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Blond's and X  作者: 川咲弐号
3章  本気を教えてあげようじゃないか
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11

「あーあー、これから喋る事は独り言だからな。どこぞの誰かが見ていようと、俺が勝手に喋ってるんだから独り言だ。うん、よし」


 ジェーンが呆気に取れていると、ハリソンはジェーンの方ではなく前方を見るともなく見て、一層低い真剣な声で話す。


「アトリの実家、グレニスター家は特殊な家庭だった。然る国の犯罪組織の幹部の一人、それがアトリの父。その父の下で、アトリは幼い頃から息をするように殺しの手伝いをしてた。それが当たり前と言われて育てば、それを疑う心は子どもに生まれる事もない。善悪の基準なんてそんなもんだ」


 ジューンの唾を飲む音がするが、それがハリソンに聴こえる事はない。


「当時、その国で組織を追っていた俺がアトリを見つけた時には、心の冷めた人間らしさを感じさせない、人形のような表情をする子だった。今も表情豊かとは言えないが、狭い振り幅の中にもそれなりに喜怒哀楽のある子に変わった」

「それは――はい」


 聞こえてないと分かっていて、ジェーンはそれでも頷いた。


「初めてアトリに会って、この子を劣悪な環境から救い出さないといけないと思った。家業柄警察を敵と見なしていたアトリ相手に、時間を掛けて声を掛け、説得し、最後にはアトリ自身の意思でその選択をさせた。それと共に、俺は刑事を辞めた。その頃には既に耳がよく聴こえなくなっていたから、丁度いいきっかけにもなった。そして任期を終えアヴァルに戻って、前から目を掛けてたキールを誘い、アトラント民間総合相談所を作った」


 そこで一度息を吐く。

 何の気なしに前を見ていたハリソンの目線が、寒さからもぞもぞ動いたキールへと移る。

 キールは掛布団を引き寄せると、その中で腕を顔の側に持って来て縮こまって寝る。体が冷えたのか悪い夢でも見始めたのか、表情に先刻の暢気さが消えていた。


「キールにとっても、それはいい機会だったと思う。キールの心にはずっと拭えないものがあった。目を掛けてたというのは、その頃キールがやってた何でも屋を贔屓にしてたという意味もあるが、それ以前に放っておけない危うさがあったからだ。その原因が、キールの養親」

「あ、ダスティさんが言ってた亡くなったっていう……」


 ジェーンがぐっと身に力を入れて、言葉を待つ。

 だが――


「――と、それは蛇足か。少し話し過ぎたな。これじゃあ、どこかの狸の事言えないな」


 キールの寝顔を見て、ハリソンは肩を竦める。


「ああ、話したんじゃなく独り言だったな。独り言が多くなったなんて俺も歳かな」


 わざとらしくそんな事を言っていたかと思うと、ふとハリソンの目の表情が変わる。笑いとも悲しみともつかない曖昧な色を含んだ瞳が、ジェーンへと注がれる。


「オベールさん――君は、人と違う者を恐いと思うか? 気持ち悪いと思うか?」


 その問いが何を指しているのかは明白だった。

 だからこそ、容易く答えを出していいものでもない。

 ジェーンは向けられた言葉を飲み込むように目を閉じ、一呼吸置いてから瞼を開く。


「……キールが、悪くないって言ってくれたんです」


 ハリソンが意味が分からないという顔をしていたが、気にせず話を続ける。


「私も、多くの人と違います。でもそれが悪や過ちとは思いません。『普通』というのは、そうなるべきという事じゃなくて、多くの人の平均を見たらそうという事だと思うんです。細かく見れば、誰だって人と違うところがあって、それが顕著かどうかの違いだけの話なんじゃないでしょうか」

「だから、恐くも気持ち悪くもないと?」


 ハリソンが再度訊ね、だがジェーンは首を振って否定する。


「そこで頷くのは、少し違うかもしれません。確かに昨日、キールとアトリちゃんに助けられた時、二人の事を恐く思いました。それは人と違う面を見たからでも、得体が知れないと思ったからでも、そのどちらでもあると思います。でもそれでいいって気づいたんです。人とは違っていてもそれは個性、それこそ『人間の可能性』だというなら、欠点ではなく美点と取るべきです。著名な芸術家にもそういう人結構いたんですよ?」


 ジェーンは一瞬微笑してから、真っ直ぐ力強い視線をハリソンに向ける。


「それに昼間のアトリちゃんの言葉を聞いて思ったんです。私は『何も知らず、知ろうともしない人間』にはなりたくないと。二人の事、知らない事はこれからもっと知っていけばいいし、例えどんな事があっても、二人が私の為に尽くしてくれている事実は変わりませんから。そしてその努力に値する私でありたい、私は変わりたい――私が存在する理由や価値を見つけたいです」


 そう言い切ったジェーンの表情は、言葉以上にその思いを語っていた。

 ハリソンからの返答はない。しばらく互いの視線が交わり見つめ合う形になっていたが、ジェーンの表情が崩れていき、頬を赤くして手で目を覆う。


「私、何語っちゃってんのって感じですよね……。やだもう、完全に恥ずかしい子じゃないですか……」


 ついさっきまで年若い女性にしては大人びた――実際ジェーンは十九歳で、アヴァルの成年年齢の十八歳から見れば大人なのだが――雰囲気を醸し出していた人物と同じとは思えない、初々しい子どものようなリアクションだった。

 きょとんとしたハリソンが、徐々にくつくつ笑い出す。


「なるほどな。オベールさんはそういう人か」

「そういうって、どういう!? 笑う程おかしいって事ですか……!?」

「ああ、いや、これは違うんだ。オベールさんを笑ったわけじゃないから気にしないでくれ」

「そうですか……?」


 ショックを受けた顔をしていたジェーンは、軽く謝るハリソンに疑いの眼差しを向ける。

 ハリソンはジェーンから視線を外し、膝ですやすや眠っているアトリを軽々と横抱きで持ち上げ、自身もソファから立ち上がる。


「さてと。アトリをベッドに運ぶから、その後の事はオベールさんに任せるとするかな」

「はい。任せて下さい」


 アトリを連れて二人は部屋を出る。

 アトリの寝室へ行き、ハリソンが戻って来るまで、そう長い時間は掛からなかった。

 ハリソンは荷物を手に玄関に向かおうとして、だがその途中で立ち止まる。

 背後を半身だけ振り返る。暗い部屋の中で、電気ランタンの灯りに向かい合うようにして寝るキールがいる。瞼を閉じるその顔は安らかで、寝息と共に金髪が微かに揺れる。

 ハリソンは、その掛布団から出ている金髪頭に向かって言う。


「狸寝入りの狸さんよう。寝た振りするなら、もう少し上手くやれよな。自分の話題になった途端、顔色が変わってるようじゃまだまだだな」


 目を瞑るキールからの返事はなかったが、ハリソンは確信しているようで、気にせず金髪頭に言葉を投げ掛ける。


「なあ、キール。お前――あの娘に色々話してるようだが。どうせ“記憶が消える”からいいと思ってないか?」


 ハリソンのその言葉に、感情らしいものは籠もっていなかった。

 怒りもせず、咎めもせず、嘆きもせず。

 ただ事実を突きつけたという印象だった。

 キールは返事の代わりに瞼を開いた。

 真顔とも無表情とも取れるそれは、孤児院の帰り、あるいは今日の昼間にアイアンズ達の前で見せた、あの冷めた雰囲気に近いものがある。

 キールに話す気がない事を確かめてから、ハリソンは「けどな」と鼻で笑う。


「詰めが甘いな。あの娘を侮ってるんだろうが、女って生き物はそう簡単じゃないからな。……彼女の一人もいないキールには分からないだろうけどな」


 それにも反応しなかったが、ハリソンはなおも言う。


「俺は、あの娘の記憶は消えないと思ってる」

「――……なんで」


 そこでようやくキールは口を開いた。

 ハリソンは笑みを深くし、首の後ろを軽く揉み、


「元刑事の勘だ」


 と、まるで根拠のない事を宣った。


「自信はあるな。なんなら、何か賭けてもいいぐらいだ」

「元刑事が、賭けるとか言っちゃ駄目じゃない?」


 ハリソンとキールは同時に、ふっと笑う。もっともキールの方は苦笑だったが。

 ハリソンは背を向け、玄関の扉に手を掛ける。


「せいぜい、自分の浅はかさを思い知るんだな」


 そんな捨て台詞を残し、ドアベルが静かに鳴った。


     ◆ ◆ ◆ ◆

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