いけど、友人の旦那様に迎える方がもっと良いわね」

「あれ!?どちらのお嬢様です!?」


 サリーはセオドアを慕っているしセオドアも憎からず思っている節がある。子爵家の跡取りであるサリーの婿に、元平民とはいえ騎士爵を持つセオドアは十分に可能性がある。


「まだ内緒よ。これからのふたりだもの」


 グローリアは人差し指を立てると唇に当て、にんまりと口角を上げた。


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