欅坂一俊
結果的に佐弓はクロのその後を思い出せず、一俊に連絡することにした。
欅坂一俊。
佐弓の幼なじみで、クロと並んで佐弓の幼少期の唯一の友達でもあった。
友達といっても彼は佐弓が幼稚園のときすでに六年生だったから、友達と呼ぶよりもお兄ちゃんに近い存在だっただろう。
「ごめん、突然連絡して。」
「久しぶり。どうした?」
電話のむこうの声は久しぶりにも関わらず、相変わらず優しい。
佐弓はこの声が大好きだった。
彼はいつも佐弓に『どうした?』と口癖のようの聞いてくれる。
それが佐弓にとっては何者にも変えがたい貴重な存在だった。
「クロって隣の家にいたじゃん?あの子って、どうなったんだっけ?」
少し変な間が空いた。
「確か、あの犬は小さい子に噛みついたとかで殺処分になったとか聞いたような…確か佐弓のおばさんがそう…」
それを聞いた佐弓の顔が真っ青になった。
電話の向こうで黙りこむ佐弓に気付いた一俊は気まずそうにこう切り出した。
「ごめん、忘れてた記憶を呼び覚ましちゃったみたいだね。」
「ううん。ごめん。大丈夫。」
「でも、悪いのは佐弓ちゃんじゃないから。」
「うん、ありがと。」
「俺、今から研究会があるから…」
一俊は医大を出たあと大学病院にいると佐弓は聞いていた。
「ごめんね。時間とらせちゃって。でも解決した。ありがと。」
「いいよ。また何か役に立つことがあったら連絡してよ。」
「うん。」
もし一俊の記憶が正しければ、クロはいわば佐弓が殺したようなものだった。少なくとも佐弓はそうとらえていた。
(頭…いたい…)
長い間忘れていた痛みが佐弓の頭を襲った。緊張性偏頭痛だと医師は言っていた。
学生の頃やアルバイトをしていた頃は頻繁にあった。最近は忘れていた痛みだった。
そういえば、クロが居なくなってから、隣のおばさんの記憶もなかった。普通に考えれば飼い犬が小さな子供を噛んでけがをさせれば町に居づらくなったのかも知れないし、愛犬を失ったショックで…ということもあり得る。
(クロごめんね。私は一生忘れないから。)
クロと隣のおばさんへの申し訳なさと、そのストレスで偏頭痛に襲われた佐弓はベッドに倒れこむように入り、気を失った。




