21.フォルカー
ベルトルトの従者兼お目付け役という、どこかで聞いたような立場の彼はフォルカー。ベルトルトの幼馴染で侯爵家の次男だ。護衛も兼ねており、ベルトルトよりも四歳年上のニ十歳で一度あちらの学園を卒業しているのだが、従者では寮には居られても教室までは入れない。そのため、常にベルトルトの側に居るために二年間だけこちらの学園に学生として留学してきたのだ。
年上の男性らしく落ち着いたフォルカーは、その派手な色彩に比べ顔立ちこそ目立つ方ではないが立ち居振る舞いの優雅さと物腰の柔らかさで女生徒からの人気も高い。
が、その大人な視点と面倒見の良さから実は男子生徒の方により慕われているようで、ともすると女生徒の人気を集めすぎて男子生徒に嫌われそうなベルトルトの良い緩衝材となっている。幼い頃にフォルカーをベルトルトの側近に選んだ人物はかなりの先見の明があったと言えよう。
先日、ティンバーレイク公爵家でベルトルトたちも含めて六人でお茶を飲んでいた時、またも単刀直入にモニカが聞いたことがある。「どうして王族籍に残らないのか」と。あの隣国で虐げられているのではないかという直接的な質問の続きのようなものだ。
グローリアたちはぴしりと固まったが、聞かれたベルトルトは隣に座っていたフォルカーと目を見合わせると、何ということも無いように笑った。
「いや、別に残っても良かったんだけどね。というか、こちらの国に対しては残った方が良かったとは思うんだけどね。でもさ、王族って、国境を越える時に手続きとか面倒でしょ?国同士で交渉しないといけないしさ。臣籍に降ってしまえばその手続きは国同士の話し合いじゃなくて普通の出入国手続きで行けるでしょ?その方がモニカが里帰りしやすいかなって」
なぜそんなことを聞かれるのか分からないとばかりにきょとん、と首を傾げたベルトルトに、静かに微笑むフォルカー以外の全員が目を丸くして絶句した。
国の事情でも本人の事情でも、虐げられているわけでも何でもない。完全に、モニカのためだった。
笑えばいいのか、怒ればいいのか、それとも呆れればいいのか。モニカがどう表情を作れば良いのか分からないという顔でじっとベルトルトを見つめるとぽつりと呟いた。
「どうして、そこまで?」
「何でって………ん-…何でだろうね?俺がそうしたいと思ったから、かなぁ」
そうした方が良いと思ったんだよねぇ。そう言ってにこにことモニカを見つめるベルトルトを何とも言えない目で見ていると、フォルカーが静かに紅茶のカップを傾けながら言った。
「ベルトに理由を求めても無駄ですよ。思ったことをそのままする人なので聞いたところでこちらが理解できないです」
「思っていないことはなさらないの?」
「しますよ、せざるを得ないときは。ですが本人の意思を通せるところでは思った通りのことしかしませんので。理由は基本的には『そう思ったから』ですね」
感心すれば良いのか呆れれば良いのか。ちらりとモニカとベルトルトを見ると、「あ、モニカ、紅茶のお代わりは?」などとベルトルトがにこにこと侍女に合図を送っている。ふたりはふたりの世界におり、こちらに帰ってくる気は無さそうだ。
「あの、では、モニカ様へのプロポーズの件は…?」
サリーがおずおずという感じで小さく手を上げると、フォルカーはふっと笑って頷いた。
「あれは私も驚きましたけどね。後から聞いたら『言うべきだと思ったから』とのことですよ。ああ、思っていないことは必要な時以外言わない人なので、本気で言ってますから安心してください」
フォルカーがにっこりとサリーに笑いかけると、サリーもほっとしたように笑った。
「では、大切にしてくださるのも、本当なのですね」
「ああなるほど、そうですよね。突然降って湧いた婚約者なのに初めからこれだけべたべたではむしろ心配なさいますよね。それはこちらの配慮が足りませんでした」
失敗ですね、とフォルカーが困ったように笑っている。
「ベルトはどれも本気でやっています。時によってその本気の内容がころころ変わるのが玉に瑕ですが、基本、王子の割に人が良いですし思い込んだら一直線ですので………むしろ、ベルトの婚約者になってしまったモニカ様がある意味でお気の毒です」
ちらりとモニカとベルトルトに視線をやると、フォルカーは目を細めて小さなため息とともにすっと視線を逸らした。
ベルトルトはテーブルに頬杖をつき、モニカを覗き込むようにしてにこにこと何かを囁いている。モニカがぎょっと目を丸くして真っ赤になってベルトルトを見るが、それすらも楽しいとばかりにベルトルトはきゅっと、猫のような金の目を細めた。
「あなたも、苦労なさっているのね………」
思わずグローリアが呟くと、フォルカーはまた困ったように笑い肩を竦めた。
「ベルトが王族らしくないのは今に始まったことではないんです。私は慣れてますけどね、まぁ…周囲からは少しやんちゃに見えるのは仕方がないかなと思います。それでも根がこれなので、兄君方からも可愛がられているのが救いと言えば救いですよね」
そう言ってベルトルトを見るフォルカーの視線はとても優しい。フォルカー自身が、ベルトルトをとても大切に思っているのだろう。
「あなたは、婚約はなさっていないの?」
もしも婚約者がいるのなら、いずれモニカの側近として立つ女性となるかもしれない。そのような女性がいるのならグローリアは縁を繋いでおきたいと思っている。
「そうですね、今はおりません。私はベルトが落ち着くまでは婚姻を結ぶつもりが無いので待たせてしまうことになりますので。それに、私は混ざりものですので」
「混ざりもの、ですか?」
あまり良い意味の無さそうな言葉に、サリーがぱちくりと目を瞬かせた。
「ええ。この髪の色、珍しいでしょう?我が国の北部にある蛮族とされる民族に多い髪色なんですよ。祖母が、そちらの出身でして」
「太陽の民ですね」
それまで静かに話を聞いていたドロシアが口を開いた。
「その通りです。よくご存知でしたね。この国と違って我が国は他民族にあまり寛容ではないんです。父や兄たちは幸いこの色が出なかったんですが、私は隔世遺伝だそうで」
「俺は好きだぞ」
ふたりだけの世界に居たはずのベルトルトがいつの間にかこちらを向いていた。真剣な顔でフォルカーを見つめている。
「そもそも同じ人間なのに色が違うだけでどうこう言うやつらの方が俺は嫌だよ。フォルカーはフォルカーだし、分かるやつには分かる。堂々としてればいいんだよ」
その物言いにふと、グローリアは濃紫の瞳を思い出した。容姿は全く似ていないのに、ベルトルトは『堂々としていろ』とグローリアに言ったあの人にどことなく似ているのかもしれない。
「こちらには混じりけの無い赤の髪色の者もおりますわ。少なくとも我が国では髪色や瞳の色で何かを言われることはほぼ無いはずです」
王妃殿下の隣によく控えている侍女の髪が見事な赤だ。彼女の立ち居振る舞いはグローリアから見てもとても美しく、クリスティーナ王女殿下の手本としてほんの少しだけ、グローリアは彼女を一方的な好敵手と見定めている。
「そうみたいだな。こちらの人はフォルカーの髪を綺麗だって言ってくれるから、俺も嬉しい。もしもの時はモニカとフォルカーと一緒にこちらに移住して来ればいいよね」
「また無茶なことを…」
フォルカーが呆れたように言って笑い、誰もがそんな主従を温かい目で見つめていた。ずっとどこかで一線を引いていたフォルカーもまた、あの日の茶会からグローリアたちを名で呼ぶようになったのだ。
「祝祭日はティンバーレイク公爵家で過ごすことになってるから、あとはモニカとティンバーレイク公爵家次第だな」
こてりと、ベルトルトはまるで猫が飼い主に甘えるようにモニカの方へと頭を傾けじっとモニカを見つめた。決して触れはしないが過ぎるほどに近い距離をモニカは嫌がることも無く「そうね」と視線を合わせて微笑んだ。
翌日にはティンバーレイク公爵家から祝祭日翌日の外出許可が下り、珍しい六人での騎士の鍛錬場訪問が決定したのだった。




