淘汰されるべきもの
突然の雨音で佐弓は目を覚ました。
(もうこんな時間…)
そう言えば、昼前まで寝ていたのは久しぶりだった。
(ひどい悪夢だった…)
佐弓は下着どころか布団まで汗でぐっしょり濡れていることに愕然とした。
無理矢理呼び覚まされた記憶。
佐弓は昨日どうしても思い出せなかった『あの日』の記憶を夢の中で取り戻すことになったのだ。
幼稚園でいじめられていた日々。
『奴ら』は毎日、当たり前のように佐弓にちょっかいを出してきた。
靴やカバンを隠されることくらいは当たり前だった。弁当を捨てられることもあった。叩かれ蹴られ、転ばされ、石を投げられた。
そして、幼稚園児とは思えない巧妙さで奴らは先生や保護者の死角を知り尽くしていた。
(アタシが我慢すれば誰も悲しまない…)
そう思って佐弓は嵐のように自分にぶつかっては危害を加え、何事もなかったように去り、また当たり前のようにやってくるその行為に耐え続けていた。
そして、『その日』はやってきたのだ。
お弁当の時間。
弁当箱が『ある』ことを確認してほっとした佐弓が蓋をあけると、そこに入っていたのは白いご飯ではなく、『泥』だった。
顔をあげるとそこにはいじめっ子の代表格であるユータの顔があった。
幼児とは思えないほど唇の端を歪めて微笑を浮かべ、佐弓の泣きそうな顔を見ている恍惚とした表情は、今も決して忘れることはない。
佐弓は黙って部屋を離れ、その『人の悪意』が詰まった『泥弁当』を捨てた。
(ん?捨てた?)
夢の中では確かにその弁当を捨てたのだが、目覚めたあとの今の記憶では、その先は覚えていなかった。
しかし、そのような些末な記憶は忘れていて当然とも言えた。
そして、その日幼稚園から帰るとクロの散歩を頼まれて、ユータに遭遇したのだった。
(死ねばいいのに。)
佐弓にとっての明確な殺意の記憶はおそらくそのときが最初であった。
生まれて初めて感じる殺意。
どういう経緯でクロがユータに噛みついたのか。彼女は覚えてなかったが、普通に考えればさらにちょっかいを出してきたユータにクロが噛みついたのだろう。
そのあと佐弓は自分の仇をとってくれたクロを抱き締めて、泣いた。それははっきりと記憶に残っていた。
うずくまって動かないユータを近所の人が気づいて慌てておんぶで連れていったのもはっきりと記憶に残っている。
淘汰されるべきもの。
そういうものが人間社会にもあるとしたら、ユータこそそれにふさわしいだろう。
夢のその辺りで目覚めた佐弓は、シャワーを浴びることにした。
(ごめんね。クロ。おばさん。)
複雑な想いに涙がこぼれそうになった。




