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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて ※ シリーズまとめに収録開始  作者: あいの あお


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39.少し疲れてしまったの

「騎士の訓練でも斧槍を持つことがあるのかしら?」

「非公開の訓練では刃を潰したものを持つことがございます。有事のためにもどのような武器も腕を磨いておくことは必要ですので。ただ非常に………威力が高いため、今のわが国では使う場はかなり限られるかと」


 ちらりとドロシアとサリーを見てカーティスが言葉を選んだ。恐らくここにグローリアしか居なければ、カーティスは『殺傷能力が高い』と言ったことだろう。こういう、どうしても繊細さに欠けがちな騎士でありながらも気遣いを忘れない姿勢もまたカーティスらしいとグローリアは思う。どちらかと言えば騎士よりも政治家向きなのかもしれない。


「カーティス卿」

「はい」

「………ごめんなさい、何でもありませんわ」


 グローリアは口を開きかけ、そうして止めた。自分でも何を聞こうとしたのかいまいちよく分からない。ただ、胸に渦巻くこの不快な感情を何とすれば良いのか分からなかったのだ。


「公女様………」


 気づかわしげにグローリアを見るカーティスに微笑み緩く首を横に振り、そろそろ帰ろうとドロシアとサリーを左右に振り向くと、その向こう、観覧席の王宮側の入り口に見知った顔を見つけてグローリアは瞬いた。


「フェネリー様?」


 小さく呟くとドロシアとサリーもそちらをぱっと振り向いた。グローリアと目が合うとベンジャミンの口が「あ」と開かれ、口元が微笑みの形に変わる。


「お探し申し上げておりました公女様。本当にここにいらっしゃいましたね」


 四歩の位置で止まり優雅に一礼するとドロシアとサリーにも微笑み、ベンジャミンはカーティスにひとつ頷いた。カーティスもベンジャミンへと目礼する。知らぬ仲では無いようだ。


「わたくしをお探しでしたの?」

「ええ、私の主が」

「まぁ、殿下が……」


 本当にここにいた、とベンジャミンは言った。今日は父にも兄たちにも何も言わずにここに来ている。誰から報告が行ったのかは分からないが、王弟殿下の呼び出しであればグローリアに否やは無い。


「承知いたしました。ドロシア、サリー、どれほど時間がかかるか分からないから、今日はわたくしはここで失礼するわね」


 グローリアがふたりに頷くと、ドロシアは珍しくはっきりと眉を下げ、サリーはぎゅっとグローリアの手を握り締めた。


「グローリア様……大丈夫ですか?」

「そんな顔をしないで、サリー。わたくしは大丈夫よ」


 今にも泣いてしまいそうなほど悲し気に顔を歪めたサリーにグローリアは優しく微笑んだ。今日はどうにもサリーを心配させてばかりだ。気持ちを上向けるために来たはずなのに。


 グローリアの手を握り締めるサリーの手をもう片方の手でぽんぽんと宥めるように軽く叩きつつドロシアを見れば、ぐっと眉根にしわを寄せて唇を引き結んでいる。


「ドロシアも。駄目よ、何もしては。わたくしは怒っていないのですからね?」

「グローリア様が怒らずとも私は怒っておりますよ」

「もう、ドロシアったら……」


 ウィンター伯爵家がその気になれば様々な物資の流通に支障が出る。さすがにそんなことはしないと思っているが、個人的に何某かの手段に出ないとも限らないので、グローリアは念のため釘だけは刺しておいた。


「ありがとう、ふたりとも。わたくしは大丈夫よ。このまま見学しても良いし帰っても良いわ。今日は事故にでもあったのだと思って、残りの時間は楽しく過ごしてちょうだい」


 グローリアの心が少しだけ軽くなる。自分のためにこれほどに怒ってくれる友が居る。きっとモニカやベルトルト、フォルカーが居たらさぞかし貴族的に騎士団に抗議してくれたことだろう。居なくて本当に良かった。


「はい、グローリア様」

「お気をつけて……」

「ふふふ、あなたたちもね」


 まるで置いて行かれる子犬のような目をして眉を下げるふたりを見てグローリアは思わず笑った。散々な日ではあったが、決して悪いことばかりではない。


「ではカーティス卿。お気遣いをありがとう」


 立ち上がり、カーティスを振り返る。こちらも子犬のよう、とは言わないが眉を下げ気づかわしそうにグローリアを見つめる瞳はとても優しい。


「いえ……良い一日をお過ごしください」

「ええ、あなたも」


 グローリアが微笑み頷くと、カーティスはまた騎士の礼をグローリアへと返した。カーティスのことだ。きっとドロシアとサリーを見送ってくれるだろう。


「それでは参りましょう」


 ベンジャミンが微笑み、また綺麗に一礼するとグローリアへと手を差し出した。エスコートをしてくれるのだろう。その手に手を重ねると、「ええ、お願いいたします」とグローリアも微笑んだ。


 観覧席の階段を鍛錬場の方へと降りていく。一段降りるごとにまた心が重くなっていく。ドロシアもサリーも居ないことをこれほど心細く思ったのは、鍛錬場に通うようになってからは初めてかもしれない。


「大丈夫ですか?公女様」


 階段を降りきると、ベンジャミンが一度止まりグローリアを振り返った。


「ええ、問題ありませんわ。少し……そう、少し、疲れてしまったの」


 取り繕った笑顔も作れずグローリアが困ったように笑うと、ベンジャミンは小さく頷ききゅっと口角を上げて悪戯っぽく笑った。


「なるほど、そうでしたか。あー、大変申し訳ないのですがもう少しだけ耐えてくださいね。殿下のお相手は更に疲れるかもしれませんが」

「あら、疲れるようなお話ですの?」


 おどけたように肩を竦めたベンジャミンに、グローリアもわざとらしく目を大きくして口元に手を当てた。顔を見合わせどちらからともなくふふふ、と笑う。

 先日、王弟殿下の執務室を訪れた時もそうだったがベンジャミンは他者の気持ちをほぐすのが上手い。なぜ未だに独り身なのか不思議だが、噂によると約束をした相手がいるとかいないとか。もちろん、噂は噂だが。


 鍛錬場の横を通る時ちらりと奥へ視線をやると、アレクシアがこちらをじっと見つめていた。少し距離があるためアレクシアの表情までは分からない。けれど、グローリアはその視線に気づかないふりをしてベンジャミンに手を引かれ鍛錬場を静かに後にした。

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【 ある王宮の日常とささやかな非日常について 】


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