ここはわたしの家です
「ここですか? ここはわたしの家です」
質問の答えとしては、間違っていないが、もう少し情報が欲しい。
それにしても、彼女はここに住んでいるのかと思って、周りを見回してみるが、生活しているようには見えない。家具は一切なく、寝ていた所も、ただ、布を敷いただけの床だ。家というよりは、小屋と表した方が合っている。
ここが家と言うことに驚きを隠せなかった。
「……ホントに、ここが……?」
「なにかおかしいでしょうか……?」
あまりにもジロジロと部屋中を眺めていたのがいけなかったのか、彼女は心配そうに尋ねてきた。
そう言えば、女の子の部屋をじっと、見るのは人生で初めてかもしれない。それ以前に、部屋に入るのが初めてだ。女の子の部屋で女の子と過ごしているのも初めてだ。
「初めて」と「女の子」が多すぎて、ゲシュタルト崩壊してしまいそうだが、堪えて、彼女の言葉に耳を傾ける。
「大丈夫ですか? どこか、痛いところはないですか? わたし、道端で倒れてたあなたを見つけて、急いでここまで運んできたので、その間に怪我でもされてたら、大変、申し訳ございません」
「いえ! 痛いところなんて……それより倒れてた?」
道端で倒れた記憶なんて、存在しない。というか、ここに来る前、どこで誰と何をしていたのかさえ、思い出せない。
もしかして、睡眠薬を飲まされて、拉致されたりしているのでは。いや、こんな男を拉致しても何も望めないし、彼女が犯人とも思えない。
「倒れてました! 死んじゃってたら、どうしようと思って、胸に手を当てて確認したんですけど、息があって、安心して、わたしの力と魔法じゃ、どうしても抱えて運んでいくことはできないので、引き摺って、ここまで連れてきました。お召しになられてる、お高そうな服が汚れてしまって、本当に申し訳ございません。お金はないですが、精一杯の償いをさせていただきますので、どうかお許しください」
「償いとかいらないから! 大丈夫だから!」
正座になって、頭を下げる彼女に、顔を上げるように促す。
そんなに高そうなものを着ているのかと、自分の服を見てみると、学校の制服を着ていた。
確かに、彼女が着ているものに比べれば高いのかもしれないが、いつも着ているものなので、汚れなど気にはならない。
いつも着ている。ここに来る前は、学生だった。一般的な高校生として、学校に通って、勉強をして、普通の生活をしていたはずだ。それなのに、なんで、僕はこの場所にいる?
思い出そうとしても、記憶に靄がかかったようになっていて、不鮮明だ。
彼女の言葉から何かしら、ヒントを得ようとしたところで、気づいてしまった。
「……魔法?」
彼女の口から出てきた、そのファンタジックな言葉を、聞き流そうとしてしまったのは、当たり前のようにその単語が出てきたからに他ならない。
魔法。
テレビや映画、漫画や小説では珍しくもないそれだが、日常の会話の中で聞くことなどあまりない。
「魔法のような」とか、比喩で使われることはあるだろうが、彼女の言いぶりでは、魔法が使えれば、引き摺らなくても運んでいける、といった感じだ。
いや、家電とかそういうのを魔法と呼んでいるのかもしれない。電気で動いているのを知らないで、勝手に動いているものをそういう認識にしているのかもしれない。
仮説は絶えないが、その答えも、彼女の口からすぐさま、語られようとしている。
「ご存知ないですか? この国の人なら、魔法は当たり前なので……やっぱり、他の国から来たんですか? 眼の色も、髪の毛の色も黒いですし。わたしとおんなじですね!」
「同じ……?」
同じ要素など全く感じられないが、彼女は笑顔で、嬉しそうにそう言った。
「この国では、眼も髪の毛も、赤い色をした人たちばかりなので、わたしたちのような人は、気持ちが悪いって嫌われてるんです」
「眼も髪も赤い……」
眼も髪も赤い人など、日本では考えられない。
道で倒れている間に、日本の流行がすっかり変わって、みんながみんな、髪の毛を赤く染めて、赤のカラーコンタクトをするようにでもなったのか?
そんなわけない。なら、ここはどこだ? 日本じゃない? 外国?
何かに取り憑かれたように立ち上がって、小屋を出た。
一気に眩しい光が入り込んで、薄目で外の景色を見ようとするが、あまり見えないので、一度目を擦ってから再度、辺りを見回した。
映り込んだのは、広い草原の中に、この家に続いているたった一本の道だけで、それ以外には何もない。青い空と、一面の緑の草原だけだった。
「ごめんなさい……気持ち悪いって嫌われてるのは、わたしだけです。あなたじゃありませんから!」
どうやら彼女は、自分の言葉にショックを受けて、家を飛び出してしまったと思ったらしく、ものすごい勢いで、頭を下げてきた。
そんな彼女に構っていられる余裕は、今の僕には存在しない。ここがどこなのか。ただ、それだけが頭の中を支配し、口から出てきたのも、同じような言葉だった。
「ここはどこですか……?」
二回目のその質問に、彼女は困ったような表情で、何を答えるべきなのか、考えているようだった。
「……元の国に帰りたいですか?」
帰りたい? ここがどこなのか、分からず、困惑はしている。してはいるが、そういう考えには至っていない。
記憶が無いから、帰りたいとは思えないのだろうか。
「お腹空いてませんか? なにか食べますか?」
こんな赤の他人を気遣ってくれる彼女の言う通り、空腹だった。




