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Blond's and X  作者: 川咲弐号
4章  運は俺の味方ってね
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1

「本当に良かったのかしら? 大学に行っても」


 ジェーンが通う美大の正門まで来ておいて、今更ながらそんな事を言う。

 昨日の脅迫状の事があって心配していたジェーンの心情とは裏腹に、今朝になってキールから登校許可が下りて、少し日常が戻ってきたようだった。

 無論完全に自由を取り戻したわけではなく、一人での外出は禁止、登校はアトリの同伴つき、自宅へは戻らず相談所で生活、と行動に制限はあるが危険回避の為と理解しているので、ジェーンに不満はなかった。

 今も隣を歩くアトリの存在が心強く、普通なら不安に押し潰されてもおかしくないジェーンを自然体にさせている。


「ジェーン、嬉しくない?」

「それは勿論通えるのは嬉しいわよ? 最近描きたいモチーフが浮かんでウズウズしてたし、創作意欲はあり余るぐらいだけど。急に許可されても頭がついていかないっていうか……」

「脅迫状が届いた以上、ジェーンの居場所は割れてる。それなら相談所にいるのも、外に出るのも大差ないって事。何にしても私が一緒なら心配ない」


 そう言ったアトリは、口の端を僅かに上げて自信ありげに微笑する。まだ膨らみのない胸を、ちょこんと突き出して胸を張っていた。

 今日のアトリはジェーンがここ数日見た姿とは違い、上はブラウスだが下はスカートではなくショートパンツを履き、色もダークなものではなく明るい印象で纏めている。

 更に長い金髪は二つに縛り、それを被っているキャスケットの中に入れ隠している。これは髪が見えていると目立つと、前回の反省によるものだ。

 ちなみに、アトリの髪を結んだのはキールだったりする。見た目にも性格にも想像がつかないが、あれでキールは手先が器用で、実に手際良くアトリの髪を二つに分けていた。普段でもたまにアトリのヘアアレンジをしてあげているというのだから、ジェーンには驚きの事実だった。

 そのいつもと雰囲気の違うアトリは、歩きながらウエハースを食べ始める。


「アトリちゃんって、時々ウエハース食べているよね。好きなの?」

「好きで言うなら、マシュマロの方が好き。食感とか関係なく甘さが丁度いい。ウエハースはなんとなく咥えてると集中力上がるから、昔からよく携帯してた。ただ、うっかり仕事現場に粉を残しやすいのが玉に瑕。その事でたまに父様に叱られてた」

「そうなの……」


 アトリの昔――ハリソンの話によれば、然る国の犯罪組織で殺しの手伝いをしていた――を知ったジェーンとしては、雑談のノリで訊いたウエハースが、まさかそんなドーピングじみた危険アイテムだと思っていなかったので、動揺の中絞り出したその一言以外の言葉は出なかった。

 この話題を広げるわけにもいかず、空笑いを浮かべるジェーンを救うかの如く、ふいに声が聞こえてくる。


「――ジェーン!」

「あ、リリアン……って、わわっ!」


 親友の姿を見つけて駆けてきたエリザベス・ハルフォードが、勢い余ってジェーンの腕に飛びつく形で立ち止まった。

 ジェーンの腕に体重を掛けた姿勢のまま、エリザベスは潤んだ瞳で見上げる。


「心配したんだからね? いきなり二日も休むし、体調崩しちゃったのかと思って、様子見に家に行っても留守だったし……。ね、ジェーン。何があったの?」

「何って……その、知人が具合悪くなっちゃって泊まり込みで看病してたのよ、うん!」


 ジェーンは一瞬口籠ったが、とっさに誤魔化す事が出来た。本当の事をエリザベスには教えるわけにはいかないが、やはり良心が痛むのか言っている間は視線を逸らしていた。

 ジェーンの言葉を真に受けたらしいエリザベスは、それよりも気になる事があるようだ。


「それで、えっと……この子は?」


 エリザベスはアトリをじっと見つめる。アトリはぴくりとも動かず、視線を正面から受ける。


「あれ? 髪型は違うけど、この顔――ひょっとしてこの前の子? なんでここに?」


 今度は即座には弁解が浮かばず、ジェーンは言葉にならない呻きで時間を稼ぐ。

 ――と、


「ジェーンが看病してたのは私の親。完治してないから家にいるわけにもいかず、私の面倒もジェーンに見てもらってる」


 ちょっとのボロでバレそうな嘘を吐いたアトリに、ジェーンはヒヤヒヤしているようだが、どうにか表に出さないようにしている。


「そうなの? でも今日平日だけど、あなた学校は?」

「ホームスクーリングだから通ってない」


 エリザベスは完全には納得し切れていないと分かる顔をしていたが、とりあえず疑問を飲み込んだようで、それ以上の追及はなかった。


「あれ? リリアン、その指どうしたのよ。怪我?」


 ジェーンが自身の腕を掴んだままの、エリザベスの手を見て訊ねた。

 アトリもさり気なく見るが、確かにエリザベスの左手の指に絆創膏が貼られている。


「鉛筆削る時に、カッターでちょっと切っちゃって……。えへへ、ドジしちゃった……」

「それってもしかして、私の事が気になっていたから注意散漫だった? リリアンのドジはよくあるし、そんなところもリリアンの可愛いところだけど、美術に関してそんな初歩的な失敗する事はないもの」

「……ジェーンには分かっちゃうんだね。そういう事言うと、ジェーンが自分のせいって気にしちゃうと思って、本当は言わないつもりだったの。ごめんね」

「そんな! 私こそ……ごめん」


 恐らくその言葉には心配掛けた事だけでなく、本当の事を言えていない事への謝罪も含まれていた。それには気づいていないだろうエリザベスは、素直に受け取って小さく笑っていた。

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