20.冬休みの相談
雨が降ると地が固まると言うが、新学年が始まった学園もいたって平和なものだった。突如としてモニカの婚約者となったベルトルトが第二学年Aクラスへ留学してきたことで騒然となりはしたが、そこは猫のような見た目によらぬベルトルトの人懐っこさと、モニカ、グローリアというふたりの公爵令嬢の庇護もありひと月も経つ頃にはすっかりと学園に馴染んでしまっていた。
ドロシア曰く、ベルトルトは年の割に大人びてはいるが末っ子気質だそうで、人に可愛がられるのがうまいのだという。長女気質であるモニカがあっさりと絆されるのも無理はないと楽し気に口角を上げていた。
問題があるとすれば、ただでさえ顔が良いのにあまりにも人懐っこいがゆえに女生徒受けがやたらと良いのだ。寄ってくる女性を無碍にもしないため常に誰かしらモニカやグローリアたちではない女生徒が側に居る。度を越えそうな女生徒にはにっこりととても良い笑顔で「モニカに誤解されるのが嫌だから、止めてくれる?」と釘を刺しているようではあるし、まさかティンバーレイク公爵令嬢の婚約者に色目を使うような恐れ知らずもいないだろうとグローリアたちも静観するに留めてはいるのだが。
「モニカ!!!」
今日もAクラスの教室で女生徒に囲まれていたベルトルトが、ひょっこりと扉から顔をのぞかせたモニカを目ざとく見つけて立ち上がるとパタパタと扉まで駆けて行った。周囲の女生徒たちも弁えたもので、ベルトルトが立ち上がった瞬間には邪魔にならぬようぱっと周囲に散っている。
「モニカ、今日はもう終わりなの?」
「本当は自習よ。特に何もないから遊びに来たの」
ベルトルトがこの国へ来てから早四ヶ月。モニカとベルトルト、お互いの名前からは敬称が外され親しみのある話し方に変わっていた。
冬の定期試験も終わり来週からは冬季休暇に入るという今日は、試験の結果の返却のみで残りはほぼ自習。ちょうど王弟殿下が学園へ来襲したのは初夏の日のこんな午後だった。
「グローリア、冬休みはどうするの?」
モニカがベルトルトに手を引かれてグローリアたちのところへやって来た。ベルトルトはこの短距離でもエスコートは欠かさない。モニカは校内ではモニカを気にしなくて良いと言ったのだが、ベルトルトはせっかくのモニカに触れる機会をひとつも逃したくないとさらりと言ってモニカを絶句させていた。
「ごきげんよう、モニカ。お泊り会の後は特に決めておりませんのよ。何度か鍛錬場に顔は出すつもりですけれど」
ちょうどこの週末、冬休みの最初の日がドロシアの誕生日にあたる。ウィンター伯爵家で誕生日パーティーが行われるのだが、そこには大勢が招待されるためグローリアたちはウィンター伯爵家に宿泊し、夜に四人だけの誕生日パーティーを行う予定なのだ。
もうずいぶんと仲良くなったのだがグローリアは今も変わらずこの口調のままだ。というよりも、グローリアはこの口調以外では下位の者に対する話し方しかできない。
何度か挑戦してみたのだが、うまく話せなくなり黙り込んでしまうため、「あなたはそのままでいいわ、グローリア。それがあなたの個性よ」とモニカに慰められた。
「そうなの?わたくしもいい加減、あなたたちの熊さんに会いたいわ」
「ふふ、御令嬢には中々衝撃的な大きさですから、楽しみにしていてくださいませね」
モニカも何度か一緒に鍛錬場へ行ったのだが、アレクシアとポーリーンに遭遇することはあれどいはまだセオドアには会えていなかった。グローリアがひとりの時やモニカがいないときは会えることが多いのだが、なぜかモニカは縁がないようだ。
「ねえ、いつも聞くけど熊って何?まさか男じゃないよね?」
グローリアとモニカの間にひょいと割り込み、ベルトルトがモニカの顔をじっと見ながら拗ねたような口調で言った。グローリアからは後ろ姿しか見えないため表情は見えないが、恐らく唇でも尖らせていることだろう。
ベルトルトは留学生としてこちらに来ているが、ついでと言っては何だが休日には隣国の王族としての社交もこなしている。普段は学園の寮の特別室に滞在しているのだが、休日は王宮へ行ったり茶会や会合に呼ばれたりとそこそこに忙しい。なので、隣国の王族としての視察はしたが実はまだグローリアたちと共に鍛錬場へ訪れたことは無いのだ。
王族の視察となれば出てくるのは当然第一騎士団の騎士たちばかり。せいぜい第二が関の山なので、第三のセオドアにはやはりどうしても会うことができていないのだ。
「セオドアは第三騎士団の騎士ですわ。大きな熊のようで愛らしいのです」
「グローリア嬢のお気に入りってこと?」
「どちらかと言えばわたくしたちのマスコットですわね」
ベルトルトがグローリアを振り返り目をぱちくりと瞬かせた。ベルトルトはグローリアたちのことも嬢をつけて名で呼ぶようになっている。その辺りの仕分けは意外ときっちりしているようで、どれほど周囲に女生徒がいてもベルトルトは皆家名で呼ぶ。モニカが唯一で、グローリアたちモニカの友人は特別の扱いだ。そういうところもまた、グローリアたちが現状を静観している理由でもある。
「俺も会ってみたいな、その大きな熊さん」
「ではぜひ参りましょう。会えるかどうかは運ですけども……女神の祝祭日の翌日はいかがです?」
ドロシアの誕生日の翌日、女神の祝祭日は誰もが神殿に祈りを捧げその後は家で家族と共に静かに過ごす。騎士団も家族のあるほとんどの者が夜は休みとなり、王宮に詰めるのは身寄りのない者や自宅が遠方で帰宅が難しい者などだ。
そうして、そういう者たちのために王宮では祝祭のごちそうを用意し、神殿からは司祭が呼ばれ、交代で祈りを捧げ司祭も巻き込んで皆で祝祭日を祝う。家のある者たちもふらりと王宮に現れては知己と祝祭日を祝い、そうしてまた家に戻る者もいるらしい。王宮が丸ごとひとつの家となるのだ。グローリアは、そんなこの国と王宮の祝祭日の在り方をとても好ましく思っている。
「もちろんお供します」
「私も!!グローリア様のお供なら何をおいてもです!」
ドロシアが口角を上げて頷き、サリーが胸元で両手を合わせてにこにこと笑った。昨年は確か祝祭日の翌日に沢山の焼き菓子を持ってグローリアだけで鍛錬場へ行ったのだ。休みだった者たちは昼から出仕し、城に詰めていた者たちが入れ替わりで一日休みとなる。そのため、いつでも食べられるようにと特に日持ちのする焼き菓子を選び持って行ったのだ。
「わたくしも家に確認するわ。余程のことが無い限り行くけれどね」
「俺は一応、その日は何も言われていないから大丈夫なはず」
ベルトルトがちらりと後ろを確認した。南国の柑橘を思わせる夕焼けにも似た色の髪が印象的な、ベルトルトよりも頭ひとつ分背が高く、ベルトルトの金よりも一段濃い琥珀の瞳の青年がベルトルトを見てにこりと微笑んだ。
「特に予定は入っておりません。モニカ様とお過ごしになるかと思い空けておりましたので。問題ございませんよ」




