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Blond's and X  作者: 川咲弐号
3章  本気を教えてあげようじゃないか
31/37

13

     ◆ ◆ ◆ ◆


 明らかに疲労困憊という顔で、キールは相談所に戻ってきた。

 とぼとぼと動かす足も弱々しい。階段をようやく上り切ったところで、扉の向こう側から微かに笑い声が聞こえてきた。

 疲れた表情のまま目をパチクリさせるが、不思議に思いながらもとにかく入る為に扉を開いた。

 ドアベルの音に気づき、入り口近くにいたアトリが振り返る。


「ん、キールか。おかえ――――ぷすぅ」

「なんか変な笑い方された!? 一瞬笑ったって分からなかったけども!」


 アトリはとっさに口を手で押さえていたが、膨らんだ頬に入った空気が抜ける音が聴こえた。

 二人が騒がしくした事で、奥にいたジェーンもそちらを向く。


「二人とも何騒いで――って、キール!? 何その格好! 変!」

「ジェーンはストレート過ぎる!」


 キールは大袈裟に頭を抱えた。

 ただアトリやジェーンが言うのも無理はない。キールは出掛ける前の格好と随分様変わりしていたのだ。

 格子柄のスーツの男――結局クィルターの先輩に当たる人物だったようだ――に連れて行かれた後、彼と彼の同僚の何人かにまるで着せ替え人形かのように扱われた。最終的には着ていた服は丁寧に畳まれ紙袋に入れられ、「そのスーツはあげよう」と着せ替えさせられたそのままの格好でビルを出る事となった。

 今のキールは髪をぴっしりとサイドに流し、書類作業用に持ち歩いている眼鏡を掛け、大人しめの色合いながら洒落た作りのスーツ。その普段の姿とのギャップが、アトリとジェーンの失笑を誘ったのだった。

 キールが辱めを受ける中、


「あれ、キールくん。そのスーツ、私の会社の製品じゃないかい?」


 アトリやジェーンの更に後ろ、紅茶を手に座り微笑んでいるのは紛れもなくクィルターだった。


「クィルターさん!」

「似合っているよ、キールくん」


 お世辞でない素直な感想に、キールはうっかり涙目になる。


「うぅぅ、ありがとうございます……! そう言ってもらえると、苦行に耐えた甲斐があったってもんですよ!」

「え、そんなに……? キールくんがそこまで言うなんて一体どんな事が……」


 既に離れたところにいるのだが、クィルターもキールの反応には流石に引いていた。

 キールは気持ちを切り替えるように整った髪を手で乱暴に崩すと、部屋の中に足を踏み入れて改めてクィルターの対面に座る。


「――って、その話はいいんですよ! クィルターさん、ここにいたんですね」

「あ、うん。お邪魔させてもらっているよ。ちょっと様子を見に来ただけで、すぐにお暇するつもりだったんだけれど、アトリちゃんには紅茶まで出して頂いてね」


 言いながら、クィルターは手に持っているカップを掲げてみせた。

 キールはネクタイを緩め、シャツの首元のボタンを外して肩の力を抜く。


「クィルターさんの事探してたんですよ。依頼受けてから四日は経ったし、一応途中経過ぐらいは知らせておかないとと思いまして」

「そうだったんだ。私の方もその事で訪ねたんだよ」

「キールが帰って来ないようなら、私の方から報告しようと思っていたところ」


 アトリがキールの分の紅茶を持ってきて言った。


「じゃあタイミング的には良かったのかな。……とはいっても、大きな進展があるわけでもないんですけどね」

「そうだよね、そう簡単に見つかるとは思っていなかったよ……」

「まだ確証はないけど、それらしい目撃情報はいくつか掴んだんで、これからそれを一つずつ確認していくところですから。分かり次第お知らせしますね」


 キールはいつものように頬を掻いて何食わぬ顔でいるが、それを見たジェーンは不審げに眉を顰める。少し離れた場所にアトリを連れていき小声で訊ねる。


「ねぇ、アトリちゃん。キール、確かケイトちゃんに会ったって言っていたわよね? なんでそれをクィルターさんに話さないのかしら」

「あんなのだけど、キールもただの馬鹿じゃない。何か考えがあるんだと思う」

「そうなんだろうと私も思うけど。でも居場所は分からなくてもケイトちゃんが無事だって伝えて、少しでもクィルターさんを安心させた方がいいんじゃないの?」

「これは私の憶測だけど、話さない理由の一つは変に期待を持たせない為。そのケイトが今本当に無事とは限らない。期待させただけ失望も大きくなる」

「うーん……そうね」


 そう言ってジェーンは悲しげな目で、遠くキールとクィルターが話す姿を見つめた。

 クィルターが紅茶を飲み干し、カップをソーサーにそっと置く。


「こちらの方でも、方々探し回っているんだけれどね。よそ者の私ではキールくんみたいにはいかないね。さっぱりだよ……」

「娘さんが心配なのは分かるけど、それで仕事が疎かになるのは不味いんじゃないですか? 会社の人が最近落ち着きないって言ってましたよ」

「あはは、お恥ずかしい……。確かに上の空だったかもしれないな」


 クィルターは赤面し、後頭部に手を当てる。

 その時、スーツの袖口から僅かに包帯が見えた。


「クィルターさん、腕どうしたんですか?」

「え? ああ、これね。外を探し回っている時にうっかりね」

「昨日の病院っていうのはそれですか。気をつけた方がいいですよ~。クィルターさんまだまだ若いんだし再婚もありえるんだから、顔や体に傷残さないように大切にしないと!」

「そんな生娘じゃないんだから……。それに私は、心に決めている人がいるからね」

「それって離婚した前の奥さんですか?」


 キールが訊ねると、クィルターはやんわりと微笑むも即座に否定する。


「違うよ。前の妻の事も嫌いではないけれど、それ以上に良く出来た人柄でね。まだプロポーズも何も出来ていないけれど、うちの娘の事も含めて私を受け止めてくれる慈愛に満ちた心の持ち主で、まるで聖母のような人なんだ」

「うがあああぁぁぁぁ――ッ!!」


 話を聞いていたキールが徐々に表情を歪め、遂には頭を抱えて絶叫した。


「なんですか、惚気ですか! 彼女いない俺への当てつけですか! クィルターさんといい、ジェーンといい……恋人が全てじゃないんだからな!」


 言いたい事を言って、キールはおいおい泣いて腕で顔を拭う。

 それが泣き真似だと分かっているジェーンが呆れた目を向ける。


「いやいや、全てなんて思ってないけど。――なんか哀れね」

「追い打ち!」


 キールがこの上なく凹み、倒れるようにテーブルに突っ伏した。

 他の三人はそれぞれ微妙な顔を浮かべる。変な空気になった場を和ませる為か、視線を彷徨わせつつもクィルターがジェーンに話を振る。


「そ、その……あなたも恋人が?」

「え? あ、ええっと、はい……まぁ」

「そうなんだ――」


 それ以上言葉が続かず、ジェーンの方も急に訊かれて動揺した為に話を広げられず、二人共黙ってしまう。

 一連の流れを傍観していたアトリが、ちょこんと小首を傾げる。


「そもそもその話題で盛り上げたら、キールのいる前では逆効果なんじゃ?」

「そ、そうだよね」


 指摘されてクィルターまで落ち込んでしまう。

 ますますもって雰囲気が暗くなった部屋を眺め、女子二人は溜め息を吐く。


「男って面倒臭いわね」

「とりあえず、キールがモテないのはキールが悪い」


 散々な言われようだったが、男二人が言い返す事はなかった。


     ◆ ◆ ◆ ◆

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